『真夜中の囁き:起源(オリジン)』

トモさん

第一話:夢の学校

1985年春。新設されたばかりの相得(そうとく)高等学校は、柔らかな春の陽光を浴びて輝いていた。真新しい木造校舎の廊下には、まだニスと木の香りが満ちている。


校長室で、創立者である橘 雄一郎(たちばな ゆういちろう)は、窓から広がる光景を誇らしげに見つめていた。彼の熱意と資金によって、この学校は生まれた。相得高校は、既存の序列を嫌い、「個性の尊重と自由な探求」を掲げる、画期的な教育の実験場だった。


「先生、生徒たちが集まってきましたよ。いよいよですね」


雄一郎の横に立つ、教務主任の笹原(ささはら)が、感慨深げに言った。


雄一郎は、校舎の敷地内に群生する白い小さな花を見つめ、静かに答えた。


「ああ。この花のように、誰にも踏みにじられることなく、それぞれの個性を咲かせてほしい。それが、私の夢だ」


彼は、その白い花を学校のシンボルとし、校章のデザインにも採用した。彼にとって、この学校は単なる建物ではなく、自らの教育理念を体現した神殿のようなものだった。


その日、新入生を前にした入学式で、雄一郎は情熱的なスピーチをした。


「相得高校は、君たち一人ひとりの未来の可能性のために存在する。既存の評価軸に縛られることなく、好きなことを、とことん追求しなさい!私は、君たちの自由と個性を、命に代えても守り抜くと誓う!」


熱狂的な拍手に包まれ、雄一郎は自らの理想が実現したことに酔いしれた。彼は、この輝かしい理想が、やがて彼の人生と、この学校すべてを破壊する後悔の種になるとは、知る由もなかった。


その日の午後、雄一郎は美術室で、一人の生徒と出会った。


三上 拓海(みかみ たくみ)。入学式のスピーチ中も、一人キャンバスに向かい続けていた、異質な少年だった。貧しい出立ちだったが、その瞳には、並外れた才能の光が宿っていた。


「君は、私に話しかけてこなくていいのかね?」


雄一郎が声をかけると、拓海は振り返りもせず、キャンバスに白い絵の具を走らせていた。


「どうせ、あなたも偽善者ですよ。みんな同じだ」


拓海の冷たい言葉に、雄一郎はわずかに顔色を変えた。しかし、その言葉の裏にある鋭い感性に惹きつけられ、雄一郎は彼の描く絵に目を奪われた。


そこには、校舎の敷地内に咲く白い花が、驚くほど生々しい筆致で描かれていた。ただの写生ではなく、その花の中には、深い孤独と悲しみが宿っているように見えた。


雄一郎は、拓海の中に、この学校の理想を体現する存在と、自らの罪を暴く預言者の両方を見出した。


「君は、私の生徒だ。私は、君の才能を必ず守る。信じてみないか?私の理想を」


雄一郎は、自らの夢のすべてを託すように、拓海に語りかけた。拓海は初めて筆を止め、その強い眼差しを雄一郎に向けた。この出会いが、すべてを動かす始まりとなった。

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