第43話 公爵家の平穏のために

<sideマイルズ>


「旦那さま。クリスティアーノさまとトモキさまとご一緒に食事をお摂りになりますか?」


「もちろんだとも。やっと訪れた家族の時間だからな」


「そうでございますか……。ならば、お食事の前に少しお話ししたいことがございます」


「どうした? 何かあるのか? もしや、トモキに心配事でも?」


直感型で思いついたらすぐに行動に移してしまう少し暴走気味なお方だが、心根はお優しいお方なのだ。

もうすっかりトモキさまのことは気に入られたようで、実の息子であるクリスティアーノさまよりもずっと大切にしていらっしゃるように見える。


トモキさまが救世主であるから大切にしているといえばそうなのかもしれないが、それを抜きにしても、もうすっかり骨抜きにされているようだ。


そんな旦那さまにこのようなことを告げるのは些か心苦しいが、これをお伝えしておかなければこの屋敷をうまく回すことができなくなる。

この屋敷の平穏のためには必要なことなのだ。


「トモキさまではなく、クリスティアーノさまについてでございます」


「何? クリスティアーノのことだと? 一体なんだ?」


「旦那さま、今までのクリスティアーノさまのことは全てお忘れください」


「はっ? それは、どういう意味だ?」


旦那さまは目を丸くしてその場に立ち上がった。


「そのままの意味でございます。旦那さまの目の前にいらっしゃるクリスティアーノさまは、旦那さまがご存知のクリスティアーノさまではございません。旦那さまも、今日お城でお会いなさった時にお分かりになったはずでございます」


今までのクリスティアーノさまは感情を表に出されることなど一度もなかった。

どんな時でも努めて冷静で、ご自分のお部屋であってもいつも物静かにお過ごしになって、お食事中にお話をなさるどころか、味の感想でさえもお話になったことはなかった。


それがトモキさまがこの屋敷に来られてからは常に独占欲をあらわにされる。お食事の際は決してトモキさまにカトラリーを持たせることもなさらず、クリスティアーノさまのお手ずからお食事をお与えになる。


この姿を初めて見た時の衝撃は忘れられない。

けれど、今はその姿を見られないと落ち着かなく感じてしまう。


もっと仲睦まじく召し上がっていただいても良いくらいだとさえ思うほど、お二人のお食事の光景は見ていて幸せになる。


だが、旦那さまは今日初めてご覧になるのだ。

きっと驚きになるに違いない。


けれど、それで不思議な態度を取られてはトモキさまが不審に思われるかもしれない。それにより、クリスティアーノさまとのお食事がギクシャクしてしまっては困るのだ。


「旦那さまには目の前でどんな光景があろうとも、普通にしていていただきたいのです。むしろ、これが普通なのだとトモキさまにおっしゃっていただいて構いません。そうすることで、クリスティアーノさまがお喜びになります。それが引いてはこの屋敷の平穏に繋がるのです。お分かりいただけますか?」


「……つまり、クリスティアーノとトモキが食事をしている姿に口を出すな、むしろ、それを好ましいと言え、ということだな?」


「さすが、旦那さま。ご理解がお早い」


「実際にこの目で見るまでは信じられんが、とにかくわかった。いう通りにしよう」


これでなんとかうまく行きそうだ。


ホッとしたのも束の間、クリスティアーノさま方のお部屋のベルが鳴った。

時間的に食事の用意だろう。

私は一応、厨房に準備をするように声をかけ、急いでお部屋へ向かった。



<sideクリス>



「お呼びでございますか?」


「トモキが目を覚ました。食事の用意を頼む」


「承知いたしました」


頭を下げ出て行こうとしたマイルズにさらに続けて声をかけた。


「父上も一緒に召し上がるのだろう?」


「はい。そのように承っております」


「トモキも父上と一緒に食べるのを楽しみにしているようだからな。くれぐれも・・・・・頼むぞ」


「このマイルズにお任せください」


そういうとマイルズは頭をさげ、出ていった。


マイルズがあそこまで言ってくれるのだから安心だ。

きっと父上にも話をつけてくれているのだろう。

本当に助かる。


「トモキ、すぐに食事ができるようだから着替えをしようか」


「えっ、わざわざ着替えるんですか?」


「今日は父上との初めての食事だし、そのまま眠ったからシワになってしまっただろう?」


「そっか、そうですね」


本当に素直な子だ。

私の思惑など知る由もないが、それでいい。


「じゃあ、これにしようか」


仕立てておいた服から、私の服と揃いのものを選んで着せる。

父上にもしっかりとトモキが私のものであることをわかっていただかなければいけないからな。


私も着替えを済ませると、トモキの目が私の衣装を見つめていた。


「クリスさんとお揃いなんですね」


「我々はもう夫夫になったから、いつでも揃いの服を着なければな」


「そうなんですね。クリスさんといつも一緒だなんて嬉しいで――っんん!」


無邪気に笑いかけるトモキに我慢できず、つい口づけをしてしまう。


「クリスさん……」


「悪い。トモキが正式に私のつまとなったと思ったら、すぐに気持ちが昂って抑えられなくなる」


「大丈夫です。僕も……してほしいな、って思ってたので……」


「ぐっ――!!!」


ああ、もうっ!

