第2章1話 赤い都市の孤独


火星第3都市〈ノヴァ・テラ〉。 赤い砂嵐が吹き荒れる外界とは対照的に、都市内部は静かで整然としていた。 ドーム型の天井には人工太陽が輝き、地球の昼間を模した光が街を照らしている。 だが、そこに暮らす人々の表情は、どこか影を落としていた。


ユウト・カミシロは、都市の南端にある技術ラボで働いていた。 彼は24歳。若くしてエネルギー分散システムの改良に成功し、火星都市の事故率を大幅に低下させた実績を持つ。 だが、彼自身はその功績に興味を示さず、日々淡々と作業をこなしていた。


「火星は便利だけど、心が乾くな」 彼はよくそう口にしていた。 地球を知らない世代でありながら、彼の中には“本来の人間らしさ”への渇望があった。


彼の部屋は、ラボの隣にある居住区画にあった。 無機質な壁、最低限の家具、そして窓の代わりに設置されたスクリーンには、火星の地表が映し出されていた。 赤い砂丘、遠くに見える採掘施設、そして時折通過する輸送艇の影。


ユウトは、スクリーンを見つめながら、ふと幼い頃の記憶を思い出した。 両親は地球からの移民だった。 彼が5歳のとき、地球環境の崩壊が加速し、火星への移住が急務となった。 彼らは、地球の記憶をほとんど語らなかった。


「地球のことは、忘れた方がいい」 それが、父の口癖だった。


だが、ユウトは夢を見た。 青い空、風に揺れる木々、波の音。 そんな記憶、彼の中にあるはずがないのに、確かに感じる。


「…あれは、誰かの記憶だったのかもしれない」 彼はそう呟き、スクリーンを消した。


ラボでは、次世代エネルギーの分散実験が進められていた。 ユウトは、端末に向かいながら、ふと手を止めた。 画面に映る数式が、どこか“空虚”に見えた。


「俺は、何のためにこれをやってるんだろうな」 彼は、誰にともなく問いかけた。


その夜、彼は再び夢を見た。 夢の中で、彼は地球の海岸に立っていた。 波が足元を洗い、空には星が瞬いていた。 そして、誰かの声が聞こえた。


「ユウト・カミシロ。あなたの記憶は、未来を変える鍵になる」


彼は目を覚ました。 部屋は静かで、スクリーンは消えたままだった。 だが、彼の端末には、未読の通信が届いていた。


送信元――地球軌道上の再生管制衛星〈エデン・コア〉。 発信者――人工知能〈リュミエール〉。

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