美しき侵略者 ~美少女軍団ネオ・アマゾネス~
白鷹いず
プロローグ
その日の夜、アルーは自室の窓際に佇み、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
窓から漏れる明かりが、庭に生い茂る草木を明るく照らしている。
海が近いせいか、波打ち際にはじける小さな水音が静かに聞こえてくる。
吹き込んでくる潮風が磯の香りをかすかに運んでくる。
時折強く吹く風が、海辺の椰子の木の葉をザワッザワッと揺らす。
……そんな南国リゾートさながらの夜景を眺めながら心地よい夜風にあたっていると、ここが月の戦場であるとはにわかに信じ難い気分になる。
月面戦略第一次師団に配属されたアルーは、予定されている他のチームメンバーよりも一週間早く月面ベース・キャンプに到着していた。
兵舎は『静かの海・シーサイド・ヒルズ』という巨大な観光施設だった跡地の一角にあるリゾート・ホテルを流用していたため、ホテルの豪華な客室がそのまま兵士一人一人のプライベートルームに使われていた。
現在このキャンプには、アルーの他、数名の人間兵士と数十名に及ぶアンドロイド兵士が駐屯している。このあと合流してくる他の兵士たちを迎え入れてから大々的な作戦行動が始まるわけだが、それまでにはまだ少し時間がかかる。
しかし敵は目前にいて、いつ襲撃され戦闘が始まるかも知れず二十四時間体制で警戒していた。
アルーは夕方頃に一昼夜にわたる警戒任務を終えて部屋へ戻ってきたばかりだった。
(やれやれ、ようやくぐっすり眠れる……)
寝不足と極度の緊張の連続とで疲れ果てていた。このベース・キャンプにいる限り安眠を貪ることは許されないのだが、明日の任務に備えて英気を養うのも兵士の重要な任務の一つなのだ。
シャワーを浴びて一息ついた後はそそくさとベッドに潜り込んだ。すぐに猛烈な睡魔が襲いウトウトしかけたその時に、
ドーン……ドドーン!
窓の外すぐ近くに爆発音が響き渡った。アルーは驚いて目を覚ました。
ビィーン! ビィーン! ビィーン! ビィーン!
『敵エイリアン侵入! 総員直ちに戦闘配置につけ!
繰り返す!
敵エイリアン侵入! 総員直ちに戦闘配置につけ!』
けたたましい警報ブザーとともに場内アナウンスが基地中に鳴り響いた。
アルーは飛び起きてバトルスーツに着替えガンベルトを着用し、ベッドの脇に置いてあるビームサーベルに手を伸ばした。
ドゴォォォ~ン!
目もくらむ閃光とともに窓ガラスが吹き飛び部屋中の備品が吹き飛んだ。
アルーは爆風の衝撃で窓と反対側に位置するドアの前まで吹き飛ばされた。
「ちきしょう! 何が起こった?」
照明も消えて真っ暗になったが、外で燃え盛る炎の灯りが散乱した部屋の残骸を照らしていた。
床に投げ出されたアルーは降り掛かった残骸の破片を払いながら立ち上がった。バトルスーツを着てヘルメットを被った直後だったので大きなダメージはない。即座にレーザーガンを抜き、吹き飛んだ窓へ向けて銃口を向けた。
爆発の業火が放つまばゆい閃光に目を細めたアルーは、その光の中に現れた人影に気づいた。その影は窓から侵入してきた。
「誰だ!」
アルーは悲鳴混じりの声を上げた。
部屋に備え付けられた非常灯のスイッチが入り、それまで逆光のシルエットでしかなかった敵の姿が露わになった。
途端にギョッとして自分の目を疑った。
腰まで長いブロンドの髪をなびかせ、切れ長の大きな瞳が映える美しい顔立ちに均整の取れた抜群のプロポーション、それほどの美少女が花柄模様の白いマイクロビキニを着けただけの露出も露わな水着姿で佇んでいたのだ。その姿が、いや存在それ自体が、今のこの非常事態にはふさわしくないにも程がある! そんな女が月面基地の最前線であるこの場に居るわけがないのだ。
(敵は女の兵士と聞いている、間違いない! こいつは敵だ!)
ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!
