19

 シャイニィに抱きつくとともに太陽の変身は解けて、もとの黒っぽいアウトドアジャケットとデニムパンツにもどった。


 警備員が、不安げにライオンの方も包囲しようとすると、太陽はそちらに顔をあげ、首に下げた魔法資格の認定章を見せて言った。


「この子は私のパートナーです。心配いりません! 言葉も通じるいい子です! 私達より彼女の方のケアを!」


 そう言われて、シャイニィはぺろんと太陽の頬を口づけするように舐めた。


 これに「ふは、くすぐったい」と太陽は笑い、

「なんだー、そっかー、こんなにかっこよかったんですねー」

 とシャイニィのたてがみに顔をもしゃもしゃとうずめて深呼吸した。


「ああこの匂い、やっぱりシャイニィだ」

「太陽、くすぐったい」

「ああ、それはすみません。つい癖で」


 そういって、たてがみを撫で、立ち上がった。

 はたとして、太陽は自分の胸に手を当てた。

 薬が効いてきたのか、不整脈の不快感がおさまっていた。腕時計の表示を心拍表示にするも、こちらも安定している。


「どうしたの?」

「いえ、なんでもありません。それより、帰りましょうか」


 太陽はそういって、シャイニィをまるで大型犬でも抱き上げるようにひょいと前足を肩に乗せ、尻を両手で支えて抱え上げた。


「体重は変わらない感じなんですね……この体で車、乗れますかね?」


 振り返って、エスカレーターエントランスの半ばに落ちた画面の暗くなった壊れた携帯電話を拾って、ジャケットのポケットにねじ込む。


 そのまま屋外駐車場のある方へ向かって店内を歩きながら、太陽はシャイニィに普段通りの口調でそう話しかけた。

 通りすがる避難客はこの姿を見て目を丸くしている。シャイニィはやはり人間界でのこの姿にコンプレックスがあるのか、顔を太陽の首筋に埋めるようにした。


「狭かったら、人間の姿に戻るよ」

「けど、服はキャリーケースですよ? 車には積んでないです」

「……後ろの席なら、どうにか入るかも」


 そういわれて、太陽はふふふと笑った。


「ロッジに戻ったらみんなにびっくりされちゃいますかねー、一度この格好でドッグラン入ってみます?」

「怖がられるのイヤだから、いい」


「そうですか。犬たちは気づいてくれる気もするんですけどね」

「それは、そうかも……太陽は怖くないの?」


「全然。なんでシャイニィを怖がるんですか。……駆けつけてくれたんですよね。嬉しかったです」

「スマホ、壊されちゃったね」

「また買えばいいです」


 正面玄関を出ると、警察車両が何台もかけつけていた。

 その侵入してくるサイレン音を聞くなり、太陽の腕の中でシャイニィは小刻みに震えはじめた。やはりこのライオンのような姿で、過去に警察に追い回されたことがあるようだ。


 太陽は彼らに首に下げた資格章を見せながら平然と自分の車に向かおうとした。

 だがそこに、スーツ姿に警察の文字の入った濃紺のウインドブレーカーのようなジャケット姿の私服警官に呼び止められ、写真つきの身分証を見せられ、名刺を差し出された上でいくつか質問をうけた。


 太陽は微かに慄えるシャイニィを抱え続けたまま、毅然とした態度で簡潔に住所、氏名、泊まっているコテージ施設の名前を告げて、太陽が遭遇した状況と魔物の形状、鳴き声、太陽がとった対応などについて簡潔に応えた。そして更に質問を重ねようとする警官にはっきりと言った。


「……お手数ですが、細かい話は明朝、コテージの管理棟ででもいいですか? 私もパートナーも疲れてますし、犬をコテージに待たせたままにしていますので」


 そういうと、警官はわかりました、と言って引き下がり、太陽は堂々とシャイニィを抱え続けたまま駐車場の自分の車へ向かった。


「……重くない?」

 囁くようにシャイニィから話しかけられて、太陽は不敵に笑んだ。


「さっきのは話を早く切り上げるためです。まあ、だっこしたままコテージまで歩いてくれと言われたらつらいでしょうね。それより寒くないですか?」

「大丈夫、太陽あったかい」

「……怖くないですか?」

「少し怖い」


 続々と増えるパトカーは、サイレンを鳴らして駆けつけている。


「そうですよね、私がついてます。大丈夫ですよ」


 堂々と自分の車に戻り、後部座席を占めた2つのクレートをトランクに移して、後部座席にシャイニィを乗せた。

 この体格ではシートベルトのつけようもない、かといって今人間の姿に戻ったとしても丸裸だろう。

 だから人間の姿に戻れなどとは言わず、太陽はバックミラーごしに彼を見てにこりとした。彼は狭い後部座席いっぱいに使って、香箱座りをしていた。


「さて、帰りましょう」


 運転席に座ってハンドルを掴んだとき、ふと自分の左手の薬指の付け根に目がとまった。

 そこには、シャイニィの巻き毛の細い束のようなものが指輪のように巻き付いていた。


 抱え続けていた際に抜け毛でもひっかかってしまったのだろうか、と思い、右手でエンジンボタンを押す合間に左手の親指でかるく引っ掻いてみた。だがその感触は毛質のような柔らかさはない。まるで弦楽器のフラット弦のような滑らかな硬さがある。


 手のひら側の薬指の付け根を見ると、指の付け根の皺の一筋と見まごうような、細さの指輪がはまっていた。しかも内側中央には翡翠と思しき1ミリにも満たない小粒の石が埋め込まれている。


 右手でそれを引き抜こうと指輪に触れると、耳の奥に聞き慣れた電子音を感じた。

 音楽作成ソフトの拍音クリックだ。

 心臓の音とは明らかに異なるテンポと音色の幻聴に、なんとなく事態を察した。


(ああ、これがいわゆる、私の『変身アイテム』というやつになるのか)


「太陽、どうしたの?」

 そう後ろの席から話しかけられて、バックミラーごしににこりとした。

「さあ、戻りましょう」


 太陽はそういってエンジンを掛け、コテージへ向かった。

 駐車場を出てしばらく走ったところで、ふいに買ったものを店に置き忘れてきたことを思い出した。


 今戻っても警察や救急車だらけの後始末の最中で、買い物袋の回収どころではないだろう。


 その面倒を考えて、太陽は途中のコンビニに寄った。そして麦茶のペットボトル、1杯分のドリップコーヒーが抽出できるパックを数杯分、ウィスキーのミニボトルと、アルコールやゼラチンを使ってなさそうなスイーツと季節のフルーツの詰め合わせと幕の内弁当、明日の朝用にプロテインミルクと普通の牛乳などを買ってコテージに戻った。

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