第26話「プレゼントは、ぬくもりと記憶」
――冬の匂いが、そっと胸の奥に灯る夜に――
街は、すでにクリスマス色に染まっていた。
電飾で縁取られた街路樹が風に揺れ、ガラス窓の内側では子どもたちの笑い声がはじける。
ショーウィンドウには煌びやかなツリーと赤や金のオーナメント。
すれ違う人の顔に浮かぶのは、せわしない暮らしの中に浮かぶ一瞬の高揚と、少しの期待だった。
――十二月二十四日、クリスマス・イブ。
三重敬は、人混みを避けるように裏通りを歩いていた。
手にはひとつの小さな包み。厚紙で丁寧に包まれた箱には、彼自身の思いがそっと閉じ込められている。
吐いた息が、白く染まる。
その白さに季節の重みを感じながら、彼は小さく息を吸い直した。
「……ちょっと、冷えてきたな」
言葉に出したつもりはなかったが、自分の声が思いのほか大きく聞こえた気がして、照れ隠しのようにマフラーの端を引き寄せる。
その歩みは自然と、ある場所へと導かれていた。
向かう先は、いつものあの公園――
あの日、ふたりで未来を語り合った場所。
季節は移ろっても、あの時間の温もりだけは、胸の奥にまだ柔らかく残っている。
***
公園に差しかかったとき、ベンチの上にぽつりと座る影が見えた。
ニット帽をかぶり、手袋の上から紙袋を抱えるその人影は、遠くからでも一目でわかる。
「萌ちゃん」
声に出すより早く、彼女の視線がこちらに向けられた。
その顔に広がる笑みは、冬の冷たい空気の中でも変わらずあたたかい。
「敬ちゃん、来てくれてありがとう」
萌の頬は少し赤くなっていて、寒さのせいか、緊張のせいか、どちらか判別がつかない。
だが、その瞳の奥にある光だけは、はっきりと読み取れた。
「寒くなかった?」
「ううん、大丈夫。……ちょっとだけ、手が冷たいくらい」
彼女は微笑みながら手を擦り合わせて見せた。
敬は小さく頷くと、ポケットに入れていた自分の手を差し出した。
「じゃあ、俺の手で少し温めてみようか」
萌は驚いたように目を丸くしたが、やがてゆっくりと手を重ねてきた。
その手は確かに冷えていたけれど、どこか優しい震えをまとっていた。
ふたりは並んでベンチに座り、しばらくの間、言葉もなく時間を過ごした。
遠くで子どもが笑い声を上げ、イルミネーションがわずかに瞬いた。
その光の粒が、まるで降り積もる雪のように、心の隙間に静かに舞い落ちてくる。
「……あのね、敬ちゃん」
萌がふいに紙袋を差し出した。
その手つきは慎重で、どこかぎこちなく、けれど丁寧だった。
「これ、私からの……プレゼント」
敬はそっと受け取り、袋の口を開いた。
ふわりと、毛糸の香りとともに、手編みのマフラーが現れた。
淡い生成り色に優しいピンクがひとすじ織り込まれ、丁寧な手仕事の痕が糸の一本一本に刻まれていた。
「手編みのマフラーなんだ。……敬ちゃんに、似合うと思って」
敬は、言葉が出なかった。
そのぬくもりの正体が、ただの防寒具ではなく、彼女の時間と想いが詰まったものであることが、手に取るように伝わってきた。
「ありがとう……本当に。すごく、あったかい」
彼はその場でマフラーを首に巻いてみせた。
ふわりと広がった香りは、萌のシャンプーの匂いだった。
「……じゃあ、次は俺の番だ」
敬は、自分の包みを差し出した。
萌がそっと開けると、そこには一枚の額縁が入っていた。
中に収められていたのは、色鉛筆で描かれた一枚のイラスト――
サンタクロースの帽子をかぶった萌が、微笑みながら雪の夜空に立っている。
背景には灯りの灯る小さな家々が並び、空からは静かに雪が舞い降りていた。
「……これ、私?」
萌の声は驚きと照れの入り混じった、柔らかな響きを持っていた。
「うん。……早めの記念というか、今年の感謝というか……とにかく、君の笑顔を描きたかったんだ」
萌はしばらくイラストを見つめ、やがてそっと胸に抱きしめた。
「うれしい……本当に、ありがとう、敬ちゃん」
その瞬間、敬の胸の奥にある何かが、じんわりと広がっていった。
感謝や愛しさや、守りたいという願いが、静かに、確かに、そこに根を張っていく。
***
やがてふたりは、手を重ねたまま夜空を見上げた。
星がひとつ、またひとつ、ぽつりと瞬き始めていた。
「ねえ、敬ちゃん。来年は……どんなクリスマスになると思う?」
萌がぽつりとつぶやく。
敬はしばらく考え込むような顔をしたあと、ゆっくりと答えた。
「うーん……わからない。でも、ひとつだけ言えるとしたら……」
彼は萌の手をきゅっと握り直す。
「来年も、君とこうしていられたらいいなって思う」
「……うん、絶対に一緒だよ」
頬を寄せ合うふたりの間に、柔らかな風が通り抜けた。
冬の風は冷たいはずなのに、今だけは何も怖くなかった。
「メリークリスマス、萌ちゃん」
「メリークリスマス、敬ちゃん」
たったそれだけの言葉の中に、たしかなぬくもりが宿っていた。
それは贈り物という形を越えた、“記憶”という灯火だった。
この夜を、きっと忘れない。
手を重ね、心を交わしたそのぬくもりが、ふたりの冬をやさしく照らしていた。
***
プレゼントは、ただのモノじゃない。
それは、“誰かを想う時間”そのものだった。
そして、ふたりの想いはその夜を境に、確かなものとして芽吹いていく。
ぬくもりと記憶を抱えながら、ふたりはいつもの別れ道へと、静かに歩き出した。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます