第12話 三蔵 十二歳 猪八戒・沙悟浄との出会い

 三蔵、十二歳。孫悟空の愛情を受けて、すっかり感情豊かに育っていた。


「三蔵、今日は新しい技を教えてやる」


 朝の稽古で、孫悟空が三蔵に武術を指導していた。十歳頃から始めた武術の稽古は、今では二人の楽しみの一つになっていた。


「足はもう少し開いて...そうそう、いい感じだ」


「こうですか?」


 三蔵が真剣に型を真似ようとする姿に、孫悟空は微笑んでいた。


「上手だな。もう少し練習すれば、ちょっとした妖怪くらいなら追い払えるようになるぞ」


「本当ですか?」


 三蔵の目が輝いた。自己犠牲的な性格は変わらないものの、孫悟空との日々で素直でのびのびと育っていた。身のこなしもなかなかのものである。


 三蔵が町で屋台を指差して、孫悟空の顔を見る。


「悟空!あそこの飴屋さんに行きたいです!」


「お前は甘いものが好きだな。一つだけだぞ?」


 孫悟空は、無邪気にねだる三蔵がかわいくて仕方がなかった。


 そうして人助けをしながら天竺への旅を続ける中、ある町の見せ物小屋に目が止まった。


「鬼のミイラ!英雄が退治した魔物の末路を見よ!」


 呼び込みの声に引かれて、入り口を覗く三蔵。そこには確かに鬼らしき生き物のミイラが展示されていた。


「本物でしょうか?」


「さあな。胡散臭いもんだ」


 孫悟空は興味なさそうに答えた。しかし、三蔵は解説文を読もうとして困った顔をした。


「悟空...この文字が読めません」


 簡単な読み書きはできるが、三蔵は体系的な教育を受けていない。孫悟空は教養深いが、五百年前の知識では三蔵に教えるには古すぎた。


「後で調べてやる」


 そう言いかけた時、中から子供の悲鳴が聞こえてきた。


「やめて!痛いよ!」


 三蔵と孫悟空が急いで中に入ると、小さな鬼の子供が鎖に繋がれ、無理矢理雷を発生させられていた。見世物として、客の前で芸をさせられているのだ。


「ひどい...」


 三蔵の顔が青ざめる。あまりの仕打ちに、二人は助けに入ろうとした。


 その時、二人の男が現れた。


「いいですねえ、その鬼の子、面白そうなおもちゃだ。買い取りましょう。」


 美しい顔立ちの青年が、商人に話しかけている。


「お客さんたち、いい目をしてますねぇ。この鬼は特別製でして...」


「値段を言えよ」


 もう一人、飄々とした青年が悪人らしく凄んだ。


 商談が始まると、鎖に繋がれた鬼の子供が二人を見て目を見開いた。


「あ…お兄ちゃんたちは...!」


 鬼の子供が何かを言いかけた瞬間、青年の一人が素早く目配せをした。鬼の子供はハッとして口を閉じ、目をそらした。


「金額はいくらでも出しますよ」


 青年が商人に向かって不敵に笑った。


 商談が成立し、鬼の子供は二人に引き取られた。三蔵は慌てて二人に駆け寄る。


「あの...その子を解放していただけませんでしょうか」


 二人組の男は、三蔵の顔を見た瞬間、一瞬顔を強ばらせた。主人にそっくりの顔立ち。しかし、男の子だ。他人の空似だと結論づける。


「ご心配なく」


 急に丁寧な口調になって答えた。


「僕たちは旅をしながら、こうした子供たちを保護施設に送る活動をしているのです」


「本当ですか?」


三蔵は不安そうに尋ねた。


 しかし、鬼の子供も安心したような表情を見せている。どうやら二人と知り合いらしい。


「このお兄ちゃん達は悪い人じゃないよ!先生なんだよ。僕も色々教えてもらったことがあるんだ。それに、長の…」


「俺達を信用してくれるか?」


 沙悟浄は、鬼の子の言葉を遮るように言った。


