第2話 繋がる手の温度
——ヴェルシェントの血を絶やすな!
かばっ、と跳ね起きた。
辺りに満ちたオレンジ色の光。
エヴァンジェリンが寝ていたのは荒野でも、丘の上でもなかった。
「ベッド……?」
古びた窓がついた小さな部屋。
まだ少女の声が耳に鮮明に残っている。
「エヴァンジェリン・ヴェルシェント……」
蘇った記憶の中で、自分はそう呼ばれていた。
鼓動が速くなる。
「エヴァンジェリン!」
隣の部屋から現れたのは、幼い少年姿のシャルシェだ。
「おきたか」
その赤い瞳が夕日に照らされ、黄金色に見えた。
「シャルシェ、ここは……」
「村のなか」
カラカラ、と外から何かの音がした。
「そう。……え!? どうやって入ったの? だって爆弾が」
「村にすんでるやつが入れてくれた。ぬけみちがあった」
その言葉にホッとした。
「人が助けてくれたのね!」
「人って言うか」
ゴロゴロゴロゴロ。
それは異様な音を立てながら、二人に近づいてきた。
「……樽?」
どう見ても、木で出来た樽だった。
突然、その樽からニョキニョキと手足が生える。
小さな木材が連なった手足だ。
大きなリボンが樽の一番上に付いていた。
樽はエヴァンジェリンの方にトコトコ歩いてくる。
見た目は樽なのに、人間っぽい動きが怖い。
「こわがらなくていい」
シャルシェは冷静だ。
「こいつがたすけてくれた」
(助けてくれた?)
「この、樽が……?」
「このたるが」
「あ、分かった! 中に人が入っているのね!」
(恥ずかしがり屋なんだ!)
無理矢理納得しようとするエヴァンジェリンに、シャルシェは即、答えた。
「いや。なかにニンゲンは入ってねえ」
「なんで分かるの?」
「においだ」
「じゃあ、これは何?」
(呪いの樽?)
「さあ」
シャルシェは肩をすくめた。
「でも、おまえをここまではこんでくれたのは、こいつ」
「あ、それは、ありがとう」
エヴァンジェリンは頭を下げた。
相手が樽でも礼儀は大事だ。
樽はエヴァンジェリンの前で立ち止まる。
そして、くるりと振り返り(多分)、扉に向かい始めた。
「ついてこいって言ってるみたいだな。どうするエヴァンジェリン?」
(ついていったら樽人間達に生け贄にされたりして)
嫌な予感はしたが、自分が酷く喉が渇いていることを思い出す。
「……行ってみましょうか」
いざとなったら、逃げよう。
(樽が転がる速さに勝てるかな)
変な方向に心配しながら外に出て、足を止めた。
そこにあったのは、滅びを待つ村だった。
家々は、壁や屋根からも草木が生えている。
壊れた荷車や木箱が小さな花に覆われていた。
自分の手の内側に、柔らかく温かなものがするりと入ってきた。
「……シャルシェ?」
彼の手が自分の手を握っている。
「また……たおれられたら、めんどうだ!」
視線を合わせないまま、幼い少年はぶっきらぼうに言った。
「ありがとう」
くすぐったい気持ちになり、エヴァンジェリンは頬を緩ませる。
見下ろした彼の唇は、何かをごまかすように尖っていた。
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