第18話 このバカ者が!(カイル・ローゼンバーグ騎士団長令息視点)

「旦那様? カイル様? どちらまで?」

「昨日の家だ! 急げ!」

「はい!」


 父親と二人で馬車に乗りこみ、再びゼルフェルド子爵家に向かう。

 当主用の馬車だが、御者が同じだったので話が早い。


 馬車の中で事情を説明する。


「なるほど。お前が剣を教わろうとしたら殴り飛ばされたと。過激すぎるな。さすがにやりすぎだ」

「そうなんだよ。こちらの事情も聞かずに、だ!」

「なぜそんなことをしたんだろうか?」

「わからないが……もしかしたら娘に近付く男だと警戒されたのかもしれない」

「ほう……学友と言っていたが、女の子の家だったのか。それは気持ちは理解できるが、騎士団長であり伯爵でもあるローゼンバーグを嫌がるのはわからんな。高位貴族なのか?」

「いえ、子爵家です」

「子爵家が? ちなみにお前は名乗ったのか?」

「あっ……いえ、名乗る前に……その、帰宅されたところでお会いし、すぐに殴り飛ばされまして」

「どんな蛮人なのだ! 凶行にもほどがあるだろう!?」

「そうなんだ。さすがに酷いと思うんだ!」


 そう言えばヒルトローゼンのお父さんには名乗っていなかったとは思ったものの、だとしても自己紹介もさせずに殴られるのはおかしい。

 それに学院の生徒であることは話したと思うし、家のものに魔法剣を教わるべきと言っていたから俺が貴族であることはわかっていたはずだ。


 馬車は王都の高位貴族の屋敷があつまる賑やかな場所を出て、落ち着いた空気が漂う古めかしい屋敷が集まる場所に向かって進んでいく。


「ほう? お前が気になっている娘の実家はこちらなのか?」

「気になっている……のは確かにそうです。家もこちらです」


 この辺りには新興の貴族家はいない。

 むしろ由緒ある家系が多い。

 ヒルトローゼンの実家は子爵家だが、古いもののなかなか大きな屋敷だったから、もしかしたら昔はもっと高位の貴族だったのかもしれないな。


 それが平民を入婿にとって当主代行をさせなければならないとは、落ちぶれるのは嫌だな。

 もし俺がヒルトを娶ったら、必ずあの子爵家ももっと大きくすることを約束してやろう。


 俺がそんなことを考えている間にも馬車はどんどん進んでいく。


「ちょっと待て、カイル。子爵家といったな?」

「はい。屋敷はなかなか大きかったので、もしかしたら没落貴族でしょうか? それで屋敷を維持できているのはどういった理由なのでしょうね」

「…………」

 

 なぜか父さんが押し黙る。

 そして考え込み始めた。


 ……が、馬車が到着する。


「ここですね」

「……」

「到着しました」


 御者は馬車を降りて、門の横にある小さな建物に入っていく。

 ローゼンバーグ伯爵家の馬車が訪れたことを告げにいったんだ。



「よし、帰ろう、カイル」

「はぁ?」


 その様子を見て父さんがいきなり変になった。

 どういうことだ?

 この家に何かあるのか?


「でも、父さん。俺を殴った相手に一言文句を言ってくれるって! ほら、出てきたぞ、父さん!」

「……いや、無理だ。どう言おう。何か言い訳を……聞いてなかった、知らなかったんだ……いや、絶対おかしいだろう……」


 なにかをぶつぶつと呟き始める父さん。

 もう知らん。


「出てこいエルド・ゼルフェルド子爵代理! 適当なことを言ってローゼンバーグ伯爵家後継であるこの俺、カイル・ローゼンバーグを2度も殴り飛ばしたことは許せん!」

「おい……ちょっと待てカイル!」


 あいつの顔を見るとムカムカしてきた。

 絶対に謝罪させるんだ!



「えぇと、お久しぶりですね、グラント騎士団長」

「あっ、あぁ……」


 しかし、あり得ないことにあいつは父さんを名前で呼んだ。

 騎士団長をだぞ!?


 そんなことは王家や公爵家当主にしか許されることではない。

 お前は元騎士団員だろ?

 ならきちんと礼節を示せ!

 平民出身だからといって容赦しないぞ!?



「ちょっとお父さん?」


 そこに美しいヒルトローゼンも出てきた。

 彼女には申し訳ない。ただ、君のお父さんには一言謝ってもらわないと、貴族家としての体面があるんだよ。


「なんだ、ヒルト?」

「ヒルト、すまない。だが、さすがに事情も聞かずに、名乗りも聞かずに殴り飛ばされるというのはダメだ」

「名乗り? 君はグラント・ローゼンバーグ騎士団長のご子息だろ? 遠征実習の際に聞いていると思うが?」

「あっ……っていうか、それでいきなり殴ったのか!?」


 やっぱり許せなかった。

 そういえばあの時名乗っていた。


 騎士団長の息子だと知って殴ったのか!?



「父さん、酷いだろ!?」

「えぇと、お前も十分酷いが……まぁ、まずは父親としての話をしようか。エルド、何があったのか教えて欲しいのだが」

「あれはだな……」


 いや、事情なんか聞く前に、息子を殴りつけたことを怒ってほしかったんだが……。


 ガコン!


 いって~~~~!?


「なっ、なんで?」


 なんで、俺が殴られるんだよ!?


「お前に魔法剣を教えなかったのはエルドが言っている通りだ! それを理解もできずに勝負して勝ったら教えろと言って斬りかかっただと!?」

「ちっ、違うんだ父さん!」

「何が違うんだ、このバカ者が!!!!」




■エルド・ゼルフェルド子爵代理


 どうでもいいけど、人の家の玄関先で親子喧嘩をするのは勘弁してほしいんだが?

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