この革命は二度目の恋とともに〜騎士の娘はヤンデレ皇太子に愛でられる〜
藤咲紫亜
序章
エヴァンジェリンとフィンレイ
——ソルメリス帝国、王城地下。
薄暗い部屋の中、冷水を顔にかけられエヴァンジェリンは咳き込んだ。
同じことを何度も問われるうち、もう、何を問われているかも分からなくなっていく。
「皇太子の命を狙ったのはお前だろう、吐け! エヴァンジェリン・ヴェルシェント!」
刺すような水の冷たさに、顎が震える。
(父上……)
「この家に生まれながら、侍女に、だと!?」と、騎士である父は怒った。
「女の身では、皇族付きの騎士になれません! フィンレイ様を守るのは私の使命、いえ……ヴェルシェントの運命です!」と真面目に主張したエヴァンジェリンは、困惑する父を振り切り侍女になった。
ところが。
フィンレイ皇太子は、数日前に食事に毒を盛られ、意識不明になった。
犯人として疑われたのが、城の侍女で、彼とよく一緒にいた自分。
自分が彼の元へ運んだスープに、毒が混ぜてあった。
——「エヴィー……!」
自分に縋りついて崩れ落ちた、彼の苦しげな声が、耳から離れない。
一体、何が。
(何者かが、彼を狙った。目的は彼の命か、それとも、帝国の……)
「ヴェルシェントも、これでおしまいだな……続けろ!」
男のしわがれた声が、地下室に反響した。
エヴァンジェリンは男の言葉にハッとする。
(違う。私の行動が、彼の命を危険に晒した)
フィンレイのために真実を知りたかった。
そのために、何日ものあいだ責め苦に耐えてきた砦が突き崩された。
(そうか……こうすべきだったんだ、私は)
ぽちゃん、と、音がした。
頬に触れた彼の唇。
肩を撫でた彼の剣。
緑なす庭での、二人だけの
——「君と出会えなかったら、僕はどんな人生だったろう」
噴水の隣で目元を和らげた彼。
公の場で彼が見せる冷たい美貌が、自分の前でだけ、穏やかで無防備な笑顔に変わる。
エヴァンジェリンは、その微笑みに見惚れた。
——「この手のタコもアザも、君の勲章なんだね。この大砲の弾のような筋肉も、僕にとっては、愛おしい君の大事な歴史だ」
エヴァンジェリンの腕をうっとり見つめながら、彼は言った。
——「君は、心は僕の騎士だろう。僕の元を去るのは許さないよ」
手のひらを、長い指でなぞられた感覚が蘇る。
くすぐったさに身をよじると、彼の形の良い瞳がいたずらっぽく細められた。
この魂には、蔦が絡み付いている。
その蔦が彼すらを、縛り付けるなら。
(フィンレイ。私は貴方を忘れ、貴方を……守る)
——「君がどこへ行こうと、僕は追いかける。覚悟して、愛するエヴィー」
その時の彼の危うい眼差しが、最後にちらと浮かび。
エヴァンジェリンは瞼の裏で、フィンレイと、遠い時の中にいる一人の少女の姿に別れを告げる。
そうして、記憶と心を重い鎧に閉じ込めて、深い意識の水底へと沈んでいった。
大切なものを手放す痛みを感じながら。
☆☆☆
何も、見えない。
何も、考えられない。
息をしようとしたら、喉からひゅう、と音が出た。
コツ、コツ、という靴音が、湿った部屋の中で響いた。
耳元で生まれた、その音。
ぐり、と指を踏まれるが、指先は麻痺して、もう痛みを伝えてこない。
「意外と大したことないのね。最強の騎士の一族と名高いヴェルシェント……その娘なら、長く楽しませてくれるとお父様もおっしゃってたのに」
残念そうな、少女の声。
「『それ』はグラメドの森に捨てて、魔物達に骨まで食べてもらいましょう。お兄様に近づくから、潰されるのよ」
乙女達が茶会で咲かせる恋の話に添えるような、可憐な笑い声だった。
落ちていく。
どんどん、遠くなっていく。
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