24 深夜のデート
「夜中だから、こういう場所しか空いてなくてな」
行きたい場所を尋ねられ、本屋に行きたいと告げたルカは、レオに街の外れの古本屋へ連れてきてもらっていた。本屋とは名ばかりの、ボロいこぢんまりとした店構えだ。こんな状態で本当に開店しているのだろうか?
レオに手を引かれて中へ入ると、狭い通路の両脇に天井まで積まれた本の壁がズラリと立ち並んでいた。本の隙間を縫うように奥へ進むと細い廊下があり、その突き当たりの扉から仄かな灯りが漏れている。どうやら一応営業しているようだ。
「ここ、よく来るの?」
「ああ。俺の隠れ家だ。新刊は置いてないけど、わりと掘り出し物もあるぞ」
レオは微笑みながらルカを店内へ促した。外観からは想像できなかったが、古本屋の中は思った以上に広く、本の壁で囲まれた部屋が三面あり、それぞれ壁に沿って本棚が立ち並んでいる。そして部屋の中央は吹き抜けになっていて、二階部分と繋がっていた。その空間の中央にも本が積まれている。まるで小さな図書館のようだ。
積まれている書物はどれも年季が入っていて、古い本特有の少し埃っぽい匂いが漂っているが、それもまた心地いい。
「何が欲しいんだ?魔術書か?」
レオがルカに問いかけると、ルカは本棚の本を眺めながら答えた。
「魔術書ではなくて、小説を読んでみようかと」
ルカは本屋の奥の本棚に視線をやった。陳列されている本は全て古書のようだ。多少背表紙が色褪せてはいるが、立派な装丁の本がずらりと並んでいる。
「小説?珍しいな。どんなジャンルが読みたいんだ?」
レオは意外そうに目を見開いた。
「……ちょっと、情緒とか、人の気持ちの勉強をしたくて。……人の心や感情が理解できるような本がいいかな」
正解がない分野は、難しい。ルカはおずおずと答えた。
「……そういった感情は、読むより体験したほうがいいけど。本を読んで勉強ってルカらしいな」
レオはルカを揶揄うように笑った。そして、本棚から一冊の本を取りだし、ルカに手渡す。
「これは?」
「恋愛小説、かな?俺も苦手分野だが、これは人間の男女の機微が描かれていて面白いよ。この作者は、登場人物の心の動きと情景をとても丁寧に描写するから、ルカにも共感しやすいと思う」
ルカはレオから手渡された本のタイトルを眺めてみたが、知らないタイトルだった。
「あ、これもどうかな。ちょっと悲しい話だけど、情緒が揺さぶられる。ルカなら号泣するかもな」
レオは楽しそうに語りながら、ルカのために本を選んでくれている。どうやら今度は児童書らしい。児童書なら昔孤児院にいた頃、何冊か読んだことはあるが、手渡されたのは、またもや知らない本だ。レオはいろんな本を読んでいるんだなあと、ルカは感心してしまう。
「子供向けだと、馬鹿にできないものもあるぞ。まあ、お前ならどれも読めそうだけどな」
「うん。全部読んでみるよ」
ルカが本を大切に抱えてそう告げると、レオは微笑んだ。そのまま二人で会計をするために店内を歩いていると、ふと懐かしいタイトルの本がルカの目に飛び込んでくる。
「あ」
ルカが思わず足を止めると、レオも立ち止まってその本に視線を向けた。ルカが本棚からそっと抜き出してみれば、表紙には大きな剣を構えた一人の青年。本の内容は勇者が悪い魔王を倒しに行くという、冒険譚だ。
「懐かしいな、その本」
レオはルカの手元を覗き込みながら呟く。どうやら彼も覚えているらしい。ルカが孤児院にいた頃、何度も読んでた児童書だ。
ルカがこのお話を繰り返し読んでいたのは理由がある。
「……この勇者、君に似てたから」
ルカが本の表紙を眺めながら、ぽつりと呟くと、レオは少し複雑そうな表情を浮かべた後「そうか」と微笑んだ。その本も購入することにして、二人で古本屋を出た。
「なんか、ごめん……」
ルカは店を出てから、おずおずと謝罪した。結局本は全部レオが買ってくれた。慌ててレオを追ってきたから、ルカはお金を持参してきていなかったのだ。
「こういうときは、『ありがとう』って言うんだよ」
