第21話 死霊魔術師の流儀③

「まずはお前からだ!」


 フレアは獣人に向けて《火炎弾》を放った。


 轟々と燃え盛る火の玉は、しかし、獣人の腕で払われた。守り手の防御魔法ではなく。


「ありゃ?」


 目を丸くするフレア。


「特訓はどうしたー!」


「バカ言うな! 思ったより強めで焦ってたんだぞ!」


 確かに、生身で受ければひとたまりもない火力だったはず。あっさり受け止められたので、見た目だけ派手なだけだったのかと思ってしまった。あの熱量は、本物の火力だ。


 受け止められた理由は獣人魔女の身体にあった。焼けた毛の下から、分厚い鱗が姿を現したのだ。明らかに狼獣人の特徴ではない。


「おい、攻め手が変身魔法で防御すんのはアリなのかよ!」


 拘束魔法が発動していないことにフレアは憤るが、そのままそれが答えだった。


「変身魔法? オレがただの犬っころかと思ったか? オレは混じりものキメラ獣人だ」


「獣人ってだけでも珍しいのに、希少種かよ」


 獣人には様々な種がいるが、異なる種の形質を同時に持つことは珍しいらしい。


「もしかしてブレスも自前か?」


「魔女のプライドにかけて、攻撃は魔法だ。混じりものはな、肉体を変化させる変身魔法が得意なんだよ。昔は戦場で重宝されたらしいぜ」


 獣人は、再び火炎ブレスを吐いた。


 だが、こちらの守りは堅い。ノイのシールドドローンは、改良が進んでいる。竜鱗鉱から作った金属は、防御系魔法の効果を高める。ワイバーンと戦ったときは、急ごしらえのメッキ加工だったが、今は精錬した金属を使っているので効果は段違いだ。高熱の火炎に、ドローンはびくともしない。


 炎と炎の応酬が続く。


 こちらはドローンの展開する《魔障壁》が防いでいるが、相手チームは防御魔法を使うまでもなくひらりひらりとかわしている。


 先行者の作る魔力の流れに乗れば、後続は楽に飛べる。一チームが作っている流れに便乗すれば、飛びながらの回避行動など容易い。


「当たんねえなら、範囲技だ!」


 フレアは思いついたように杖の先に炎を出し、思いっ切り息を吹きかけた。


 炎は魔力のこもった息に乗せられ、一面を焼き尽くす炎の息吹となった。

「やってみりゃできるもんだな、《竜の息吹ドラゴンブレス》」


 フレアはそう言ってのけるが、息を切らしている。魔力の使いすぎで疲弊しているのだ。ペースを落とさなければ、ゴールに辿り着くまでにリタイアしてしまう。魔力調整が下手なフレアならなおさらだ。


