第3回 #ナイトルーティン
『ガサッ、ガサガサ………。』
《え、なになに?》
《#ナイトルーティーン配信……?》
真っ暗い画面から、ライトが不自然な部分に着いている画面へと変わった。
どうやら、画面は洗面台で撮られているらしい。
「こんばんは。りゅうです。」
《え、一人?》
《りゅうくんどういうこと?》
コメントを、ゆっくりじっと見つめたあと、チラッと後ろを確認するように見た。
「一人っていうか、内緒で回してる。」
後ろの方で、ガサッ、ガタン。パタン。と、音が響いている。
「ケンヂは、今お風呂上がって、歯磨きしに来るから。生のナイトルーティーン楽しんでください。」
「りゅーうー?何してんのー?」
ケンヂは、配信のつもりではいないからか、いつもよりも力の抜けたポヨポヨした声でりゅうを呼ぶ。
「だあああああああ!ケンヂストップぅ……!」
さきの配信を見るスタイルは、尊いところで大声を出すことなのだろう。
「りゅうも何考えてんの?!呼吸出来ないって。」
そのりゅうは、まるでカメラを置いたことを忘れてしまったかのように自然と振るまう。
「歯磨きしようかなって。一緒にする?」
「する。」
配信よりずっと素直で甘えたようなケンヂが映っている。
「歯磨き、してあげよっか?」
「ばっか。それくらいできるし。」
配信であれば、こういった場面だとケンヂはもう少しツンツンしやすい。
だが、これが思い切り素なのだろう。
画面の端に小さくはにかみながらりゅうに寄りかかるのが見えた。
《いや、まってまって。》
《めっちゃケンヂくん甘えるじゃん!》
《可愛い……可愛すぎる》
「ほんと、これは犯罪級だわ。」
隠し撮り配信なんかしているのがバレたら、ケンヂはりゅうに口をしばらく、きかないかもしれない。
それくらいケンヂはりゅうにベッタリだった。
多分、恐らく、さきだけではなく、全リスナーがそこまでは予想してなかったと思うくらいに。
「明日ケンヂ早いんだっけ?」
「ん。」
「起こす?」
「ん、起こして。」
さきはもう、ニヤニヤが止まらなかった。
そして、情報過多過ぎて頭が追いつかない。
「りゅうは、一緒に寝れる?」
「うん。一緒に寝よ。」
(なんだ可愛いかよこの生き物は。)
さきは、あまりにのケンヂの生々しい受け受けしさに「ほぉ。」と、息を溶かす。
「忙しくなかったら一緒に寝たい」と「ずっと一緒にいたい」が、合わさったようなケンヂの言葉に、瞬きするのすら惜しい。
「じゃあ、ケンヂは先に行ってて。」
「……ん?」
「ん?」
「珍しいな。いつもなら、りゅうの方から手を繋いで連れて行くくせに。」
いつも一緒に寝れる時には、ケンヂはりゅうの手を握りしめ、自分から離れないようにするようにして、ベッドまで連れて行く。
りゅうが、なにか終わってなくても、「ちょっと待ってて。」と、言うらしいことらしい。
いつもと違うりゅうの行動にケンヂは、疑問を覚えたらしく、数秒固まる。
そして、視線がりゅうから、ゆっくり洗面台の周辺へと向いていく。
「こっちの心臓がもたん……。」
ケンヂの視線が動いたことで、さきはこの後あまり良い方向には行かないだろうな、と思っていた。
それでも、その、カメラがあるとバレた時のケンヂの顔も見たかった。
りゅうだけでは無い。
リスナーの緊張感を背負い、固唾を飲んで見守っていると、画面越しにケンヂと目が合った。
そのまま視線は動かない。
つまり──それは──
「何、このカメラ。」
ケンヂの低く機嫌が悪そうな声に、りゅうのみならず、リスナーも息を飲む。
「いや、ちょっと、ナイトルーティーン……みたいな?」
「体良く聞こえるけど、俺のプライベート配信してたってことだよね。」
りゅうも、画面越しのリスナーでさえも、その場の空気が固まり、ケンヂの目がキツくりゅうを見ていることが分かった。
「最悪だね。」
ピシャと一言ケンヂが言うと、りゅうを振り払い、静かに一人でベッドへと向かってしまった。
《これは、まずいでしょ》
《めっちゃケンヂくん怒ってる……》
《りゅうくん、配信切って早く》
りゅうは、ケンヂの後に続いてベッドへと向かった。
画面には誰もいない洗面台が映り続けたあと、音声だけが微かに聞こえる。
「くんな。」
「ごめん、ケンヂ……。」
「どーせ、何がゴメンだとか分かってないくせに。」
「ケンヂ。」
「一旦配信切れよ。」
そのケンヂの言葉を最後に、配信は突然切られた。
さきは、ひとつ息を吐いた。
