突然やってきたイケメン騎士団長と甘々同棲生活始まりました
波木真帆
第1話 あなたはいったい誰?
「お疲れさまでーす!」
乾いた食器を片付けて、今日の仕事はこれで終わり。
元気よくマスターに声をかけた。
「お疲れさん。今日も長々とありがとな。最後まで残ってくれるから助かってるよ」
「いえ、こちらこそ働かせてもらって感謝してますから」
「
「はい。じゃあ、お先に失礼します」
バイト先の喫茶店の裏口を開け、外に出た途端冷たい風に身体を突き刺された。
「うわっ、さむっ」
ずっと店内にいたから、こんなに寒くなってるって気づかなかった。
朝はそこまで寒くなかったけどな……
でも、膝まであるロングパーカを着てきたからまだマシだったか。
パーカの袖を指先まで伸ばして首を竦め、小さな身体をギュッと縮こまらせながら、僕は急いで帰宅の途についた。
「わっ!」
自分が踏んだ枯れ枝の折れるパキッという小さな音に思わず声が出る。
ただでさえ、暗くて怖いのに、人の気配がなさすぎてしんと静まり返っているのがさらに恐怖感を増す。だけど、ここを通ると十五分も早く家に着ける。
朝から晩まで働いて、少しでも睡眠時間を確保するためにはこの十五分が何よりも大切なんだ。
でも、もう少しこの辺にも街灯でもつけてくれたらこんなにビクビク怯えながら帰らなくてもいいのに。
怖がりの僕にはこの道がお化け屋敷よりも怖い。
だって……僕の目の前にある、この大きくてボロボロの神社。
あそこから今にも何かが出てきそうだ。
僕の頼りは手の中にあるスマホの明かりのみ。
それで足元を照らしながら、先に進んでいく。
あまりにもおどろおどろしいその雰囲気にゴクリと息を呑みながら、僕は歩くスピードをさらに速めた。すると、突然僕の行手を阻むように強い向かい風に押し戻された。
「っ、急に風が……っ」
突然、竜巻のような突風が起こったと思ったら、ドドーンとまるで落雷のような大きな音と眩い光が僕の周りを包み込んだ。
「わぁーっ! 何、これっ?」
目の前で何かが爆発したんじゃないかという大きな地響きと、目を開けていられないほどの眩さに怖くてその場にしゃがみ込んだ。
両手で耳を覆い、震える身体を必死に縮めながら時が過ぎ去るのを待った。
ん? 地響きが止まった?
気づけば目に感じていた眩しさも消えたような気がして、僕はギュッと閉じていた目をゆっくりと開いた。
目の前には真っ暗なあの道がいつもと同じ姿で見えた。
はぁーーっ。よかった。
でも、さっきのなんだったんだろう?
絶対に何かが落ちたようなそんな激しい音がしたのに。
まだ心臓がバクバクしている。怖かった……
今日はシャワーでいいやと思っていたけど、さっさと家に帰って、あったかいお風呂にでも浸かって心を落ち着けよう。そういえば牛乳も少し残っていたからホットミルクでも飲もうかな。
ホッとすることを考えながら、すぐ近くにあった大木を支えにゆっくりと立ち上がる。
「ここは、どこだ?」
突然、後ろから低く鋭い声が僕の耳に飛び込んできた。
さっきまで誰も居なかったはずなのに……
「だ、だれ?」
さっと振り向き、スマホの光を当てる。見慣れない服装に身を包んだ背の高い男性が眩しそうに腕で目元を覆い隠した。
「えっ……?」
まるで中世ヨーロッパの世界から抜け出してきたような彼の格好に目を奪われる。
マント姿……それに、腰に刺しているのは、剣……?
まさか本物じゃないよね?
これは、ドラマか映画の撮影中?
じゃあ、この人は俳優さん?
「眩しいっ! なんだ、この光は?」
「あっ、ごめんなさい」
ぼーっと光を当てたまま見つめていたから大声で怒鳴られて慌ててスマホをさげた。
スマホの光は彼の足元を照らしている。
「あ、あの……あなたは?」
恐る恐る尋ねた。
「人に名を尋ねるときはまず己から名乗るものだと思うが」
先ほどの光で怒らせてしまったようだ。低く鋭い声に身体がびくりと震える。
「えっ? あ、あの……ごめんなさい、僕……」
彼の指摘に混乱していると、スマホの光の先に彼の指先からぽとぽとと何かが垂れているのが見えた。
「そ、れ……」
そっと光を当てると地面が赤く染まって小さな血溜まりができていた。
「これか。少し怪我をしているだけだ。問題ない」
「少しって……」
いやいや、伝い落ちている量を見る限り、少しとは到底思えない。
「あの、僕の家、すぐそこなので来てください。大したことはできないですけど応急処置くらいはできますから」
「いや、だが……」
「いいから、早く! あっ、これ着てください!」
「いや、ちょ――っ」
「早くっ!」
彼の奇抜な格好を見られたらいけないと思い、咄嗟に自分のパーカーを脱いで彼に羽織らせた。
彼の格好も、それに怪我も気になって僕はもう寒さも何もかも忘れて、怪我をしてないほうの腕を取って半ば強引に彼を家に連れ帰った。
「よかった、誰にもすれ違わなくて……」
パーカを羽織らせても、彼が目立つことには変わりない。
けれど、僕の住んでいる小さなアパートはかなり老朽化が進んでいて、あまりの古さに僕と反対側の角部屋の学生しか今は住んでいない。
初めて、ほとんど人と会うこともないこのアパートに住んでいてよかったと思えた。
