若葉色のプレリュード
霜月このは
第1話
きらきら、きらきら。朝日に照らされて銀色が光る。
キラキラしているのはそれだけじゃない。澄んだ音の波が天井に響いて、頭の上から降り注いでいるみたいだった。
流れるような旋律を交互に吹く、二人の女の子たち。構えているのは銀色のフルート。
わたしの家にもある、馴染みのある楽器。だけど、こんな澄んだ美しい音色を、間近で聴くのは初めてで。
一瞬で、心を持って行かれた。
わたしも、こんなふうに吹いてみたい。そう、思ってしまった。
*
「
昇降口前で馴染みの顔と再会するなり、わたしは思わず、そうこぼしてしまう。
「そんな、中学校みたいにはいかないって。9クラスもあるんだから」
「それにしたって、校舎の端っこと端っこにならなくてもいいじゃん……」
「私に言われても……」
「はああ……」
ため息をつくわたしを呆れたように見ている怜ちゃんは、幼稚園から小学校、中学校と、エスカレーター式の女子校でずーっと一緒に過ごしてきた、幼馴染だ。
外部進学をする成績優秀な怜ちゃんとどうしても一緒の高校に入りたくてガリ勉した結果、わたしは見事に県内トップの共学校に合格した。そして今日はその入学式だった。
「それより、入学式、すごかったね。オーケストラ部の演奏」
「うんうん! フルートかっこよかった!」
「そこだけ? もう、
さっきまで参加していた入学式では、オーケストラ部の生徒たちが校歌や式の間のBGMなんかの演奏をしていたのだ。
もちろん、他の楽器だってかっこよかったけれど、やっぱりあのフルートは特別だった。
わたしたち新入生が校歌の練習をするときに、フルートの二人が交互にメロディを吹いていたのだけど、その音があまりに美しいものだから聞き惚れてしまって。
ついつい歌詞を間違えて、恥ずかしい思いをしてしまったほどだった。
「やっぱり入る? 部活」
「うん! もう決まり!」
「わかった。じゃあ、私もそうしようかな」
「やったー!」
怜ちゃんの言葉に安心する。小さい頃からずーっと一緒だということもあって、怜ちゃんがいるとなんでも心強いのだ。
中学の時も吹奏楽部で一緒にフルートを吹いていたし、高校でも一緒に怜ちゃんと吹きたい。わたしはそれがまるで当然であるかのように思っていた。
話しながら昇降口を出ると、正門までのあいだには、ずらりと人が並んでいる。そしてなにやら、通り過ぎる人たちに小さな紙を配っている。
「テニス部入りませんかー? 楽しいよ!」
「茶道部ですー。 ゆっくり活動してますよー」
「剣道やりませんか! 初心者歓迎だよ!」
上級生たちによる、部活の勧誘のようだった。それがもう、ものすごい勢いで。街中のティッシュ配りなんて目じゃないくらい、しつこく紙を渡してくるから、とりあえず全部もらいながら歩くのだけど、前を歩く人たちもみんなそんな感じだから、なかなか進まない。
お腹も空いたし、もう早く帰りたいんだけどなー、と思いながら正門の方を眺めると、何かがきらりと光った。
すぐにわかった。あれはオーケストラ部の楽器だ。他の部活の人よりも遥かに多く、十人くらいのメンバーが楽器を持って正門前のスペースを陣取っていた。
そして、わたしが気づくと同じくらいに、彼らは演奏をし始めた。
思わずリズムをとってしまいたくなるような、楽しいメロディ。聞き覚えがあるけれど、何の曲かまでは思い出せない。
「あれ、なんの曲だっけ?」
「『エンターテイナー』、中学の時一回吹いたよね、懐かしい」
怜ちゃんが正解を教えてくれた。
「すごいなあ……。……わたし、あっち行ってくる!」
あのフルートの先輩たちがいるかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなくて。人の波をかき分けて、わたしは突き進む。
「ちょ、ちょっと。唯花、まってよ!」
怜ちゃんが後からそう呼ぶのも聞かずに、わたしは正門前まで急ぐのだった。
正門まで辿り着くと、背の高い女の先輩に呼び止められた。
「君、一年生だよね? 楽器、興味あるの?」
「はい、中学でフルート吹いてて」
「そうなんだ、いいよね、フルート」
先輩が持っていたのはバイオリンで、それもとっても素敵だったけど。申し訳ないけれどわたしはフルート一筋と決めているのだ。
「あの、わたし、入部したいです!」
「やる気満々だね、嬉しいよ」
先輩はそう言って笑う。しばらくその先輩と会話をしていると、後ろから突っつかれた。
「唯花、もう……早いよ」
振り返れば、怜ちゃんがいた。
「あ、ごめん」
ついつい置いてきてしまっていた。
「君も楽器経験者?」
先輩が、ちょっと不機嫌モードの怜ちゃんに話しかける。
「あ、はい。私も一応フルートを」
「そうなんだ! 今年のフルートは豊作だね~」
「いいなー、ヴィオラにも分けてほしい」
他の先輩たちも私たちのところへやってきて交代で話しかけてくる。どうやら勧誘組と演奏組に分かれているようだった。
「よかったら、今度、体験入部においでよ。火木の放課後にやってるから」
「はい! ありがとうございます!」
きりのいいところで話を終えて、帰ることにした。
お腹が減ったのも忘れて、るんるん気分でついついスキップしそうになっていると、怜ちゃんに手を引っ張られた。
「唯花。足元、気をつけて」
見れば、足元には桜の花びらがたくさんあって、滑りやすくなっているようだった。
正門の前には空を覆い尽くしてしまいそうなほどの立派な桜並木が広がっていて、その下には急な坂道がある。転んでしまっては大変だ。
「転んで突き指でもしたら、フルート吹けなくなるでしょ」
そう言って、そのままわたしの手を握ってくれる。
やっぱり、怜ちゃんは優しいなあ。
そう思って、なんだか楽しくなってしまうのだった。
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