第20話『星を継ぐ誓い -The Oath of Stars-』

Ⅰ. 眠りにつくエテイヤ


──静寂が満ちる。

世界の境界が呼吸を止め、星々がまばたきをやめた瞬間。

その中心で、エテイヤは血のように濃い光をまとっていた。

胸には深く刻まれた裂傷。けれどその微笑みは、あくまで妖しく、美しい。

まるで“聖なる秘密”を知る者のように。


「澪……あなたの心の奥に、少しだけ隠れさせてね。」

その声は絹のように滑らかで、蜜のように甘かった。

けれど、その奥に潜むのは“試練の炎”──教皇が与える、魂の通過儀礼。


「あなたの傷ついた記憶──今はまだ、見ちゃだめ。

 私が封じておくわ。

 これは“罰”じゃないの。これはね、私からの“口づけの鍵”♥」


澪の胸へ、やわらかな光が降り注ぐ。

それはまるで神殿の天窓から射す祈りの光のようだった。

エテイヤはその光を抱きしめるように微笑み、ささやく。


「だって、これは私の大切な宝物なんだもの。

 あなたの涙も、痛みも、ぜんぶ愛しいの……うふふ♥」


その瞳がゆっくり閉じる。

彼女の輪郭を包む光が澪の中へと溶け、静かに融けていく。


「少し……眠くなってきちゃった……

 澪、完全に癒えるまで──バイバイ、ね……♥」


──静けさのあと。

風が、まるで神託を運ぶように、ひとすじ通り抜けた。


「……あれ? 私……どうしたんだろ。」

澪はまぶたを開ける。朝の光が白く差し込み、世界は何も変わらないように見えた。


「シオンに……ノート、渡そうと思ってたんだけど……」

首をかしげて笑う。

「まぁいっか。後で大学で会った時にしよう。今日は……午後からだし。」


その胸の奥で、小さな光がふるえた。

それはまだ眠る“彼女”の鼓動──

導きの星を秘めた、静かな祈りの光だった。


その瞬間、金木犀の香りの中で、ほんの一瞬だけ空気が震えた。

けれど、誰もその違和感に気づくことはなかった。



Ⅱ. 平和な日常


「……あ、シオン!」

秋風の中で澪が手を振る。大学の中庭、金木犀の香りが満ちる午後。


「やっほ、澪。昨日はちゃんと一人でレポートやったよ。」

「ほんと〜? えらいじゃん、シオン!」

「いや、それ褒め方ちょっと子ども扱いしてない?」

「だって〜、放っておくと寝落ちするでしょ?」


笑い声が風に溶けた。

二人の会話は、まるで何事もなかったかのように、穏やかに流れていく。


教室の窓から射す光、ノートをめくる音。

すべてが“いつもの日常”の音色だった。


──けれど、シオンの胸の奥では微かなざわめきが生まれていた。

ペンを止め、ふと視線を澪に向ける。

その瞬間、彼女の瞳の奥に一瞬だけ、星の光のようなきらめきが走った。


(……今の、気のせいか?)


講義が終わると、二人は軽く手を振って別れた。

「じゃあね、また明日〜!」

「うん、気をつけて帰ってね。」


日常の中に、誰も気づかない“異変”が、静かに息を潜めていた。



Ⅲ. 溢れる自信


夜。

シオンの部屋に、淡く滲む月が静かに差し込んでいた。

机の上には開きっぱなしのノート。

その余白に、戦いの記憶がまだ鮮明に残っている。


──エテイヤとの決戦。

あの灼けつくような光と、魂がぶつかり合うような衝撃。

そして、勝利。


「……今度こそ、俺は勝ったんだ。」


静かに拳を見つめ、息を吐く。

かつて何度も逃げた。怯えた。

でも今回は違う。最後まで立ち向かい、エテイヤの闇を越えた。


あの瞬間、自分の中に眠っていた“何か”が確かに目を覚ました。

その感覚が、いまも血の奥で脈打っている。


「……これが、俺の“力”なんだな。」


胸の奥が熱くなる。

新しい力を得た実感。

けれど、その奥にかすかなざわめき──喜びに混じる不安の影がある。


(本当に、この力を俺は使いこなせるのか……?)


思考の底に、ふと声が響いた。


──あのとき、暗闇の中で聞いた声。

閉じた瞳の奥に、また微笑む“あの女性”の幻影が浮かぶ。星の光を纏ったような姿。

その唇が、やさしく言葉を紡いだ。


「あなたは、ひとりではありません。

 セレフィーズと共に──」


その声に呼応するように、胸の奥の星が脈打つ。

セレフィーズ。

その名を口にした瞬間、言葉が熱を持って響く。

まるで、心の奥の扉がひとつ開くようだった。


(……そうさ。俺は、ひとりじゃない。)


いつの間にか、微笑んでいた。

ほんの少し前まで、力を得ることが怖かった。

でも今は違う。

ワクワクしている。

知らない自分に出会えることが、怖くもあり──楽しくてたまらない。


窓の外を見上げる。

星々が夜空を染め、そのひとつひとつが呼吸をしているように瞬いていた。

その光が、彼の瞳に映り込む。


「エテイヤ……今度こそ、俺はお前をも救済してやる。その力が今の俺にはある。

そして──この力を、闇に怯える人を光へ導くために使う。」


風がカーテンを揺らす。

星が彼の誓いに応えるように、ひときわ強く輝いた。


「俺はもう、迷わない。」


それは“勝利の余韻”ではなく、“新しい誓い”だった。

教皇のカードが象徴する、導きと信念。

いま、シオンの中で“導かれる者”から“導く者”へと、星の光が受け継がれていく。


その光は、夜空の星々と共鳴しながら、彼の胸に小さな聖火を灯していた。


エテイヤとの戦いを終え、

星の誓いを胸に新たな一歩を踏み出したシオン。


だが、星の声に導かれて出会った“ひとりの存在”が、

再び彼の運命を揺らし始める。


鏡に映るのは、過去か、未来か。

それとも、心の奥に潜む、もう一つの“光”か。



次回、第21話『鏡の微笑 ― Whisper in the Mirror ―』


香水のように甘く、

刃のように鋭い“微笑”が、シオンの運命をかすめる。


デパートの光の下、出会ったのは、

肌の奥にまで入り込むような、神秘的な声の持ち主。


——アマト。


中性的で、美しく、お茶目で、どこか危うい。

その瞳に映るものは、**シオン自身の“心の影”**だった。


星の声は囁く。

「力とは、優しさを忘れない心のこと。」


けれど、優しさの中に潜む痛みを、

まだシオンは知らない。


――“光を探す者”との出会いが、運命を揺らす。

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