『Café Nene & Momo ―香りと音の物語―』

@anesu

🌸第1話 「朝のひとくち、開店準備日和」

プロローグ

フェリシア王国


 それは、かつて獣人たちが築き上げた――森と湖の国。

 数年前、人間のアリュシアと国交が結ばれ、人間と獣人、そしてその子孫であるハーフたちが、ようやく同じ空の下で暮らし始めた。


 けれど――

 違う価値観。違う文化。そして、違う“感じ方”。

 「分かり合う」というのは、思ったよりもずっと難しいことだった。


 人間は表情と言葉で気持ちを読み、

 獣人はそれらに加え匂いで感情を感じ取る。

 互いに悪意はなくても、その違いがときに誤解を生み、王都では小さなすれ違いが絶えなかったという。


 ……それでも、この港町ルーミアだけは、風のように穏やかな空気が流れていた。

 その理由は、一軒の小さなカフェ――


 『Café Nene & Momo』。



 朝の陽光が大きな窓から差し込み、木の床とカウンターを金色に染める。

 パンの焼ける香ばしい匂い。温めたミルクのやさしい湯気。

 鳥のさえずりが、開け放たれた扉から軽やかに入り込んだ。


「おっはよーっ! 今日も太陽サイコー! 風が気持ちいにゃ~!」


 勢いよく窓を開ける少女――ねね。

 猫の耳としっぽを持つ、明るい笑顔のハーフ。

 陽気でおっちょこちょい、けれど町の誰もが大好きな看板娘だ。


「ねね、窓開けすぎると、ミルクの香りが逃げちゃうよ。」


 穏やかに声をかけたのは、猫族の獣人――もも。

 ゆるく波打つピンク色の髪が朝日にきらめく。落ち着いた仕草と微笑みは、まるで静かな湖のよう。


 ねねが“太陽”なら、ももは“月”。

 ふたりが並ぶと、店の空気がふっと柔らかくなる。


「えっ、そうなの!? あわわっ、もったいないにゃ!」

「ふふ、焦らないの。……焦げパン事件、もう忘れた?」

「にゃあぁっ! 忘れたかったのに~!」


 笑い声が、湯気といっしょにカフェ中に広がった。


開店準備


「ねぇもも、今日は“フェリシア・ミルクパイ”を出すんだよね?」

「うん、焼き上がりはあと十五分。焦がさないようにね。」

「ふふん、任せて! 今日は絶対に焦がさないにゃ!」

(もも:三日前にも聞いたセリフな気がする。)


 黒板メニューには白いチョークで「ひとやすみにどうぞ」。

 端には、ねねのいたずら描き――小さな猫の足跡が並んでいる。


「王都ではまだ、人と獣人がうまく話せないことがあるんだって。」

 ねねの言葉に、ももは少し考えてからティーポットを傾けた。

「うん。人は“言葉で伝える”。でも獣人は“匂いで感じる”。

 同じ“気持ち”でも、届く形が違うんだって。」


「ん~……難しいにゃ。でも、ここでは関係ないよね。」

「そうだね。だって、うちのお店では“おいしい香り”が全部つないでくれるから。」


 ねねは嬉しそうにしっぽを立てて言う。

「“笑顔と匂い”で、世界だって仲良くなれるにゃ!」

 ももはくすっと笑って、

「……ほんと、ねねらしいね。」とつぶやいた。


開店


 扉のベルが“ちりん”と鳴る。

 港の魚屋の犬獣人・ロイ。

 大きな魚籠を抱え、いつもの笑顔で現れた。


「おはよう、ねねちゃん。今日も元気だな!」

「おはようロイさん! わぁ~今日の魚、大きいにゃ!」

「朝獲れだ。店のスープにどうだ?」

「わぁ、ありがとう! 今日の特製スープ、ぜったい人気出るにゃ!」


 ももが受け取ってにっこり笑う。

「ありがとうございます。今日もいい香りの風が吹きそうですね。」

「おう、ももちゃんの言葉は詩みたいだな!」

「えへへ……」


 ロイが去ると、今度は王都から来た人間の商人が入ってきた。

 革靴の音を響かせ、少し緊張した様子で席に着く。


「……ここが、噂の“ヒトと獣人の境がないカフェ”か。」


 そのつぶやきに、ねねがぱっと笑顔を向けた。

「ようこそ! おすすめは“キャットポウブレンド”だよっ!」

「キャット……?」

「泡が猫の肉球の形なのにゃ! かわいくておいしいよ!」


 男は少し戸惑いながらも、

「……じゃあ、それを。」と注文する。


 ももがカップを差し出し、静かに微笑んだ。

「甘さは控えめにしてあります。香りを楽しんでくださいね。」


 男は一口飲んで、驚いたように目を丸くした。

「……ふわっとする香りだな。なんだか落ち着く。」


「でしょでしょ? “人も猫もほっとする味”にゃ!」

「ねね、それはちょっと強引じゃない?」

「いーのいーの! おいしいなら全部正解にゃ!」


 客の口元が緩み、そしてふっと笑った。

 その瞬間――ねねの耳がぴょこんと動く。


(にゃっ……! この人、今ちょっと嬉しい匂いした!)


 人間は気づかない。

 でもねねには、わずかに漂った“幸せの匂い”が分かるのだ。


昼下がり


 昼の光が傾き、カフェの中にオレンジ色の影を落とす。

 窓の外では、子どもたちがボールを追いかけて遊んでいる。


「ねぇもも、もし世界中の人と獣人が、こうやって笑えたらいいよね。」

「うん。……でも、それができるようになるには、

 きっと“誰かが最初に手を伸ばす”ことが大事なんだと思う。」


「じゃあ、あたしたちが最初に伸ばすにゃ!」

 ねねはしっぽをぴんっと立てて言う。

「このカフェが、“いちばん最初の場所”になるんだもん!」


 ももはその横顔を見つめ、紅茶を注ぎながら小さく微笑んだ。

「うん……そうだね。

 “分かり合えない”って思う人たちに、

 “香りで分かる”方法を教えてあげられたらいいね。」


 港の風がふたりの間を通り抜け、

 カップの紅茶がきらりと光を反射した。


 ――その日も、「Café Nene & Momo」にはたくさんの笑顔が集まった。

 人間も獣人も、ハーフも。

 ここでは、みんな同じ“おいしい”を分け合える。


 そして、誰もまだ知らなかった。

 この小さなカフェが、やがてフェリシア王国の未来を変えるきっかけになることを――。


💠To be continued...

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