「はい。大変失礼いたしました」


 三蔵は申し訳なさそうに頭を下げた。


 孫悟空が前に出た。


「俺は孫悟空だ。こいつは三蔵。お前たちは?」


 孫悟空と名乗った瞬間、二人の表情が変わった。伝説の斉天大聖とのつながりがあれば、自分達の活動にとって、強力な味方になるかもしれない。


「孫悟空殿...あの斉天大聖でいらっしゃいますか?」


 青年が興味深そうに尋ねる。


「まあ、そんなところだ」


「私は猪八戒です」


「沙悟浄です」


 二人は人間社会に潜入し、鬼の保護や情報収集を続けていたのである。


 孫悟空は三蔵の教師として、二人を旅の同行者に誘った。


「この子にちゃんとした教育を受けさせてやりたいんだ。頼めないか?」


 猪八戒の目が輝いた。教育者としての血が騒ぐ。


「喜んで!僕は教えることが大好きなのです」


「俺も手伝おう」


 沙悟浄も気さくに答えた。


 こうして、四人の旅が始まった。


「八戒先生、この漢字の読み方を教えていただけますか?」


「悟浄先生、この計算の仕方が分からないのです」


 三蔵は二人を先生と呼んで慕った。猪八戒は丁寧で真面目な教え方、沙悟浄は実践的で分かりやすい説明で、三蔵の知識は飛躍的に向上していく。


「三蔵は覚えが早いな」


 沙悟浄が感心する。


「はい、とても聡明な方です」


 猪八戒も嬉しそうだった。


 ある夜、猪八戒と沙悟浄は二人だけで話していた。


「どう思う?」


 沙悟浄が小声で尋ねる。


「間違いなく、安仁様とは別人です。でも...」


「似すぎてるよな」


 二人は複雑な心境だった。安仁にそっくりな三蔵を見ていると、遠く離れた里の少女を思い出してしまう。


「三蔵様の地頭の良さも、安仁様そっくりですね」


 猪八戒がしみじみと言った。


「ああ、物事を理解する速さが抜群だ」


 沙悟浄も頷く。


「でも、性格は正反対ですね」


「そうだな。三蔵は真面目で礼儀正しくて...安仁はあんなにやんちゃで活発だったのに」


 猪八戒の表情が切なくなった。


「三蔵様を見ていると、もし安仁様がこんな風に育っていたらと考えてしまいます」


「安仁の今の状況を思うと...」


 沙悟浄の声が沈んだ。


「病と責任に苦しんでいる安仁様と、自由で幸せそうな三蔵様...」


 猪八戒は拳を握りしめた。


「安仁様も、三蔵様のように笑って勉強できる日々を過ごせていたら...」


「大丈夫だ」


 沙悟浄が猪八戒の肩に手を置いた。


「俺たちが必ず安仁を救う。そして、あの子にも笑顔を取り戻してもらう」


「ところで、この間の鬼の子供...」


「ああ、里の出身だったな。危ないところだった」


「定期連絡はどうしますか?」


「予定通り続けよう。でも...三蔵のことは当分伏せておこう」


 猪八戒が頷く。安仁に知らせる必要はない。余計な負担をかけるだけだ。三蔵たちにも、里のことを知られるわけにはいかない。


 そして二人は、三蔵の教育に携わることで、まるで安仁の成長を見守っているような錯覚を覚えるのだった。

 同じ顔、同じ声、同じ聡明さを持ちながら、こんなにも違う環境で育った二人を思うと、胸が締め付けられる。


 一方、孫悟空は三蔵が楽しそうに勉強している姿を見て満足していた。


「ちゃんとした教師がついて良かったな」


「はい!悟空のおかげです」


 三蔵の笑顔が、旅路を明るく照らしていた。

 運命の歯車は静かに回り始めていた。双子の再会へと向かって。

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