第8話 灰に咲く花
その朝、空は灰色に沈んでいた。
冷たい霧が村全体を覆い、人々の顔には不安が滲んでいる。
三日前から、周辺の村々で“光の獣”が現れるという噂が広がっていた。
夜ごと現れ、畑を焼き、人を喰らう――。
そして今日、その影がこの村にも近づいていた。
悠真は村の広場で、アリアと向かい合っていた。
木刀を構える少女の額には汗が光る。
彼女の動きは、以前よりも明らかに速く、鋭くなっていた。
「よし、そこまでだ。」
「まだ……もう少し……!」
「焦るな。修行は“力”より“呼吸”だ。」
アリアは荒い息を吐きながら木刀を下ろした。
だが、その瞳の奥には確かな光が宿っている。
悠真は彼女の成長を感じ取っていた。
剣筋に迷いがなくなり、何より“諦める”という感情が消えつつあった。
「お前、変わったな。」
「修行をしていると……不思議です。
苦しいのに、心が楽になる。」
「それが“修行”だ。
痛みの中にこそ、静けさがある。」
風が吹く。
その瞬間、空の彼方で鈍い光が揺れた。
灰色の雲の中から、獣のような咆哮が響いた。
「来たな……。」
村の北の丘から、白い炎のような影が降りてきた。
獣の形をしているが、その体は実体を持たない。
光の粒が渦を巻き、見る者の心を焼くような存在感を放つ。
アリアは木刀を構えたが、全身が震えていた。
「師匠……あれは、なんですか……?」
「神界の残滓(ざんし)だ。
かつての神々の“怨念”が、形を変えて地上に流れ出した。」
「じゃあ……神の名残が、人を襲ってる……?」
「ああ。皮肉なもんだ。
神が滅びた後も、人はまだその影に怯えてる。」
光の獣が咆哮し、空気が震える。
悠真は前に出て、アリアをかばった。
「アリア、見てろ。
力とは何か、今ここで教えてやる。」
悠真の掌が光を帯びる。
神の力ではない。
“修行の理”を通して練り上げられた、純粋な生命の輝きだ。
彼は拳を構え、一歩、踏み出した。
地面が鳴り、風が爆ぜる。
「俺の修行は終わらねぇ。
たとえ相手が神の亡霊でもな。」
拳が閃き、光の獣の胸に突き刺さった。
刹那、眩しい閃光とともに獣の体が崩壊していく。
アリアはその光景を息を呑んで見つめていた。
だが次の瞬間、獣の中から“もうひとつの光”が現れた。
それは――少女のような姿だった。
白い髪、瞳は翡翠色。
アリアと、まるで同じ顔をしていた。
「なっ……!?」
光の少女は微笑んだ。
「あなた……修行神の弟子、アリアですね。」
「私の名前を……知ってる?」
「私は“残響”。
修行神ルオ・ザルの記憶の一部。あなたの中に、眠っていたもの。」
アリアの胸が脈打つ。
その心臓の奥で、何かが呼応するように震えた。
「ルオ・ザル……の……?」
悠真はその光景を見つめながら、小さく息を吐いた。
「やっぱりか……。
お前の中に宿ってたのは、ただの光じゃねぇ。」
アリアの体から淡い光が漏れ出す。
その光は、まるで修行神の杖から溢れていたものと同じ輝きだった。
「師匠……私……どうすればいいんですか……?」
「怖がるな。
お前は“受け継いだ”だけだ。
修行神の力を、人として使え。」
アリアは頷き、木刀を構えた。
次の瞬間、彼女の周囲に淡い風が生まれた。
「修行の理――“心を磨け、己を砕け”。」
その一撃は、風そのものが斬撃となり、
残響の影を貫いた。
光が爆ぜ、夜が明けた。
朝日が昇る。
村の丘の上に、一本の白い花が咲いていた。
焼けた大地の中で、ただ一輪だけ。
悠真はその花を見つめながら呟いた。
「灰の中から咲く花か。
まるでお前みたいだな、アリア。」
アリアは微笑み、両手を胸の前で組んだ。
「……これが、修行の力。」
「違う。これは“人の力”だ。
神の力を受け継いでも、お前が選んだのは人としての道だ。」
「人として……強くなる。」
「ああ、それでいい。」
二人は静かに朝の風を浴びた。
その背後では、光の獣が消えた跡から、
新しい草木が芽吹き始めていた。
それはまるで――
この荒れ果てた世界に、希望の種が芽吹くようだった。
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