それは、美味しいものを見られたのと同時に、自分達も配信で茶化すことでケンヂを傷つけてしまったのではないかという不安からだった。
確かに、安心しきっているケンヂを見るのは極上の蜜の味だった。
だがしかし、ケンヂは、どうだったんだろうかと。
裏切られたなんて思ったりしないかと。
せっかく、昔からの思いを実らせたのに。
せっかく、安らぎの場所をみつけたのに。
ケンヂが、どこまで本気で怒っているかは分からないが、傷ついていたのは確かだ。
りゅうが傷つけた部分もあるだろうし、自分達リスナーが傷付けた部分もあると思うと。
「浮かれすぎたぁ。」
二人が尊すぎて、抜けてしまっていた部分もあるかもしれない。
さきは深く反省すると共に、今後の動向をただただ待つしかなかった。
「寝れるわけないよねぇ……。」
夜中の0時を回った頃、普段なら有り得ない配信を知らせる通知音がなった。
「え……#すこし……?」
ハッシュタグに、#すこしとだけ付け、配信されている画面には、薄い間接照明の中にケンヂが黙って映っていた。
心なしか、しょげているような表情に見えて、さきの胸を打つ。
コメント欄は若干の混乱はあったが、比較的落ち着いており、ケンヂの言葉をみんなが待っている空気があった。
「さっきは、急にごめんなさい。」
ケンヂが頭を下げると、コメントが一斉に動く。
ようやくすれば、大体が《ケンヂくんのせいじゃない》や《私たちもごめんね》と言った言葉だった。
もちろん、中には心無い言葉をなげかける人もいたが、ケンヂは責めなかった。
「みんなの、リスナーのみんなのことは、悪いとか思ってなくて。」
ケンヂはコメントをしばらく眺めたあと、話し始めるが、段々と鼻声になっていることに誰もが気付いていたと思う。
「りゅう、だから、あんなに怒ったって言うか……。」
ズっと鼻をすする音に、誰もが息を詰める。
「別に、ドッキリとかなら、まだわかったけど、あーやって切り取られたのが、すごく、悲しくて……。」
カタン
静かだったぶん、ドアが空いた音がやたら大きく響いた。
「……くんなよ。」
「ケンヂがいないと、寝れない。」
「……。」
二人の間に何も音のない時間が流れる。
ケンヂは、りゅうから視線を逸らし、りゅうはケンヂに近付けずにいた。
リスナーも、コメントを打てずにいる。
上手く、言葉にならなかった。
「ごめん。」
その、間を埋めたのはりゅうだった。
だが、ケンヂは冷たくりゅうを振り払う。
「何がごめんだよ。俺の本音なんか分からないくせに。」
「……そりゃ、分かるわけないだろ。」
《ちょ、りゅう言い過ぎ》
《喧嘩しないで》
コメントが様子を伺うように、ちらほら出てくる。
だが、りゅうはコメントに構わず、ケンヂの隣に座った。
少しだけ、ケンヂは驚いて距離をとる。
「だって、本音を言ったのは本当にこないだぞ?今まで本音でぶつかってこなかったんじゃんか。」
「……。」
「好きって言う本音も、ついこないだやっと言えたんだかんな。本音はケンヂから直接聞かないとわかんないだろ?!」
りゅうの勢いに、思わずケンヂは口を閉ざした。
りゅうは、構わずケンヂに手を伸ばすと、勢いよく抱きしめた。
「ちょ、離せ…配信中……。」
「ケンヂ、ケンヂを傷付けて、本当にごめん。これは、今の俺の本音だ。」
先程の勢いは落ち着き、ケンヂに囁くように優しい声色で言う。
ケンヂの視線が定まらなくなった。
明らかに、動揺している。
「ケンヂの素を見てもらいたいって思ったけど、勝手にやるのは違うよな……。二人で作っていかなきゃいけないのに……。」
「りゅう……。」
ケンヂの手が、りゅうに届きかけて、戻すを繰り返したあと、小さくりゅうの袖を握った。
「……許しては、いないけど。」
「うん。」
「傍にはいたい……。」
ケンヂが、言葉を選ぶようにゆっくり言うと、りゅうの肩に顔をうずめた。
「ありがとう、ケンヂ。」
配信終了後、りゅうはケンヂの手を取った。
「ごめん。ありがとう。」
そっとりゅうはケンヂの指を唇でなぞった。
「次は無いからな……。」
「分かってるって。本当にありがとう。」
ケンヂは、少し照れくさそうな表情を浮かべるとりゅうに擦り寄った。
「すき。りゅうのこと、すきだから……もうするな。」
「うん…俺もケンヂが好き。」
りゅうが、ケンヂの髪に指を通していく。
そっと、二人は口付けた。
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