第6話 選択と覚悟

練習を終えて帰宅した夜。

 ベッドに倒れ込み、何気なくスマホを開いた。通知の数が異様に多い。


 SNSの検索窓に「Bluebell Boys」と打ち込む。

 画面が一気に流れ出す。


「レイくんの声、透明感すごい」

「喋り方が穏やかで癒される」

「なんか女の子みたいに綺麗だよね」


 スクロールするたびに似たような言葉が目に入る。

「女の子みたい」

「女子って言われても信じる」

「むしろその中性的な感じが推せる」


 指先が止まった。

 ――褒めてる。けど。

 ――まっすぐすぎて、胸が痛い。


 スマホを裏返して、布団に顔を埋める。

 汗で少し湿った髪が頬に張り付く。


 ――秘密は、まだ守れてる。

 ――でも、これ以上広がったら……。


 胸の奥に、じわりと冷たいものが広がった。


   ◇◇


 翌日の練習終わり。

 汗を拭いていたレイの前に、スマホの画面が差し出された。


「なーなー! レイ、これ見た?」

 ヒナタがにやにやしながらSNSの投稿を見せてくる。

『レイくん、女の子みたいに綺麗』『声高いのに力強くてやばい』


「ほらほら、“女の子みたい”だって!」

 ヒナタは楽しそうに笑う。


「……くだらん」

 ユウキがタオルを首に掛け、淡々と口を挟む。

「中性的なビジュアルはアイドルとして武器だ。珍しくもない」


「でもさ、ネットってそういうの好きじゃん? こうやって話題になるのは悪くないっしょ」

 ヒナタは肩をすくめる。


 レイ-瞳は、どう答えていいかわからず固まっていた。


 ユウキは黙って水を飲み干し、短く言った。

「気にするな。人気が出てる証拠だ」


 ――そう言ってくれるのはありがたい。

 けど胸の奥がざわついて、素直に頷けない。


「……おい」

 アオトの声が低く響いた。

「ネタにしていいことと、そうじゃないことがある」


 ヒナタがきょとんと目を丸くする。

「え、俺、悪気は――」


「わかってる。だが、もう少し考えて口を開け」

 アオトは視線を外さない。鏡越しに、レイをじっと見ていた。


 心臓が跳ねる。

 ――この人は、知ってる。

 ――だから、この眼差しになるんだ。


 言葉にできず、レイはただ視線を落とした。


   ◇◇


 音楽番組の収録が終わったあと、楽屋の前の廊下でECLIPSEと鉢合わせた。

 篠崎 樹がニヤリと笑う。


「いやあ、今日も“綺麗”だったな。レイ」

 わざと強調するような言い方に、橘 隼人が続ける。

「中性的ってやつ? まあ人気出るのもわかるけど」


 スタッフが笑い、廊下の空気が軽くざわめいた。

 ユウキが眉をひそめかけたのを、アオトが短く制する。

「行くぞ」


「特に意味はない。ただの感想だよ」

 神谷 晃が低く付け足す。


 その横で、海斗だけが「おい、やめとけ」と小さく制した。

 だがECLIPSEの背中は、挑発の匂いを残したまま遠ざかっていった。


 胸の奥に冷たい針が刺さったようで、瞳は拳を握りしめた。

 笑って受け流すしかなかったけれど、足元の力が抜けそうだった。


   ◇◇


 夜。練習を終えてスタジオを出ると、蒼が後ろから声をかけてきた。

「……気にするな」


 足が止まる。

 街灯に照らされた蒼の横顔は、いつも通り冷静で、それでもどこか柔らかかった。


「噂だろうが、挑発だろうが関係ない」

 蒼はまっすぐ瞳を見る。

「お前が気にするべきは一つだけだ。ステージで何を届けるか。それだけだ」


 蒼の言葉は、夜風よりも冷たく、けれど確かに胸の奥に届いた。

 瞳は目を伏せ、深く息を吸う。


 ――そうだ。私が迷ってどうする。

 ――舞台に立つと決めたのは、他でもない私自身なんだ。


「……うん。わかった」

 返した声は震えていなかった。


 街灯の下で、蒼がわずかに頷いた。

 その仕草だけで、背中を押された気がした。


 拳を握る。

 ――私は、逃げない。

 ――レイとして、アイドルとして、やり切る。

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