六部 1話 黙示録の騎士


2017年11月中旬


しばらく振りで訪れた飯田橋のカラオケ店から、夜の風がゆっくりと流れ出た。

恒例のカラオケバトルでは、これまで、真名美3勝、吉岡2勝1分、赤井1勝1分という成績だ。

その都度、一番負けた者が食事を奢るというのが唯一のルールだった。


扉を押し開けた吉岡・赤井・真名美の三人は、

今回の敗者である赤井おすすめの神楽坂のトラットリアへ向かうことにした。


電話を入れると、奇跡的に席が空いているという。

そのまま予約を済ませ、石畳のゆるい坂を歩き出す。



「いやあ──アレは反則だろ……」


吉岡が苦笑混じりに言う。

真名美がケラケラと笑い、バッグを揺らした。


「“少佐”が妖怪人間ベムなんて隠し玉出すからよ。

 私も本気出して《翳りゆく部屋》いったわけ。」


「いや、俺のは“隠し玉”じゃなくて“切り札”だからな」


赤井が胸を張る。

その得意げな声だけで、真名美はまた吹き出した。



三人は動画配信ユニットだ。


企画は吉岡、

編集・BGM制作は赤井、

そしてナレーションは三人で回す。


理由は単純。

男二人+美女一人──いわゆる“ドリカム状態”(死語)の構成が一番ウケる。


それに、高専時代「美人の上沼恵美子」と呼ばれた真名美のツッコミと、

赤井の異様にキレるボケが、視聴者のツボを直撃している。


吉岡は二人のやり取りを聞きながら、

(……俺たち、意外と売れるユニットなんじゃないか)

と、時々本気で思ってしまうのだった。



◆ トラットリア・ディナー


料理はディナーコースで、

ドルチェには赤井おすすめのティラミスとパンナコッタが出てきた。


「実はな、この店……バブル期にティラミスとパンナコッタを日本に広めた店なんだぞ」


「よく知ってるな」


「先輩から聞いた。“コスパ最高ぉ”ってな」


真名美が箸を止める。


「先輩って──あのワイン好きの?」


「そう。“我が宿命のライバル”、アギト先輩さ」


“宿命のライバル”の言い回しが妙に似合っていて、

真名美は思わず吹き出した。


「はいはい。やれやれだゼ。」


吉岡は軽く肩をすくめてみせる。



◆ ふと──真名美が眉を寄せた。


「ねえ。それより……あの人たち、見た?」


視線の先、窓際の席。


白いシャツに白い短髪。

こちらに背を向けたまま、一ミリも動かない大柄な男。

背中しか見えないのに、場の空気を支配していた。


向かいには、

ヨーロッパ人らしい金髪の大柄な若い男が座っている。

その男だけは、最初からこちらの三人を見ていた。

ワイングラスを傾けながら、視線だけをゆっくりと三人に滑らせる。


二人は静かにガヴィの白ワインを傾け、

周囲とは完全に“別の空気”をまとっていた。


吉岡と赤井は──

互いに目を合わせ、無言でうなずいた。


その一瞬、

店内の空気がわずかに沈む。


「……なんか、あの背中……見覚えある気がしない?」


真名美が囁く。


赤井はジョッキを持つ手を止め、

わざと軽口を叩くように言った。


「同じ“少佐”でも……さしずめ鉄のクラウス、エーベルバッハ少佐ってとこだな。

 で、向かいの金髪が……グローリア伯爵、ってか?」


真名美は噴き出しそうになったが、

吉岡は逆に、胸の奥で冷たい何かが沈んでいくのを感じた。


金髪の男がウェイターを呼んで何か耳打ちする。

ウェイターはニヤリと笑うと、立ち去りぎわにこちらをチラ見した。


しばらくすると、ウェイターが栓を抜いたバローロを持って、

こちらのテーブルに近づいてきた。


吉岡が「頼んでいない」と言おうとすると、

ウェイターは器用にウィンクし、


「あちらのテーブルの“伯爵様”からレディに、とのことです」


と言ってワインを差し出した。


──ただの食事の夜のはずが、

運命の三角形は、静かに動き出していた。


やがて伯爵と呼ばれた男は、ナプキンで口を拭いてから優雅に立ち上がると、

こちらに歩いて来た。


一礼をすると、

「失礼しました、レディ。ご挨拶をしても?」

「知らない人と口を聞いてはいけないって、ママに言われているの。」

「でも、伯爵様と言うなら、きっと紳士でしょ?」

真名美は笑って返した。


金髪の男は、ひまわりのように笑って、

「フェルディナンド。フェルディナンド・フォン・メッツェンガーシュタインです」

と首を垂れた。


その時、これまでずっと後ろ向きだった男がこちらを振り返り、

軽く会釈した。

その顔は「モノノフ」の時とは、少し違っていた。



翌日。


都心にあるミッション系大学病院の研究棟、その最上階の一室に、

金髪の男が訪れていた。


部屋の主が、静かに問いかける。


「どうでしたか。No.6──第四の騎士は?」


金髪の若い男は一礼して答えた。


「はい。

 因果の密度が閾値を超えました。」


そして続ける。


「日本は今、


・戦争をしていない

・飢饉もない

・疫病は“終わったこと”にされている

・死は日常から切り離されている


つまり──

四騎士が“存在できない国”です。


だからこそ、

神が日本を舞台とされる予兆が、

これまで気配として観察されてきました。


そして──

まもなく、それは確かなものになるでしょう。」

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