私立暦乃学園高等部のBL事情。

霞花怜(Ray Kasuga)

第1話 高野君と深山君①

 昨今、多様性が声高に叫ばれる現代社会においても、マイノリティは存在する。

 人間社会では、どのジャンルのマイノリティも稀有な視線を被るのが定石だ。

 異端に対する嫌悪、浅い好奇、脅かされる恐怖。それらが単なる噂話になって広がれば、当人たちの生活や精神を蝕む。

 人は悪気無く、言葉と態度で人を殺せる生き物だ。


「ねぇ、聞いた? 高野たかの深山みやまが屋上でキスしてたって」

「えぇ? 男同士で付き合ってんのかな?」


 こと、高校生ともなれば性に多感で敏感だ。

 その手の噂が校内に広がると、止め様がない。


「私、高野君のこと狙ってたのになぁ。男にしか興味ないんだ」

「女に興味あっても無理だって。成績優秀で運動もできて、家もお金持ちの完璧イケメンじゃん。相手にされないよ」


 少し廊下を歩けば、聞きたくもない噂が耳に入ってくる。


「高野、イケメンなんだし、入れ食い状態だろ。なんで相手が深山かな。俺、アイツと話したこと、ないわ」

「わかる。休み時間もいつも一人で本、読んでるよな」

「陰キャ代表のモサ男って感じだろ。顔もよく見たことねぇ」


 学校の門をくぐって生徒会室に着くまでの短い道のりですら、ざっくりした基本情報が入手できる。

 だから、噂は怖い。


(学校中が憧れる完璧イケメンと陰キャのモサ男君CPなんて、定番じゃないか)


 BLなら手垢がつくほど書き殴られた、初心者向け導入CPだ。

 騒ぐようなレアCPではない。


(だからこそ、尊いけどね。この噂自体、聞くのは今日が初めてじゃないんだけど)


 数日前に目撃情報があってから、校内はこの噂で持ち切りだ。


「つーか、男同士とか、マジないわ」

「俺らも今まで、そういう目で見られてたんかな。キショ」


 何気なく聞こえてきた声が、やけに耳に木霊した。


(いまだにこんなこと、言う奴がいるんだ。とんでもない自意識過剰発言だって、気が付いてないのかな)


 ちょっとイラっとして、発言者の顔を探す。

 道端の小石に足を引っかけて転べばいいのにと思った。


「同性が好きだからって、男全部が恋愛対象ってワケじゃねぇだろ。お前にだって、女の好み、あんだろ」


 珍しく真面な意見を話す奴がいた。

 

「そうだけどさ。次元が違くね?」

「同じだろ。ならお前は、学校中の女、性的な目で見てんの? だったら、キメェな」

「それ、やべぇわ! 危険人物!」


 隣にいた生徒が大笑いする。

 さっきまで男マジないとか言っていた奴だ。

 お前に笑う資格はないと思う。


「ちげぇよ! なんで、そーなんだよ!」


 自意識過剰発言した生徒が慌てている。

 こういう人間は自分を棚に上げて話すから、仕方がないと呆れる。


 さっき真面な意見を発した生徒と目が合った。


「百瀬、おはよ」

「あぁ、おはよう」

「生徒会室?」

「うん、朝礼があるから」

「いてら」


 短い会話を交わして、また歩き出す。


(去年、同じクラスだった。鳴海、だっけ。俺の名前、覚えてたんだ)


 特別、親しかった友人という訳でもない。

 どちらかといえば不真面目なグループにいた生徒だと思う。


(ああいう、ちょっとだけヤンキーな感じと陰キャもアリ。優等生でもいい。ヤンキーは萌えるな。……いかん、いかん、二次元と三次元は分けるオタクだから)


 溢れそうになる腐心を押し殺して、生徒会室のドアノブに手を掛けた。

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