没落貴族の俺の可愛い娘がまさに悪役令嬢ムーブしている件~全員鍛え直してやる! と思った結果、なんで我が家に王子や高位貴族が集まっているんだろうか?
蒼井星空
第1話 娘は悪役令嬢なのか?
唐突だが、俺の娘であるヒルトローゼンは可愛い……と言われているらしい。
金髪碧眼で凛々しい端正な顔立ち。女らしい体と所作。笑えばまさに天使。
朝の支度をしているだけで写真を撮りたい衝動に駆られるが、残念ながらこの世界にはカメラもスマホもない……。
まぁ、お年頃の娘らしく俺には塩対応だが。
「どこへ行くんだ?」
「……」
ちら見、そして無視のコンボに涙も出ない。
この娘はいつからこうだったんだろう。
妻が生きていた頃は可愛らしかったのになぁ……という美しい記憶で無残な現実を中和する努力をしていると、見つめ続けられることが嫌だったのか、面倒臭そうな表情で言葉を返してきた。
「……はぁ。お父様には関係ないわ。今日はリュート・ヘルゼシア様からお招きいただいたパーティーに伺うのよ」
それは財務大臣をされている公爵閣下のご子息の名前じゃないだろうか?
それに今さら気付いたが、そのセンスの良い高そうなドレスはどうしたんだ?
「失礼いたします、旦那様、ヒルトローゼン様。ヘルゼシア家の馬車が来られましたが……」
「あら、ありがとう。失礼のないように……あら、リュート様」
「すまないヒルト。いてもたってもいられず迎えに来てしまったよ。贈ったドレス、よく似合ってる」
「まぁ、ありがとうございますリュート様。さぁ、向かいましょう」
「あぁ」
自然にリュートという貴公子然とした男の腕に自らの手を絡ませるヒルト。
下位貴族の娘が、恐らく婚約者もいるであろう高位貴族の男性にすり寄るような仕草は慎むべきではないだろうか?
注意したいが、あまりにも自然に、そして嬉しそうな雰囲気をまとったヒルトの様子に対応が遅れた。
それに公爵令息の側も未婚で婚約者のいないヒルトとは一定の距離感こそが大切だが、配慮する様子は一切なく、むしろ親密さをアピールしているようにすら見える。
なんてことを公爵家の者は誰も言わないのだろうかと不思議に思っている間に彼らはさっさと出ていった。
もしや、財力だけのバカ息子か!
もし、次にうちの敷居を跨ぐことがあれば
これから仕事がある俺は王城に行かないといけないから時間がないしな。
その夜、さっさと仕事を片付けた俺は帰宅して自室で酒……は、全く飲めないので紅茶を飲んでいた。
今ごろ娘はパーティーを楽しんでいるだろうか。礼儀は教えたつもりだがちゃんとできているだろうか。粗相をしてないだろうか。
学院を卒業するのは来年だから、まさか婚約破棄劇が繰り広げられるようなことはないだろうが……。
王城の図書館で本を並べていてつい柱に頭をぶつけた際に、ふと沸いてきた記憶。俺ではない俺の……前世の記憶とやらなんだろうか。
婚約者のいるはずの好色王子、真実の愛とかいう世迷い言を繰り出すバカな大貴族の令息、漁夫の利を狙う魔道士団長のバカ息子や、真面目一直線であり得ない献身を示す騎士団長の息子。
いろんな物語の記憶がそこにはあった。
美しい話。醜い話。立身出世。愛の物語。ざまぁ……。
しかし共通していたことは、登場する傾国の美女ともいえる娘たちは、周囲を巻き込んで不幸になる。
うちの娘がその悪役令嬢なんじゃないだろうな?
思い返せばヒルトは学院に入った頃から、急に人目を引くようになった。
疑念が拭えないのはあの公爵令息の緩んだ表情。あれは魅了とかそういう魔法にかかった顔じゃないだろうか?