 フレアの一撃が、相手の痛手になっていれば……。


 そんな願いを嘲笑うように、炎が掻き消えたあとには、相手チームの姿はなかった。


「どこに……?」


 アカリたちは三人とも、後方に注意を向ける。


 だがアカリは、急に飛びやすくなったことに気づいた。


「ノイ、前!」


 相手が前にいると直感した瞬間、アカリは叫んだ。ノイは返事もなく瞬時にドローンを前方に展開し、襲い掛かってきた凄まじい雷撃を防いだ。


「話に聞いてたが、魔導技術マギテックってやつだろ? 機械が使われてんなら、雷はどうだ?」


 獣人魔女の頭には、ビリビリと帯電する角が生えていた。


「うん、まずいね。二つイカれた」


 前方に展開した二機のドローンが、ふらふらとおかしな挙動をしている。もはや役に立たないと判断し、ノイは懐に回収した。


 少なくとも四回、あの魔法を放たれれば、こちらは防御手段がなくなる。


 アカリは、そうならないことを祈ったが……。


「でもあんな大技、そう何度も撃てないはず……ってのは、お気楽すぎか」


 獣人は火炎ブレスも雷撃もしてきたが、疲れている様子はない。


 戦場で重宝されていたと本人は言っていた。肉体が頑丈なだけでなく、強力な魔法を使い続けても疲れない心身を持ち合わせている。


「その前にぶっ倒しゃいいんだろ?」


 フレアが杖を振り上げたのと同時、相手の守り手、呪具ギャルが首に掛けていた骸骨の眼窩が怪しく光り始めた。


「なはは! じゃあねぇ〜」


 一際強く光った次の瞬間、相手チームの姿が消えた。


「これ、幻術だね。いつ使われたかは分かんないけど、さっきフレアが攻撃したのも幻だったんだ」


 守り手は、防御手段としての魔法を許されている。幻術で姿を隠すのも、守り手の戦法のひとつだ。


「どうすりゃいいんだよ!」


 じりじりと焦りが出てきていると、ガクンと飛ぶのが重くなる。その際、少し右に引っ張られるようにふらついてしまった。


「あー、また後ろに回られたかも!」


 アカリが振り向くと、相手チームが再び真後ろにいた。今度は少し距離を取っている。


「あの幻術、流石に長くはもたないらしいね」


 骸骨が光ってから、数秒ほどで姿を現している。だが、その数秒が命取りになるのがホウキレースだ。


 相手の呪具使いは、ただのギャルではない。守り手としての制限があるからこそ、幻術で姿をくらますだけに留めているのだろう。


「消えてる間に悪いこと……とかはしてこないね」


「僕たちの目を欺いてるだけだから、ルール違反の検知はできるはず」


「それなら安心だね」


 正直、少し警戒していた。


 ソプロシュ黒魔術学校は「悪い魔女」のイメージが強い。それが偏見だと分かっていても、歴史や風評によって、なかなか偏りなく見られない。


 だけど、この三人は正々堂々と戦っている。


「ンでも、このままじゃどうしようもねえぞ」


 フレアの言うことはもっともで、正々堂々と戦えるほど相手は強い。


 雷撃でこちらの防御は削られ、幻術でこちらの攻撃はかわされる。それにまだ、死霊魔術師のネクリが残っているのだ。どちらかを落としてしまえば、彼女が動き始める。


「アカリ、試しに最速で飛んでみろ」


「待ってよ、ずっと最速で飛べるわけじゃないんだから、こんなとこで力使うのはまずいでしょ」


 最速で飛ぶのには、かなりの魔力を使う。


 そのうえ、アカリが非公式最高記録を打ち立てるよりも前から、特訓で速くなったアカリの最高速度に、二人はついてこられなくなっていた。


 導き手が単独で飛ぶということは、守り手と攻め手の二人が飛びづらくなる。飛ぶことに意識を割いたままの攻防は難しく、そこで二人が落とされれば、あとは一人で三人と戦わなくてはいけなくなる。


 ホウキレースは、速ければ勝てる戦いではない。全速力で飛ぶとしたら、ラストスパートだ。


「そのままゴールに行けってんじゃねえよ。相手の出方を見るんだよ」


「絶対、何か仕掛けてくるはず。多分、幻術はそう連発できない。だから今は距離を取ってるんだと思う。確かめるなら、今のうち」


 ノイにも言われ、アカリはホウキを握る手に力を込めた。


「なんなら、そのまま引き離して単独ゴールしてみせろ」


「最速の魔女でしょ?」


「簡単に言ってくれるなぁ……!」


 二人に背中を押され、アカリは速度を一気に上げた。


「それじゃ、行ってくる!」


 言い終わりには、もう声が届かないくらいの距離ができていた。


 常に最高速度を出すのは無理だが、二人が上手く足止めできていれば、もしかするとこのまま単独ゴールできるかもしれない。


 身体を風が打ちつける中、アカリは中間ポイントを目指して飛ぶ。


 森から生えた巨大な剣を越える度に、身体が重くなる感覚に襲われる。おそらく、剣の力だ。だがそんなものに負けるわけにはいかない。


 ようやく中間ポイントの光の輪が近づいてきた。振り向くと、二人は遠いながらもついてきており、相手はそのさらに後ろだ。


 もしかすると、本当に単独で行けるかも。


 そう思ったとき、鳥の群れが向かいから飛んできた。


「わたし目掛けて――!」


 高速で飛ぶ自分を正確に狙うように、鳥の群れが突っ込んできた。


 アカリは体勢を崩し、危うく巨剣にぶつかりそうになる。


 スピードを落としたアカリに、鳥たちは襲い掛かった。よく見れば、普通の鳥ではない。ゆらゆらとした光に覆われている。


「これまさか、死霊魔術……!」


 鳥を振り払いながら後方に目を向けるが、ネクリたちは拘束されていない。そもそも、こんなに距離があるのに死霊魔術を使えるわけがない。


 導き手は、ほかの飛び手が落ちなければ飛ぶことしか許されない。


 そんなアカリの様子を見て、ネクリは呟いた。


「レース前に発動させてれば、許されるんだよ……?」

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