第6話 消えたフレッド

 騎士風の青年は、エヴァンジェリンに丁寧に頭を下げた。


「……人違いをしてしまい、済まない。だが、ここは危険だ。子供が来る場所じゃない」

「ちぇーっ」

 舌を出すシャルシェ。


「あー、ところで……」

 青年は、頭を乱暴に掻き、言いにくそうに付け加えた。

「人を探している。金髪で体格が細めの男だ」


 心臓が締め上げられたようだった。

「この辺りで見なかったか?」


 ぽちゃん。

 水が滴るような音が、頭の中に響いた。


 エヴァンジェリンはフレッドがいた場所を振り返った。

 草原の風が吹きそよぐ。


 まるで、最初から居なかったかのように。

 さっきまですぐそばにいた、金色の髪の青年フレッドは——忽然と姿を消していた。


「そんな……っ」

「どうした?」


 青年が問う。

 エヴァンジェリンは辺りを見回した。

(いない)

 

 唾を飲み込む。

 エヴァンジェリンはずっと、フレッドのことで引っかかっていた。

 だから、シャルシェに用心棒を頼んだのだ。


 視線を上げて、エヴァンジェリンは目の前の青年に言った。

「さっき、森の中ですれ違いました。まだ近くにいると思います。それでは、これで失礼を」


 そう言うと、エヴァンジェリンはシャルシェと共に足早に青年から離れた。

 フレッドは騎士らしき青年に追われている。


「急ぎましょう、シャルシェ」

「どうした? なんであいつを……」

 シャルシェは走りながら声を上げた。


「ごめんなさい、理由は後で」

「?」

 シャルシェは眉を寄せる。


「日が落ちる前に、近くの町か、村を見つけましょ」

「わかった。わっ!!」

 シャルシェは突然バランスを崩した。


 地面に激突しに行く小さな身体。

 エヴァンジェリンはそれを、反射的に身を翻して受け止めていた。


「……大丈夫?」

「おまえ、すげーな!」

 シャルシェは感嘆した。


「う、ううん。シャルシェはさっき、鳥の身体から人間になったばかりよね」

 エヴァンジェリンはとっさに、自分の身体への戸惑いを隠した。


「ごめんなさい、慣れない身体で走らせちゃって。怪我は無い?」

「へーきへーき!」


「そうだ」

 と、エヴァンジェリンはシャルシェに手を差し出した。


「手を繋いでいきましょうか。そしたら転ばないから、ね?」

 どこかで小鳥がさえずる声がする。

 その声の方を、呼ばれたように眺めた少年。


 視線を戻すと、シャルシェは素直にエヴァンジェリンと手を繋ぎ、歩き始めた。


 チリ、と後頭部が痛んだ。

(前に、誰かとこうして)

 とても大事な誰かと、歩いていたような。


「エヴァンジェリン、ぼんやりするなよ! つまずくぞ」

 名前を呼ばれたことに、しばらくしてから気付く。


「え。あ、シャルシェ!? 今エヴァンジェリンって呼んだ!?」

「……なんだ、とつぜん」


 シャルシェは目をまんまるくする。

「ううん。お前って呼ばれるより、ずっと嬉しい」

 笑ってそう言うと、気のせいだろうか、シャルシェは少し赤くなった。



   ☆☆☆



 草原を抜け、何も無い荒野をしばらく歩いた時。

 シャルシェはふと、こちらを見上げた。


「どーしてにげたんだ?」

「え?」

「フレッドから」


 エヴァンジェリンは小声で言った。

「フレッドは……私を、殺そうとしてる」

「えっ!?」


 シャルシェはギョッとした。

 エヴァンジェリンは草原の中で立ち止まった。

 人家はまだ見えない。


 一陣の冷たい風が頬を撫でる。

 出会った時からずっと、自分を心配してくれていたフレッド。


 彼のものとしか思えない、記憶の中の声。

 記憶の中の、彼の視線の鋭さが。

 エヴァンジェリンの心に大きな影を落とす。



———覚えていて……君を殺すのは、僕だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る