「ここは?」
「僕の住んでいるアパートです。古くて狭いですけど、外にいるよりはまだ暖かいですよ」
「ここが、そなたの、家……」
物珍しそうに彼はキョロキョロと辺りを見回している。そんな彼を横目に、悴んで動かなくなった指にはぁーと息を吹きかけて擦り、ポケットから鍵を取り出し急いで扉を開けた。
「ほら、入ってください!」
僕ひとりでも狭い玄関に大柄な彼がいるとかなりの圧迫感だ。
バタバタと靴を脱いで中に入り、彼に声をかける。
「狭いですけど、とりあえず中に入ってください。あっ、靴はここで脱いでくださいね」
一応そう声をかけたのは外国人だと思ったからだ。
いくら日本語が堪能でも住んでいる家はもしかしたら土足かもしれない。
ここが古くて汚いアパートとはいえ、流石に靴のまま上がられたら困る。
そう声をかけつつ大事なことを思い出した。
「あっ、そうか。手を怪我してるんだっけ」
雨に降られた時のためにと玄関横の棚にかけておいたタオルをさっと取り、血が滴っている彼の手をそれで巻いた。
「そんなことしたら血で汚れてしまうだろう」
「いいんです、そんなこと気にしないでください」
僕は玄関にしゃがみ込んで、
「それよりも早く足を上げてください」
と声をかけた。
「な、何をする気だ?」
「もうっ! いいから、早く!」
彼は僕の勢いに押されるように足を上げた。
僕はその足を掴むと膝に乗せ、見慣れないブーツのような重い靴の紐を解いて靴を脱がせた。
「ほら、こっちも早く!」
彼はもう何も言わず言われた通りに僕の膝に乗せ、僕に靴を脱がされる様子を茫然と見つめていた。
「よし、脱げた! 入ってください!」
怪我をしていないほうの彼の手を引き、部屋の中に案内する。畳に座らせ暖房のスイッチを押した。
いつもならこれくらいの寒さで暖房なんて使わないけど、お客さまが来た時くらいはちゃんとしておかないと! 電気代が多くかかっても後で節約すればいい。
「準備してくるので、ちょっと待っててくださいね」
急いでお湯を沸かし、その間にお風呂場から洗面器とタオルを持ってきた。
確か救急箱に包帯とガーゼ入れてたはず。
消毒薬もあったよね。こういう時のために残しておいて良かった。
棚の上に置いていた救急箱を片手に持ち、お湯を張った洗面器とタオルを持って彼の元に戻る。
「わっ!」
いつの間にか渡しておいたパーカを脱いでいたみたいで、目の前になんとも豪華で綺麗な衣装が飛び込んでくる。
「どうした?」
「いや、本当にヨーロッパの騎士みたいだなって……」
見れば見るほどかっこいい衣装だ。
これは撮影衣装なんだろうか?
勲章やらの装飾が施された上着はなんとも豪華で見ているだけで目がチカチカする。
こんなところまで精巧に作られてるなんてすごい。
「騎士か……こちらにもいるのだな?」
「えっ? それって……」
彼の言葉の意味がわからなくて聞き返そうとしたけれど、それよりも手当が先だ。
「あの、ちょっと上着を脱がせますね。壊したりはしないですから安心してください」
「いや、自分で脱げる」
「いいから大人しくしててください、傷が広がったら大変ですから」
彼の動きを制して上着のボタンを外す。巻いていたタオルを取ってから、そっと上着を脱がせると中のシャツの左手の肘から下が血に染まっている。
「もう! これのどこが少しの怪我なんですか! ほったからしてたら病気になることもあるんですよ! いい大人なんだからしっかりしてください!」
「あっ、いや……ああ、す、すまない」
僕の声に怯んだのか、彼は申し訳なさそうに謝った。
まだ傷を負ってすぐのようでシャツが怪我に張り付いている様子はない。
それでもできるだけ痛みを与えないようにシャツを脱がす。肘から手首に向かって十センチくらいの切り傷があるのを確認した。けれど、思ったより深くはないみたいだ。これからしばらく経てば治りそう。
軽傷なことにホッと胸を撫で下ろしながら、血を洗い流し傷口にガーゼを押し当てて止血した。
「ーーっ!」
「痛かったですか? すみません、でもとりあえず止血しておかないといけないのでもう少し我慢してくださいね」
可哀想だとは思いつつも、傷口を押して止血していると、彼がゆっくりと口を開いた。
「君は……応急処置の手際が実にいい。わが騎士団の医療部隊にでも欲しい人材だ。どこかで医術でも学んだのか?」
「えっ? ええ、実は少しだけ医学部に通っていたんです。学費が払えなくなって中退しちゃったんですけど……でも、まだ応急処置くらいならお役に立てますよ」
「医学、部……それは医師になるための、訓練を積む場所ということか?」
「あ、はい。そうですね」
医学部を知らないんだろうか?
もしかしたら海外では違う言い方をするのかもしれない。
そう納得していると、彼は僕を見つめながら
「そうか……ここで、其方に出会えたことは幸運だったのだな」
と感慨深そうに言ってくれた。
「っ、そんなこと……」
僕は志半ばで医者への道を諦めた。
けれど、彼にそう言ってもらえて自分が救われたような気がしたんだ。
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