(4)ネオ・アマゾネス

 レアード達が歩いてきた遊歩道から何者かが広場に侵入してきた。一瞬緊張が走りランスとアルーはガンを構えたが、すぐに降ろした。

 現れたのは、赤い十字が施されたナース帽を被り、ミニスカートのピンクのナース服を着た女性だった。身長は170センチと大柄で、スレンダーな割りにガタイのしっかりしたプロポーション。メイクをきっちり施した品の良い顔立ちで、お嬢様系美少女といったところか。

 

「ごめんなさい! 遅くなりましたぁ~」

 

 救護アンドロイドのリリーは、レアードに抱えられているルイにすぐに気付いた。

 

「ルイさん大丈夫ですか? すぐに手当しますから、あとちょっぴり痛いの我慢してくださいね」

「よかったなぁルイ。バッサリ殺られていたら、あっちの仲間入りだったぜ」

 

 ランスがニヤけて指差した方向には、今の戦闘で斬殺されたレアード小隊所属のアンドロイド兵士達が幾重にも重なって倒れていた。そのすぐ横では、キャタピラのついた大型のコンテナから四本のアームが伸びる遺体回収アンドロイド、通称「死神」が、倒れている兵士達を次々にコンテナに収容していた。

 このアンドロイドは、戦場で破壊されたアンドロイド兵士や戦死した人間の遺体を求めて戦場を徘徊している。いつしかその所行ゆえに「死神」とあだなされるようになった。

 ルイがもし戦死していれば、ランスの言う通り死神に回収されていたのだろうが、負傷兵は『リリー』と呼ばれる救護アンドロイドに手厚く扱われる。

 リリーは携帯していたポシェットから小さな加圧式注射器を取り出してルイの体に打つと、手際良く傷口をラッピングして医療テープで固定した。

 

「レアードさんは大丈夫ですか? ……お怪我はありませんね。ではルイさんを医療センターへ運びます」

「ああ、よろしく頼む」

 

 リリーはレアードからルイの体を預かると、ヒョイっと、いとも簡単に抱きかかえ持ち上げてしまった。可愛い女の子の姿をしていても、腕力も脚力も人間の二十倍の力を発揮出来る様に作られている。

 

「応急処置で痛みは消えていますね? ではルイさん行きましょうね」

「うん、ありがとう……だけど、なんだか妙な気分だね~」

 

 ルイは、母親が赤ん坊を抱く時に使う様な『キャリング・クロス』にくるまれてリリーに抱っこされた。彼女の肩に手を回してしがみついたものの、アルーやランスの手前バツが悪そうに顔を赤らめた。

 

 救護アンドロイドが負傷者を搬送する場合、負傷した部所や負傷の度合いによって、抱っこかオンブして運ぶのが一般的である。以前はタンカ型アンドロイドやストレッチャー(医療用搬送ベッド)型アンドロイドが負傷者を運んでいたが、月面の地盤の悪さが、搬送するための大きな問題となっていた。ホバージェットなどで空を飛んで搬送することは、この最前線の区域では、敵の恰好の的になりかねないのでNG。結果、怪我人の搬送に最も適した方法として辿りついたのは『人型アンドロイドによるオンブか抱っこで搬送』だった。

 女性型アンドロイドの強固で柔らかい腕は怪我人に振動を与えること無く抱えることが出来た。脚力もアンドロイドのパワーで、デコボコした山道でも平坦な道路同様に時速三十キロメートルで駆け抜けることが出来た。更に可愛い女性の姿で優しく言葉をかけて励ましてくれるオマケ付き。いたれりつくせりのこのリリー型救護アンドロイドは兵士達にも大人気である。

 

「司令、一人やられちゃいましたね。アンドロイド兵士は補充を要請するとして、ルイの代わりはどうします?」

 

 遠ざかるルイを見つめながらアルーがつぶやくように訊いた。

 今回の任務にあたったレアードの偵察部隊の中で、人間はレアードとランスとアルー、そして負傷して医療センターへ運ばれていったルイの四人だけだったのだ。

 

「ルイの代わりが勤まるヤツなんているか? それに、ここを何処だと思っているんだよ! こんな月面の最前線ベース・キャンプに来たいヤツなんているわけねぇ! とりあえず俺とお前がいればなんとかなるさ」

 

 ランスが語気を荒げて叫んだ。レアードは苦笑して二人を見る。

 

「まぁ、考えるさ。彼女の『オネガイ』通り作戦は中止だ。あとは死神に任せて中央ベースキャンプに戻るぞ」

「了解。その様子だと運転は無理ですね……隊長は俺たちのムーンシャトルに同乗してください。隊長たちのシャトルはオートドライブで帰還させます」

「そうさせてもらうよ」

 

 月面最前線ベース・キャンプから西へ十五キロ、「静かの海」の庭園跡で、敵の動向を探る偵察作戦を展開中に、レアードの小隊は一体の敵アンドロイドの奇襲を受け、アンドロイド兵士十二体を損失、兵士一名の負傷者を出し作戦続行は不可能と判断、撤退を余儀なくされた。



 ⚫︎ 



 西暦2315年、人類は『月』の上空にオゾン層を形成し月面上に大気圏を作ることに成功していた。地球とまったく同じ『空気』に満ちた月の地表には人工イオン合成水による海が広がり、地球から持ってきた千種類の海洋生物、二千種類にも及ぶ海草類が棲息していた。

 月の海は、地球の引力による潮の満ち引きの高低差が殆ど無いに等しい。そのため月の山や山脈はその頂上付近が恒常的に諸島や列島を形成していた。

 それら山脈など頂上付近のわずかな土地の領有権をめぐり、各国の小競り合いが絶えなかったが、オゾン層形成によって大気圏を作る技術研究の第一人者であった、連邦政府ラボの所長ダニエル・ヨハンセン博士(レアード司令官の父)がドイツ人であり、副所長の岡崎雅次博士が日本人だったため、月開発にはNASAの介入も不可欠であったことから、ドイツ・日本・アメリカの提唱した「月面条約」が地球連邦政府の「月面領土憲章」に採用された。ちょうど南極大陸の領土の取り決めに似た形で、月における各国の領有権が定められた。以来20年に渡り、月は地球人の植民衛星として栄えてきた。

 

 月面開発については南極同様に、資源の枯渇を危惧した世界連邦政府によって鉱物資源の採掘は厳しく管理されていた。資源の発掘と、それに伴う搬送業務や雑務等は、全て人型アンドロイドが行っていた。そのため、月はもっぱら公営の観光リゾート地域として発展し、地球の南国リゾートさながらの人気を博していたのだ。

 

 

 しかし、西暦2334年、今からおよそ1年ほど前に月は、宇宙のどこかから突然飛来してきた何者かによって攻撃を受けた。

 

 月に3つある大型リゾート・シティのうちのひとつ、コーカサス列島西部にある「ブラン・クレーター・レイク」に、武装した水着姿の美女軍団が現れ、彼女達はレーザー・ソードとビームライフルを武器に、ブラン・クレーター・レイクに居た地球人を殲滅し、わずか2日でこの地を制圧。コーカサス列島周辺に多数のUFOを待機させ、地球連邦政府に戦線を布告してきたのだ。

 

 月が襲撃されることなど予想もしなかった地球連邦政府は、ただちに月へ軍隊を派遣しようとしたが、人類初の対地球外生命体との戦闘などまるで想定外だった連邦政府軍にとって、限られた数のスペース・シップで軍隊を月まで送るのは容易ではなかった。

 

 美女だけで構成される未知のエイリアンを、連邦政府は「ネオ・アマゾネス」と命名した。

 

 連邦軍が月に進軍するための準備期間およそ半月の間に、ネオ・アマゾネスは残り二つの大型リゾート・シティ、静かの海北部にあるヴィトルウィウス山のふもとに位置する「静かの海・シーサイド・ヒルズ」とアペニン列島南部にある「ヴォルフ・グリーン・マウンテン」を制圧した。各リゾート・シティには連邦警察の支部が置かれていたが、ネオ・アマゾネスの武装がレーザー・ソードとビームライフルのみであるにもかかわらず、その戦闘能力の差でことごとく壊滅していった。

 勢いに乗ったネオ・アマゾネス軍は地球に向けて進行を開始しようとしたその矢先、ようやく月にたどり着いた地球連邦軍がこれを迎え撃った。

 それから数週間に渡る攻防激戦の後、連邦軍は「静かの海・シーサイド・ヒルズ」の奪還に成功。現在はここを拠点に中央ベース・キャンプを設け、更なる奪還へと作戦を遂行中であった。

 

 地球外生命であるネオ・アマゾネスの存在は世界規模のトップ・シークレットであり、月面施設の奪還作戦のための軍事行動についても、各国首脳と「地球連邦政府月面省」の一部の幹部、それと秘密裏に組織された「対エイリアン防衛軍」関係者以外の他の官僚や軍人および全ての一般人には隠蔽された。

 人類が今まで経験したことが無い地球外生命体との戦争を公式に発表した場合、それ以前に、地球外生命体の存在を公に認めたとなると、政界や財界はもとより、全人類に与える衝撃は計り知れず、どんなパニックが起こるのか予測も不可能であるとして、それが隠蔽する大きな理由だった。

 地球では、月面三大リゾートの消失は月の大規模な地殻変動による事故であると報道され、現地で襲われた被害者の遺族には遺体すら返されていなかったのだ。

 月面の安全確保が不十分であることを理由に月への旅行は一切禁じられ、相次ぐ地殻変動のせいで被害者の捜索が困難を極めているという地球連邦政府の公式発表を遺族たちは信じるしかなかった。

 

 そのような状況下では、連邦政府の総力をあげて最高機密による軍事作戦を大々的に行うわけにも行かず、それで配属される兵士の数にも限界があった。

 レアードの指揮する月面戦略第一次師団は、アルー、ランス、ルイの3人の参謀長が総勢50名のアンドロイド兵士を統率していた。第二次師団以降は現在編成中で、兵士はおろか司令官の人選もままならぬ状況にある。つまり、人類初のエイリアンとの戦争だというのに、その最前線には、月面省の官僚であるブライトマン月面中央ベース総司令官の他、現状で軍人はたったの28名しか配属されていない。

 

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