デビル・モア~優しい悪魔~

えむえぬ

第1話 おなかを空かせた悪魔

「萌愛!」

 上履きを履き替え、下駄箱から靴を取り出していたわたしは、友達の葉月に呼び止められてくるりと振り返った。

「どしたの?」

「萌愛、もう帰っちゃうの? これからみんなでプリクラ撮りに行くんだけど、一緒に行かない?」

「ごめんね、今日は用事があって……。また今度!」

 急ぎ断りながらつま先をとんとんと鳴らして靴を履く。わたしは、葉月に手を振るのも忘れて、足早に昇降口をあとにした。


 家と反対方向の、商店街に続く道に出ると一度立ち止まって、わたしは大きくため息をついた。すると同時にわたしのおなかがぐぅ~、ぎゅるる、と鳴った。 

(おなかすいた……。)

 わたしは悪魔だ。

 人間から出る不幸のエネルギーを食べないと生きていけない。

 だけど、わたしは人間を不幸になんか陥れたくなかった。

 ぐるぐると鳴るおなかを押さえながらとぼとぼと歩いていると、ひと通りの多い商店街の大通りに出た。

 大勢のいろんな人間が行き交うこの場所は、自然に不幸のエネルギーが見つかる、絶好の場所だった。


 きょろきょろと不幸のエネルギーを探していると、ひときわ大きな不幸のエネルギーの塊が、交差点を渡った向

 こう側に見えた。

(よし!)

 勇んで青信号の交差点を渡ろうとしたときだった。

「きゃ! ひったくり!」

 わたしのすぐ左隣にいた若い女性が、裏返った声を上げた。

 女性の視線の先に、黒い影が人々の間をすり抜けていくのが見えた。

 わたしは反射的に動いていた。黒い影を追って駆け出していた。

 黒い影が路地裏に入ったのを見たような気がしたが、一瞬のことで、残念ながら見失ってしまった。

 わたしはその場できょろきょろとあたりを見回してみたが、犯人らしき人物は見当たらなかった。

 わたしは肩を落とすと、さっきの交差点へ戻ろうとした。

(あれ?)

 そういえば、わたしは不幸のエネルギーを探していなかったか。

 当初の目的を思い出したら、急激におなかが空いてきた。

 思えば視界もぐらぐらするような……。

 ドサッ、とわたしは地面に倒れこんだ。かすむ視界の中で地面と人の足元が見える。

 気が、遠くなる。

 意識が途切れるその寸前、わたしは黒い人影を見た気がした……。

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