レオはルカに微笑みかけながら言った。ルカはぎこちなく「……あの、買ってくれてありがとう」とレオにお礼を述べた。
その言葉を聞くと、レオは嬉しげにルカの頭を優しく撫でてくる。その感覚が懐かしくて、ルカは心の中がじんわりと温かくなった。
外は深夜だが、街の灯りで意外と明るい。人の気配はまばらだ。ルカとレオは再び手を繋いで歩き出す。
「……新月だけど、星は見えないね」
ルカはレオに手を引かれながら、ふと夜空を見上げて呟いた。月がない分、いつもより星々が綺麗に見えるはずなのに。
「ああ、意外と街が明るいからな。王都は月がない夜でも、街の灯りで結構明るい。外れに行けば、星もそれなりに見える」
レオは事もなげに答えた。王都の夜景が綺麗すぎて、星の明かりなどかき消されてしまうのだろう。確かにきらきら輝く街明かりはとても華やかで美しいのだが、なんとなくルカには味気なく思えた。夜空を見上げてぼーっとするのが好きなせいかもしれないが。
「そっかぁ……街の灯りでこんなに明るいんだ」
ルカはぼんやりした調子で呟くと、レオが懐中時計を懐から取り出した。
「もう少し時間があるなら、行くか?星空が綺麗に見える場所」
「……え?どこ?行く」
レオの提案に、ルカは食い気味で返事をした。その勢いに、レオが少し驚いたように目を丸めるが、すぐに微笑んだ。
「ちょっと遠いから、転移魔法使うぞ。ルカも使えるだろ?」
「……使えるけど。知ってる場所か、座標を指定できる場所じゃないと無理」
「大丈夫、お前も知ってる場所だ。ていうか、ルカが俺に教えてくれた場所だ」
レオは意味深に微笑んで、ルカの手を取ると、即座に転移魔法を発動した。
***
辿り着いた場所は、王都からかなり外れた小高い丘だ。子どもの頃、ルカとレオが生活していた教会の孤児院からギリギリ歩いていける場所。
かつて勇者が魔王を封印した地と噂されている。その丘には廃墟のような建物が隣接してあるのも、やや信憑性を高めていた。もっとも、そう言った眉唾ものの伝説がある場所は各地にあり、その真偽は定かではない。単に人の手が入っておらず、夜になると魔物が蔓延る危険な場所だから、誰も寄り付かないだけかもしれない。
ルカが子どもの頃、レオにこの場所を勧めたのは理由があった。この丘から見上げる星空はとても綺麗で、星々の光と街の光が混ざり合っていてとても美しいのだ。
一度目の人生では、ルカはこの場所からレオと二人で二百年に一度の流星群を観測し、その瞬間は確かに幸せだった。その後地獄に突き落とされるとも知らずに。
「綺麗……」
ルカは丘から見える星空を眺めて、感嘆の声を漏らした。星々が煌めく夜空は美しくて幻想的だ。最初の人生で見たような流れる星々は、流石に見つからなかったけれど、それでも充分美しい。
今後一生、この場所には来ないつもりであったし、なんならこんな所に二度と来たくないとすら思っていたが、今現実として目の前に広がる景色は、ただただ美しくて、素直に感動してしまった。
ルカは隣に佇んでいるレオに視線を向けた。彼は穏やかな表情で星々を眺めている。この場所を選んだのは気まぐれなのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「………一緒に流星群見る約束、覚えてくれてたの?」
ルカが呟くと、レオは意外そうに目を瞬かせた。
「なんだ?忘れてたのか?」
「……忘れたかったけど、ずっと覚えてた」
「まあ。流星群はもう無理だけどな」
レオは冗談めかして笑うと、ルカに手を差し出した。そして丘の斜面に二人で並んで腰を下ろす。手を繋ぎながら星空を見上げると、まるで宇宙の中に二人だけで取り残されたような不思議な感覚になる。
本当はお互い尋ねたいことが沢山あるはずだ。それでも言葉にならなくて、ただ黙って空を見上げているだけだ。ルカもレオも無言のまま星空を見つめ続けた。
(……凄い。悲しい思い出の場所じゃなくなった。まさか、ここでレオとまた星空を見られるなんて)
