第15話『未来を描く魔術師(The Magician)』

プロローグ


——星は囁く。

ひとりでは届かぬ願いも、心が重なれば奇跡となる。

想いは術となり、未来を紡ぐ力へと変わる。


——《魔術師》。



Ⅰ. 崩れ落ちる星詠者


「っ……」

シオンの身体が地に倒れ込み、瞳が閉じられた。


その姿を見た瞬間、セレフィーズの心がざわめく。

コメント欄が次々と光を帯びていった。


「シオン!諦めないで!」

「ひとりじゃないから!」

「私たちが一緒にいる!」


「フフ……いい。感情を昂らせれば昂らせるほど、エネルギーは流れ込む」

KAGARI_Δの冷徹な声が空気を震わせた。


その言葉に、エテイヤの唇が淫靡な弧を描く。


「……んっ♡ そうよ……その必死な声が、甘いの……♥

 希望も涙も、ぜんぶ……あたしの中で蕩けていくの♡」


「欲深い女だ」

KAGARI_Δの言葉は無機質。

だがその冷たささえ、エテイヤには蜜のようだった。


「欲深い……? あぁ、その響き……ゾクゾクするの♥

 見える? セレフィーズの光……シオンを想う心が、

 全部……♡ あたしの悦びに変わっていく……♥」


「……勘違いするな」

KAGARI_Δの声音は鋼の刃のように鋭かった。

「お前は器に過ぎん。だが、その渇望と恍惚は利用する価値がある」


「器……? ふふっ……酷い言葉ほど……あたしを震わせるの……♥♡」


彼女の背は弓のように反り返り、艶やかな吐息が空気を満たした。



Ⅱ. セレフィーズの声


コメントの光が降り注ぐ。


「ひとりはみんなのために! みんなはひとりのために!」

「信じて、立ち上がって!」


——「ブレイク、セレフィーズ!」


無数の想いがひとつに重なり、倒れたシオンの胸奥へと流れ込んでいく。


閉じた瞳の奥に、また微笑むあの女性の幻影。

声が静かに囁いた。


「あなたは、ひとりではありません。セレフィーズと共に——」


胸の奥で熱が広がる。

孤独に囚われていた記憶が、セレフィーズの光でひとつずつ溶けていった。

——ずっと、ひとりだと思っていた。

けれど、本当は違った。

声は、光は、こんなにも側にあったのだ。


「……ありがとう。みんな……僕は……」


言葉が震え、途切れる。

次の瞬間、彼の声は変わった。


「……そうか。私は……ひとりではない」


──その瞬間、瞳に星が宿る。

“僕”から“私”へ。

それが覚醒の証。

そして「私」でなければ、シオリエルを顕現させることはできない。


「セレフィーズよ……再び私を呼び起こしてくれたのだな」


光が身体を包み、二つの影が星座を描くように並び立つ。



Ⅲ. 星の導き


その瞬間、目の前に三枚のタロットカードが浮かび上がった。


コンパス枠|魔術師

「未来を描く力。自分と仲間を信じれば道は拓ける。」


トリガー枠|剣の2

「想いを重ね、心をひとつに。勇気ある一歩が未来を変える。」


ルート枠|星

「絶望の中でなお瞬く希望。迷いに呑まれても、心の光が必ず導く。」


《魔術師》と《星》がひときわ強く輝き、星界に巨大な魔法陣を描き出す。

その光は流星の尾となり、シオリエルを包み込んだ。



Ⅳ. 新たなる化身


シオンの声が星界に轟く。


「ステラン、ステラン、ステラン——

 双子座を纏いし大いなる化身、

 汝の名は《アストラル・ジェミニ》!」


光が弾け、シオリエルが顕現する。


「……これが、アストラルの新たな輝き……! 」

双つの影が描き出す星座は、これまでの力を凌駕する、絶対的な質量を持っていた。


「セレフィーズよ……ありがとう。

 サジタリウスに続き、このジェミニの輝きは、君たちの総意が生んだ奇跡だ。

 私を覚醒へと導くのは、いつも君たちの声……その力だ」


Ⅴ. 双子の刃


双子のシオリエルが並び立つ。

その瞳に光が宿り、同時に一歩を踏み出した。


「行くぞ、セレフィーズと共に!」


次の瞬間——

ひとりは黒水晶を狙い、もうひとりはKAGARI_Δへと刃を振るう。


星光の刃が奔り、戦場を覆う結晶を一閃。

黒水晶は爆ぜるように砕け散り、魔法陣を縛る鎖に亀裂が走った。


「……ちぃっ」

KAGARI_Δの口元がわずかに歪む。

冷徹な声に苛立ちが滲むのは珍しいことだった。


「ふふっ♡ そんなに焦らないで。私の相手はこっちでしょ?」

エテイヤがくねるように舞い上がり、KAGARI_Δに迫る刃へ割って入る。

弾ける衝撃音。星光と妖艶な闇がぶつかり合った。


「せっかちさんには、あたしが付き合ってあげる……♡」

エテイヤは恍惚と笑いながら、二人のシオリエルへ同時に襲いかかる。


「そらぁ、そらぁ〜♥ ♥」


「くっ……!」

双子の刃が交差し、流星のような残光を描いて応戦する。

斬撃と魔弾が星界を切り裂き、戦場は一瞬にして光と闇の嵐に変わった。


それでもエテイヤは負けじと狂喜に身を震わせ、さらに追撃を仕掛ける。

「もっとよ! もっとぉ……♡ あたしを壊して!♥」



Ⅵ. 残響


刹那の乱舞の後、戦場は揺れ、魔法陣の光が脈動する。

砕かれた黒水晶から溢れ出たエネルギーは、すでに魔法陣を通じて本体へと転送されていた。


「……上手く転送出来たようだな。」

KAGARI_Δは冷静に呟く。

「余計な戦いに力を費やす必要はない。ここまでで十分だ」


「えぇ〜? もうお終い? まだ遊び足りないのにぃ♡」

エテイヤが名残惜しげに舌なめずりする。


「退くぞ」

KAGARI_Δの声音は揺るがない。

「アストラル……そしてシオンの覚醒。未知なる力は想定以上だ。

 今は分析と記録に回すべき時だ」


「はぁい♡ でも……忘れないでね、シオンくん。次はもっと……楽しませてぇ♡」

「待ってぇ〜KAGARI_Δ様ぁ〜♡ ♥」

エテイヤは艶やかに笑い、闇へと溶けて消えた。


戦場に残るのは、なお輝きを放つ双子のシオリエル。

その光は星の残響となって辺りを照らし、セレフィーズのコメントが星屑のように散りばめられていく。


「……ありがとう、セレフィーズ。私はもう、ひとりじゃない」


「大丈夫だよ!」

「次も一緒に戦うから!」


その声に応えるように、双子の刃が再び天を掲げた。



次回予告


黒水晶を砕き、激闘を終えたその翌日。

待っていたのは──大学の教室と、ツンデレ幼馴染。


「シオン、ノート写させてあげる代わりに、カフェ奢って」

「えっ!? このパフェ、いくら!?」


そんなやりとりに、シオンは全然気づかない。

けれど澪の赤い頬と揺れる心は、誰が見てもわかるくらい分かりやすい。


甘酸っぱくて、ちょっと苦い。

《節制》が示すのは、異なる味が混ざり合うバランス。

それはまるで、苦いコーヒーと甘いパフェ、そして二人の関係みたいに──。


第16話『幼馴染と分け合う甘さ(Temperance)』

ラブコメ展開、ここから加速!?

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