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昼食は冷蔵庫にあるものを使った簡単な鍋にした。肉や市販のスープベースは使えないから、昆布出汁の湯豆腐に油揚げや野菜を入れたようなものになった。シメとしてご飯と玉子と塩昆布を入れて雑炊にした。
自分の半分ほどで足りるかと思ったが、シャイニィは雑炊の最後のひと掬いまでさらうようにして食べた。やはりこの妖精は愛情的にも食欲的にも飢えているのだと太陽は思った。
シャイニィに食生活を合わせると、肉を食べることができない。これは少し考えなければいけないかもしれない。
専門店にいけば妖精さんの体質にあわせた専用食材や冷凍のミールパックのようなものは売っている。ハラルや、低アレルゲン、ヴィーガン向け食材のようなものと並列した存在として、妖精向けの商材というのはニッチに展開しているのだ。
だが、その魔法少女関連の専門店というのが、この柏原台には現在存在しない。
ここ数年、この近隣エリアでは魔法少女はほとんど確認されていないという事情がある。柏原台では一般市民を襲うモンスターも30年前の掃討戦を最後に出現しておらず、魔法少女として開眼する怪物との遭遇がそもそも生じないため、と市のホームページの魔法課のよくある質問欄には記されていた。
そのせいか一時期、柏原台の自治体や地元市議が柏原台を『魔法安全地域』と名乗っていたことがあった。ちょうど、公園に戦勝記念碑を建てた市長が居た頃だ。
いわゆる東京郊外の空き家問題を、怪物出現リスクの低さを売りに解消しようと試みたのである。
だが魔法庁から公式に『怪物の発生およびそれに触発された魔法少女の認定が公式に行われていないというだけで、安全を保証する根拠となる要素はない』として、是正勧告が出て、この自称も過去のものになっている。
あるいは、この是正勧告がなければ、今頃柏原台の地価は上がっていて、太陽が再びここに住むということはなかったかもしれない。
そして、いわゆるモンスターに対する抗体反応のように発生する一般的な魔法少女とは異なる経緯で識別され、認証されつつある魔法おじさん、もとい月路太陽のようなケースも本来ならば非常に稀なケースである。
買い物は隣町のショッピングモールまで車で出た。
都内に住んでいた頃はSUVに乗っていた。だが、柏原台に戻ってしてきてからの新居の周辺は細道と電柱が多くてSUVでは取り回しが悪かったため、ハイブリッドの軽ハイトワゴンに買い替えた。
仕事で都内に出る時は電車とタクシーで移動するため別に不便はない。
ただ、一度犬を連れて海に行こうとしたときだけは高速で車高の高い軽が風に揺られる感覚が運転していてかなり怖かった。
あれ以来、犬連れの車での遠出はしていない。そういうのが必要になった時は、あらかじめレンタカー屋まで出向いて、ペット同乗可のSUVクラス以上の車を借りることにしている。
実際、近所の獣医まで犬達の定期検診に行く時などは、後部座席にクレート2つをしっかり固定し、その中に一匹ずつ乗せるため、軽ワゴンで十分だった。
車の外見に関しては、都落ちしたのだからエリート売れっ子コンポーザーを気取るつもりもない。
以前ほど裕福でもないし、買い出しと犬の通院以外で車を使うこともないのだから、見た目より税金の軽さと中型犬用クレートを2つ積み込める後部座席容量の方が重要だった。
ショッピングモールまで来た理由は3つだ。
まずシャイニィの服と靴を買うこと、次に彼の寝具として折りたたみ式のマットレスと布団を買う。そして彼の妖精用食品の買い出しである。
必要なものはだいたい3時間ほどで揃った。
話の種にするほどのことがあったかといえば、シャイニィの服選びで試着室に入ったときだろうか。
彼は大抵の服は着方がわからないため、保護者として太陽も一緒に試着室に入って着替えさせたのだが、ズボンを履き替えさせようとして驚いた。
彼は貸し与えたオーバーオールの下に、履いていたはずの黒い短パンをつけていなかったのだ。