俺にとっては生まれたときから可愛いけどな。
そうはいいつつ、最近の娘はもっぱら塩対応だ。
昔みたいにどこかに遊びに行くことはないし、一緒にレストランで食事することもない。
お風呂に一緒に入ることなんてもうないし、同じ部屋で寝ることもない……これはもともとなかったです、嘘つきましたすみません。
学院に入るにあたって魔法を見てやろうと思ったけど、それすら頼ってこなかった。
お父さん……剣も魔法も騎士団長や魔導師団長に一目置かれる程度には使えるんだけどな。
それとなく執事たちから『お父様にお聞きになっては?』って言ってもらっても、ついに入学するまで一度も聞きには来なかった。
入学のお祝いに買ってあげたペンは使ってくれてるみたいだけども。
……とか、考えている場合じゃなくなったな。
不意によぎる刃のような感覚。
俺、避難してもいいだろうか?
理由は聞くな……。あぁ、逃げ遅れた。
「旦那様、失礼いたします」
「どうした?」
慌てた様子の執事が声をかけてきた。
用件は間違いなく客間に迎えられた人についてだ。予想される人物で間違いないと思うので、執事が焦る理由はよくわかる。
「それが、お客様がいらしておりまして」
「それはわかっているが、用件は?」
やってきた相手は今は公爵家に雇われていたはず。
そして今、ヒルトはその公爵家のパーティーに参加していて、まだ帰ってきていない。
何かあったのか?
聞かなければならないだろうけど、聞きたくない。
物語的には地雷な男に連れられてパーティーに参加したりしたら、ついてくるのは醜聞や愛憎。
「夜分に申し訳ないとは仰っているのですが、公爵家の方を追い返すわけにもいかず……」
この執事は古くからこの家に使える真面目な人間だ。
上位貴族を相手に失礼をするわけにはいかないだろう。
「わかった。要件を聞こう」
「お願いします」
俺は仕方なく客間に向かった。
かつては侯爵家だったこともある
掃除するだけで一苦労……みたいな状況だとしたら働いている執事達が大変だが、この世界では"クリーン"っていう魔法一発でホコリも汚れも害虫もさようならできるので、全く問題はない。
俺の仕事が実入りが良いこともあって、俺の代でこの屋敷を手放すことはないだろう。
この家はゼルフェルド家のもので、俺は入婿だから、絶対に潰すわけにはいかないんだがな。
それは俺自身が妻の死の間際に彼女に誓ったことだ。
彼女は目を閉じて『この家とヒルトをよろしく』と言った。
残念なことに妻との間に息子はいないから、ヒルトには入婿を取って欲しいんだ。
真面目な男を娶って、幸せに暮らしてほしい。
とか考えながら、通路をしみじみと歩いていたのは心を落ち着けるためだからな?
だって、パーティーで王子様や、他のやんごとなき方々がヒルトを取り合って殴りあいの喧嘩をした上に、彼らの婚約者まで入り混じって泥沼の愛憎劇を繰り広げました、とか言われたら、この家からおさらばかもしれない。
王子や公爵令息に婚約破棄を実行させる代償は重いだろうからな。
しかも、客間にいるのは何人殺したんですかねって質問に聞きたくない数字が帰ってきそうな強面で筋骨隆々のおじいさんだ。着ている執事服がこれっぽっちも似合っていない。
「夜分に申し訳ない、ゼルフェルド子爵代理」
おじいさんが丁寧に頭を下げてくる。
昔の上司であるこの人に頭を下げられるのは心臓に悪い。
「いえ……どうぞお座りください、ジグルド様」
「ありがとうございます。ただ、既に役職は解かれ、今は公爵家の執事をしている身。様付けはご遠慮願いたいのですが」
「無理です」
「相変わらずですな」
顔を上げたジグルドは俺を見通すような厳しい視線と言葉を投げかけてくる。
やっぱり、俺、ここで殺されるんじゃないだろうか?
ジグルド・ブラインフォース……。
かつての騎士団長であり、毎年開かれる御前試合でかつて十連覇した化物。十連覇したらそれ以降は出場資格がないから出ていないだけで、今の騎士団長よりも確実に強いと言われている武人だ。
質実剛健で厳しい方で、ちょっとだけお茶目だが、笑いながら魔獣を殺せる化物だ。
いったい何をしたんだヒルト……。
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