躊躇(ためら)うことなくアルーは即座にビーム弾を乱発したが何故か一発も命中しない。
彼女はレーザーガンもビームソードも武器らしい武器は何一つ持っていなかった。それにどういうわけか? アルーを悲しげに見つめるその目には涙が滲んでいるではないか。
狙って撃った手応えは確かにあったはずなのに一発もあたらず、目の前には戦場にいるはずもない美しい水着姿の女が佇み、しかも泣いている……この異常な違和感の連続でアルーは夢でも見ているような気分になり、夢と現実の区別がつかない一種のパニック症状に陥って息を荒げた。
「な、なんなんだ? 誰だ? ハァハァ、お、お前……どうして? ハァハァ、何してる?」
驚きのあまりもはや正気ではいられない。アルーは取り乱し、息も絶え絶えに、頭に浮かんだセリフをただそのまま口にすることしか出来なかった。
すると、彼女の悲しげに潤んだ瞳から涙が溢れ頬に伝って流れていく。
「ごめんなさい……そんな怖い顔しないで……オネガイ……」
艶のあるアルトの声が彼女の美しさを余計に引き立たせる。アルーは半ば無意識にガンを降ろしてしまい、しばし呆然と彼女に見入った。
その様子に安心したのか? 彼女は切なげに微笑むとゆっくり近づいてきた。
まるで恋人にでも向けるような愛しみを込めた微笑に見つめられ、アルーの目は彼女の可憐な美しさに釘付けになる。目の前まで迫った彼女を間近で見れば尚のこと、神々しさすら漂ってきそうな異常とも思える美貌にすっかり呑まれてしまう。
彼女は悪戯が見つかった子供のように申し訳なさそうな顔で控えめに笑い、俯き加減の上目遣いでアルーをそっと見つめる。
「驚かせちゃった? 急に入ってきて……本当にごめんなさい」
「い、いや……」
思わず普通に答えてしまった。彼女のムードに完全に呑まれ、戦意が瞬く間に消え去ってゆく。
「あなた優しいのね……名前はなんていうの?」
彼女には警戒する気配がまるでない。どこか寂しげな遠慮がちの笑顔を近づけてそっと話しかけてくるのだ。
敵のエイリアンは水着姿の女だという情報をインプット済みであったにも関わらず、月面の最前線基地に配属されて初の戦闘となったこの日、アルーが実際に彼女たちを目にしたのは今が初めてだった。
(こいつが敵のエイリアンなのか? どう見ても地球人の可愛い女の子じゃないか)
アルーは自問自答しながらも明らかに油断していた。可憐な少女の可愛い笑顔、スタイル抜群の美しいプロポーション……彼女の魅力にすっかり打ちのめされてしまったのだ。
今まで出会ったことがないほどの美しい女……彼女の心地よい声色が耳をくすぐる。甘い吐息が頬を撫でる。頭ではこれが敵? のはず? なんだけど? と半信半疑になりながらも、わかっているはずなのに何も出来ず、ただ彼女の笑顔に見惚れる以外になす術がなかった。
「ね……名前教えて。私ね、優しい人が好きなの。それに、あなたは……とても素敵ね……」
「ア、アルーだ」
彼女は嬉しそうに笑うと、今度は恥ずかしそうに顔をあからめ、手を後ろに組んでモジモジする仕草。
アルーはどう対処すればいいのか何も思いつけずに困惑する。
彼女は顔をアルーの目と鼻の先まで近づけてそっと囁いた。
「アルー……キスしてもいい?」
言うが早いか彼女は目を閉じて唇を押し付けた。言いようのない甘い香りが漂う中、彼女の柔らかな唇の感触に触れながらアルーも目を閉じる。
(どういうわけだ? この子は敵じゃないのか? 違うのか? だったらなぜ民間人がこんな月の前線基地にいるんだ?)
そんなことを考えながらも、アルーはしばし夢見心地。今まで感じたことのない程の幸福感を味わい、ついには彼女の腰に手を回し抱きしめようとした。
ガシュッ!
「ぐぁぁぁぁぁぁ!」
突然右肩に激痛が走った!
ゴトン!
足元に何かが落ちた。アルーは目を疑った。足元に転がっていたのは人間の腕だった。
「うわー!!! うぐぐぐぅぅぅ……」
彼女を突き飛ばし、激痛に疼く右肩に手を添えて愕然とする。右腕がなかった。
あとからあとから滝のように溢れ出てくる鮮血を止めようと肩の傷口を抑える。
「ぐぁぁぁ!!」
途端にそれまで以上の激しい痛みが全身を駆け抜けた。
それでもどうにかその場に立ち留まり死に物狂いの形相で彼女を睨みつける。
「うぐぐぐ……うぅ、て、てめぇ~うぅぅぅ」
「あら……そんなに痛いの? ……ごめんなさい……」
自分がやった残虐行為とは裏腹に、再び彼女は目に涙をいっぱい溜めて心配そうに見つめるのだ。
「く、くっそ~おちょくりやがって……うぐぐぐぐぅぅぅ」
激痛による激しい目眩と猛烈な吐き気に襲われて、その場に倒れ床をのたうちまわって苦しむ。視界が狭くなりかすんでくるにつれ次第に意識が朦朧としてくる。彼女が傍にしゃがみこんだ気配。
「かわいそうなアルー……すぐ楽にしてあげるわ」
遠のいていく意識の中で、哀れむような彼女の泣き顔が目の前に近づいたのを感じた。
(ちくしょう……これまでか、くっそ~)
絶望の淵で意識が途切れる刹那、目の前に迫った彼女の美しい顔が数発の光弾に撃ち抜かれて血まみれになったのを目撃し、その返り血がふりかかるのを感じた。夢か現実かもわからないまま、遠くの方から声が聞こえてくるような気がした。
「アルー! しっかりしろ! すぐにリリーを呼んでくれ!」
「はっ!」
さっきの爆発でアルーの部屋が吹き飛んだことを知ったレアード司令官が数名のアンドロイド兵士を引き連れて現れたのだ。その数分後、救護アンドロイド『リリー』が到着し、間一髪でアルーの命は救われた。
【敵の美少女アンドロイドimage】
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