このままベッドに押し倒したいくらいだが、食事はきちんと取らせなければニコラスがうるさい。もう少し我慢するんだぞ。


必死に愚息に言い聞かせながら、トモキを抱き上げ、父上が待っているはずのダイニングルームに急いだ。


<sideジュリアーノ>


「父上、お待たせしました」


「ああ、問題な――っ!!!」


ダイニングルームでクリスティアーノとトモキがくるのを今か今かと待ちながら、先ほどマイルズから言われたことを反芻して、ある程度の覚悟を持っていたのだ。


しかし、私の覚悟の遥か上を行く二人の姿に言葉も出なかった。


揃いの衣装に身を包み、ほんの少しでも離れたくないのか、腕に抱きかかえたトモキをギュッと抱き込んでいる。

それをトモキが全く嫌がっていないところを見ると、もうこれがここでは普通になっているということだ。


――旦那さまには目の前でどんな光景があろうとも、普通にしていていただきたいのです。むしろ、これが普通なのだとトモキさまにおっしゃっていただいて構いません。


マイルズの言葉を思い出す。


私は決して驚いてはいけない。

たとえどんな状況であろうとも、クリスティアーノのため、そしてこの国のために……


心の中でそっと深呼吸をしてから、二人に話しかけた。


「二人とも、その衣装よく似合っているな。さぁ、食事にしよう。かけなさい」


「はい。父上」


私の言葉にクリスティアーノは嬉しそうにトモキに視線を向けた。


「我々の衣装、父上が褒めてくださったな。トモキ」


「はい。とっても嬉しいです。ありがとうございます、お父さま」


ほんのり頬を染めながら私に礼を言うトモキは実に可愛らしい。

だが、決してトモキを見過ぎてはならぬな。

クリスティアーノの嫉妬を買うことになる。


あまり見ないようにしなければいけないが、かといって、あまり見ずにいればトモキは私に嫌われたと思うかもしれない。

ああ、なんともどかしいのだろう。


二人のことも誉めつつ、トモキの顔を見るようにするのが一番いい方法かもしれない。


マイルズが私とクリスティアーノの前に食事を置いていくが、トモキの前には何もない。


はて、どうしたものか……と思っていると、理由はすぐにわかった。


「トモキ、次はこれにしよう」


「はい。あーん。んー、おいしいです」


「そうか、次はパンにしようか」


「はい。んんっ。ちょっとおっきぃです」


「そうか、トモキの口は小さいのだったな。ほら、これでどうだ?」


「んー、おいしいです」


「ああ、トモキ。ソースがついてしまったな。とってやろう」


「くすぐったいです」


「トモキ、パンを私にも食べさせてくれないか?」


「はーい、あーんしてください。あっ、指まで食べちゃダメです」


「悪い悪い、口が大きいからつい指まで入ってしまった」


「クリスさんの口、おっきぃですもんね」



「………………」


いやはや、私は何を見せられているのだろう。

なんの言葉を挟む余地もないほど、二人の甘い雰囲気に囲まれてしまっている。


クリスティアーノがあんなに嬉しそうにトモキの口にせっせと料理を運ぶとは……

クリスティアーノが私がいる前にも関わらず、トモキの口に垂れたソースを舐めとるとは……

クリスティアーノが食べさせてくれとねだったり、わざとトモキの指を舐めたりするとは……


マイルズの言った通り、ここには私の知るクリスティアーノはいないようだ。

今までのクリスティアーノの姿から考えれば、到底信じられない気持ちでいっぱいだが、以前よりもかなり人間的になったとみえる。


いや、もしかしたらこれがクリスティアーノの本来の姿だったのかとさえ思う。


我々では見つけ出すことができなかったその姿をトモキが引き出しにきてくれたのかもしれないな。


なんとか、二人の様子に干渉しないように努めながら食事が終わった。


「トモキ、お腹はいっぱいになったか?」


「はい。とっても美味しくて大満足です」


嬉しそうに話すトモキだが、おそらく私の半分も程しか食べられていないだろう。

持病があり、食事量の少なくなった私よりも少ない量で満足してしまうとは……身体が小さいにしても少なすぎる。


私がクリスティアーノと引き裂いたことによって、死ぬ寸前の姿になっていたと報告を受けたが、今あまり食が進まないのはそのせいもあるのだろう。


私のせいだな。

ここでしっかりと食事を摂らせ、今より元気になってもらわねばな。

寿命のままで生きられればいいと思っていたが、トモキを元気にするまでは私もくたばってなどおられん。

近いうちにニコラスに相談してみるとするか。



「ところで、クリスティアーノ。しばらく騎士団の方を休んでいるが、来週の新入団員の初訓練には出てきてほしいと兄上が仰っていたぞ」


「もうその時期でしたか。それは必ず出席することにします」


「そうか、それなら安心だが。トモキはその間、どうする?」


「トモキはもちろん連れて行きます」


「えっ? 連れていくのか?」


てっきり誰にも見せたくないから屋敷に置いていくとばかり思っていたのだが、どうやら違ったようだ。


「私がトモキと離れるはずがないでしょう。トモキにも騎士団の訓練に連れていくと話をしていましたし、一緒に行ってくれるだろう?」


クリスティアーノが笑顔でトモキに告げると、トモキはこの部屋が一気に春を迎えたかのような、実に可愛らしい笑顔で


「わぁーいっ! もちろんです!! クリスさんが戦っているところ見られますか?」


と目を輝かせて聞いている。


なるほど。

わざわざ訓練場に連れていくのはトモキに自分の勇姿を見せるのが目的か。

クリスティアーノもただの男だったのだな。


自分の息子の意外な一面を垣間見れて、私は嬉しくなっていた。

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