聞けば、トイレに入った時に邪魔だったから脱いだという。そして脱いだものはオーバーオールの腹部のポケットから小さく丸まって出てきた。
あわてて試着に選んだ服を全てラックに戻し、まず下着を数枚レジに通し、試着室でその1枚を履かせたうえで、再び服をピックアップする羽目になった。
妖精さんに、人間の常識はほぼ無い。
人間側の常識的な思い込みという紙一重の誤解によって、彼らは受け入れられているに違いない。
そうでなければこの調子で7年間も人間世界を
……太陽は肝に銘じるように、心からそう思った。
靴は紐のないスニーカー、色は髪にあわせて明るい茶色にした。
布団とマットレス選びは、シャイニィ本人に寝心地を比べさせて決めさせた。低反発性素材のマットレスと起毛素材のシーツ、掛け布団は軽いものが気に入ったようだったのでマイクロファイバー素材のものを、枕はイルカの抱き枕を選んだ。
妖精専門店ではまっさきに店員に声をかけて、シャイニィに合うシャンプー類を選んでもらった。
通常妖精さんは人間や犬ほど入浴は必要ないらしいが、彼の場合はどれだけ体を洗っていないかわからないレベルである。
人間用や犬用とくらべてそれなりの値段のするものを勧められたが、太陽は勧められるままそれをカゴに入れた。
食べ物類はスイーツ系妖精向けという棚からシャイニィ自身に選ばせて、数食分の冷凍食品や保存が効いて調理のいらないシリアルのような食品を買った。
乳製品と穀類がいけるという点で、スイーツ系の妖精には子供向けのシリアルなんかもおすすめだと店員には言われた。
妖精専門店で意外だったのは、人間用の伸縮素材のシャンプーハットを置いていることだった。
盲点だったが確かにシャイニィの人間社会になじまない感じを考えたら必要な物品かもしれない。そう思って最後にそれを買い物かごに入れた。
後になって考えれば、これが今回の買い出しで一番の良品だったかもしれない。
食品類も最後に買ったが、シャイニィが誤って犬たちに与えてしまわないようにチョコレートやナッツ類など犬に有害な菓子やそれらが添加されているものは控えた。
ショッピングモールを出た時点で出費としては、累計10万近くに達した。だが本気で同居することを考えたら決して高い費用でもない。
車に荷物を積み込み、おみやげにドーナツを買って帰った。むろんチョコレート類は避けた。
帰りの車中、シャイニィはドーナツの箱を抱えて匂いをかぎながら、幸せそうな顔で眠っていた。
赤信号で止まるたび、太陽はその寝顔を見ていた。
何度見ても見飽きない、つくづく美しい顔だと思った。
犬たちに対して抱くのとはまた異なる幸福感で気分が高揚するのを感じていた。
脳裏にふいに、昨晩シャイニィと出会って最初に掛けられた言葉と、唇の感触がよぎった。
また、すこしだけどきどきしはじめた。
ハンドルを掴んだ腕のスマートウォッチの表示を切り替えて、不整脈対策アプリの心電図計測に切り替えた。脈拍はやや早いが、波形は正常値の範囲内だ。
もしかしたら、これが恋愛感情というものなのかもしれない……太陽はふいにそう思った。
家に着くと、一眠りして元気になったシャイニィは犬たちをつれて1人で散歩に出てくれた。
少し心配だったため、念の為犬達のハーネスと彼のオーバーオールのポケットにスマートタグをつけて行かせた。だが、結論から言ってこれは杞憂で済んだ。
2匹と1人が出かけている間に太陽は荷下ろしをし、ソファなどの家具をずらしつつリビングの一角にシャイニィの睡眠スペースを作った。
そしてきっかり15分後、ロックを先頭にストンコ、シャイニィが率いられる形で帰ってきた。
「ロックのお散歩って真面目だねえ……ちょうちょ追いかけようとしたらダメだって怒られた」
そうがっかりしたように言うシャイニィに太陽は、心から笑った。
酒も入らずに笑えたのは、実に何年ぶりだろう。
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