第32話 噴火

 地が揺れた。

 空が裂け、遠くの山が光に包まれていく。


 ラハル山が、噴火したのだ。

 黒と赤の奔流が空を覆い、地の底から溢れ出した光が、まるで夜明けのように地上を照らす。

 その輝きの中で、誰かが息を呑んだ。


「……ナランサスが……!」


 人々は、丘の上からその光景を見つめていた。

 地面が割れ、火の河が走り、やがて国の半分以上が飲み込まれていく。

 ナランサスの民は誰一人欠けることなく避難を果たしていたが、

 その安堵と同じだけ、胸の奥に重い痛みが残った。


(……ダラン)


 燃え上がる赤が、涙の奥で滲む。

 無事でいてほしいと願っても、もう確かめる術はない。

 地上と地底を繋ぐ道は、崩れ、閉ざされてしまった。


 けれど、背後から上がる声があった。


「ソレル殿が、我らを救ったのだ!」

「次期王は、ソレル様しかおらぬ!」

「知の国は、あなたの導きで生き延びた!」


 称える声が、広場に満ちていく。

 けれど、ソレルはその輪の中に立ちながら、何ひとつ誇らしさを感じなかった。

 胸の奥で、何かが欠けていた。

 あの国の闇も、ダランの声も、まだそこにある気がして──

 けれど、手は届かない。


 懐に手を入れる。

 そこにあったのは、あの日、ダランのもとを去る前に握りしめたアルネラの花。

 淡く光るはずの花弁が、指先の動きに合わせてかすかに崩れた。


「……え?」


 息を呑む間に、花弁が風に乗って散っていく。

 ひとひら、ふたひら──

 やがて、光の粒が砂のように宙を舞った。


 ダランが言っていた。

 “光るだけのこの花はやたら数がある”。

 だが、この花は風に晒せば、砂になる。

 砂は、時を刻むために使われていた。

 地の国の砂時計に満たされていたのは──この花だったのだ。


 それに気づいた時、嬉しかった。

 その事実をダランに、デステルに伝えたくて仕方なかった。

 だけど、僕の手から、どんどんと消えていってしまう。

 

「──ッダメだ!!逝かないでくれ!!」

 

 掌の中で、最後のひと粒が消えていく。

 まるで、ダランの手の温もりまでも一緒に流れていくようで、

 堪えきれず、涙が頬を伝った。


「……ダラン……」


 小さな声が風に溶ける。

 地の国の光は見えるはずもない。

 けれど、風の中に確かに感じた。

 温かい気配。

 そして、あの日と同じ声が──遠くで囁いた気がした。


──「愛してる」


 ソレルは目を閉じ、両手を胸に当てる。

 震える指先が、あの日ダランから教わった動きを形づくる。

 胸を二度叩き、そっと前へ差し出す。


──「愛してる」


 音にならない言葉。

 けれど、風が受け止めてくれるように感じた。


 砂は、時を超えて残る。

 なら、いつかきっとまた──。

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