ルカは何だか夢を見ているような心地になって、ぼんやりと星空を眺めていた。
「……そういえば、探しものは見つかった?」
ルカが唐突に尋ねると、レオは首を傾げた。
「探しもの?」
「子どもの頃、流星群見に行こうって言ってた日。探しものを取ってくるって……」
ルカはあの日のことを思い返して、尋ねた。あの日、レオは探しものを取りに行くと言ったきり、いつまでたっても帰って来なかった。レオは「ああ」と思い出したように頷いた。
「残念ながら、まだ見つかってない。ずっと探し続けてるけど、な」
レオは穏やかに微笑んで答えた。その微笑みが、どこか儚げで切なげに見えて、ルカは胸が締め付けられるような気持ちになった。繋いだ手をぎゅっと握り返す。するとレオがルカに視線を落とした。
「お前、ちゃんと眠れてないだろ?目の下のクマが酷いぞ」
隣に座っているレオに指摘されて、ルカは「うーん、まあ……」と苦笑いする。誤魔化しても多分バレている。ルカは最近、昔のように悪夢にうなされては夜中に飛び起きる日々を送っていた。
「……夜、こっそり俺の部屋に忍び込んで来い。一緒に寝てやるから」
「いや、流石にそれはもうまずいよ」
ルカは慌てて首をぶんぶん左右に振って否定した。子どもの頃は確かに一緒に寝てたけれど、今のお互いの立場を考えると、絶対にまずい気がする。
「予防線張ってるから、大丈夫だ。もしバレたら俺が愛人連れ込んでるってことにすれば、ルカが一人で寝れない言い訳が立つ。そしたら恥ずかしくないだろ?問題ない」
「いやいやいや問題大有りだよ!」
レオは、ルカが一人で眠れないことを恥ずかしがっているだけだと思っているようだ。そして何故か自信満々に、愛人を部屋に連れ込んでいるという設定で一緒に寝る提案してくるのが理解できない。レオは普段はしっかりしているのに、昔からどこかズレている感覚をたまに表面化させる。
ルカが焦りまくっているのを他所に、レオは気にした様子もなく、ルカの手を引きながら立ち上がった。
「……そろそろ行くか」
「うん。……あ!ちょっと待って!」
レオが歩き出そうとしたので、ルカは慌てて彼の腕を引っ張った。そして頭上を指差して叫ぶように告げる。
「流れ星!!」
見上げた夜空には無数の星が煌めいているけれど、そこには流星群のような輝きはない。しかし、その星空の中を一筋の光が横切っていったのだ。まるで空を流れる川のように光の筋を残して消えた。それを目にして、ルカは目を輝かせた。
「すごい!レオもちゃんと見えた?」
「……ああ」
レオも驚いた様子で空を見上げていた。流れ星が消える前に願い事を唱えれば叶うと言われているが、そんな暇もないくらい一瞬の出来事だ。しかし、その一瞬ですら美しい光景に思えた。
興奮しているルカを、レオが優しい眼差しで見つめている。そしてルカの頬にそっと手を添えた。
「……願い事、何にしたんだ?」
「え、考える時間なかった。……でも、いいや。叶ったし」
ルカはレオに向き直り、微笑んで答えた。流れ星を一緒に見られただけで、こんなに幸せな気持ちになれるなんて知らなかった。
「俺も……もう叶ったからいいや」
レオは蕩けそうな笑顔でそう呟くと、そっと顔を近付けてきた。ルカは拒絶せず彼の唇を黙って受け入れる。軽く触れ合うだけのキスは、すぐに離れていった。
「ルカが生きてて良かった。また会えて良かった」
「うん。……僕も、レオが生きててくれて嬉しいよ」
ルカは素直に頷いた。
レオと一緒にいれば、どんな些細な出来事も素敵な思い出として記憶されていく。
たとえ、もし、この先彼に殺されるようなことがあったとしても、きっとこの思い出があれば、笑って死ねる気がする。
(でも、できれば、今度は殺されたくはないなあ。レオと一緒に生きていたい)
この幸せを、ずっと手放したくない。
ルカは、そんな我儘なことを願いながら、レオと繋いだ手をぎゅっと握り返した。
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