第5話 王都育成王立学園
ある日、俺達兄妹は村に出ていた。用事はなし。ただの散歩である。リリーがいきなり『散歩に行こう』と言い出したからだ。
めんどくさかったがそんなことを言うとリリーがまた怖くなるので渋々出ている。
「おやリリーちゃん。相変わらず今日も美しいねぇ」
「ありがとう!」
村を散歩していると村の人達に会うのは必然のことでいろんな人に会う度に度々声をかけられる。
その度にリリーは眩しい笑顔でお礼をする。
リリーはこの村の誇りと言っても過言ではなく特に注目されているだろう。
だけど、この人達の本当の優しさは別にある。
「おや? 今日はエスカも一緒なんだね。こうやってたまには外に出ないとダメだよ?」
「はい……。善処します」
ここの人達は無能で怠惰でダメ人間な俺にも笑顔で声をかけてくれるのだ。
実は、俺、それがかなり嬉しい。普通なら全員から後ろ指刺されてもおかしくないのに。
「俺やっぱ、この村好きだなぁ」
思わずそんな言葉を漏らしてしまう。それを聞いたリリーは一瞬驚きながらもすぐに笑顔でいった。
「うん! 私も大好き!」
そうしてしばらく歩いていると何やら村のみんなが集まっていた。
気になった俺達はそこに行って聞いてみる。
「何かあったの?」
リリーを見た村の人間が安心と同時にどこか心配そうな様子で説明する。
「あ、リリーちゃん。それにエイカも。実はね、この人が…」
「ようやく見つけました。リリア様」
村の人間がそう言いかけるとどこからか男の声が聞こえてきた。
俺達が声のした方をみると、そこにはスーツをしっかり着こなしてるいかにもこの村ではない雰囲気の男がこちらに歩いてきていた。そうして男はリリーと対面する。
「あなたは?」
みんなが見ている中、リリーがそう問いかける。男は不気味に微笑みながら言った。
「おっと、これは失礼しました。私、王都に在する"王都育成王立学校"からはるばるやってきた者、"ミーラン"と申します」
男、ミーランは丁寧に自己紹介する。王都と聞いて周りの人間はざわつき始める。
リリーは動じる様子もなく淡々とミーランという男に問いかける。
「そんなあなたがどうしてここに?」
リリーが聞きかえすとミーランという男は少し間をおいて言った。
「単刀直入に言います。リリア様、王都育成王立学園に通うつもりはありませんか?」
王都育成王立学園。
それは、俺の家、グラード家も在していた都。世界から見てもトップクラスに栄えている都の一つが王都。そんな王都に数多くの学園が存在するが、その中でも最高峰と言われるのが王都育成王立学園だ。
「魔物は日に日に個々の強さはもちろん、数も年々増してきています。もし近い内、王都に魔物が侵攻してきた場合、今の王都の戦力では確実に苦しい戦いとなるのは目に見えています。そこで王は『剣聖』と呼ばれるリリア様を王立学園の生徒として王都に滞在してもらおうと言うわけなのです。国の未来も見据えてね」
そんな国の事情を長々と話すミーラン。周りの村の人達から驚きの声が聞こえる。
誰もが、リリーがこの男に付いていき、役目を全うすると思っていた。
だけど、肝心のリリー本人からは驚きの答えが出る。
「なるほど。……ですがすみません。その申し出、断らせていただきます。」
その場にいる全員が驚愕の声を漏らす。ミーランも断られると思っていなかったのか困惑して聞きかえす。
「すみません。聞き間違いでしょうか。もう一度言ってくれませんか?」
ミーランがそう言うとリリーは「はぁ」とため息を付いて心底面倒くさそうに、でもハッキリ言う。
「断ると言ったんです。これでいいですか?」
リリーはまっすぐミーランの目を見据えて言った。
「なぜです? 断る理由などないと思いますが……」
「あるから断ったんです。私はこの村を守る使命がある。いつ魔物の襲撃に合うか分かりませんからね」
「なぜそこまでしてこの村を?」
「それをあなたなどに話す義理はありません。分かったらさっさと帰っていただけますか?」
そう言ってミーランをさっさと追い払おうとするリリー。いくら何でも扱いが雑だと思ったのは俺だけだろうか? 仮にも王都の人間なのに。
「なんたる不敬。あなたのような御方がこんな泥臭い村に滞在するなど理解に苦しみます。」
突然ガンギまった目で喋りだすミーランという男。
そのミーランの言葉にリリーの眉がピクッと反応する。
そんな様子の妹に、俺はそっと耳打ちする。
「リリー、バカな真似はするなよ」
リリーにしか聞こえない声量で忠告したが、がリリーから反応はなかった。その間にもミーランは言葉をまくし立てる。
「なぜ、なぜなのです。理解に苦しみます。『剣聖』のあなたにこのような汚れた土地は似合いません。あなたのことはもう誰も没落貴族と認識してない。なにより、あなた様にはこんな奴らを守る意味がない。どうか、お考え直して……」
その瞬間、リリーの身体が瞬時に動く。一瞬で腰の鞘から剣を抜き、その剣をミーランの首に当てる。
「あ、が……、なに、を……」
「私ね……普段そこまで頭に血が昇ったりしないの。疲れるだけだからね。前に別の学園に通ってた時にも他の貴族の生徒からバカにされたり陰口を言われてもなんとも思わなかった。だけどね……」
次の瞬間、僅かに剣がミーランの首に当たり、血が少量流れる。
「この村を、この人達を侮辱する奴は誰であろうと絶対私は許さない。それがたとえ、王族相手でもね」
「??!!!?」
ミーランに悪寒が走る。おそらく認識したのだろう。決して、リリア・グラードを怒らせてはいけない、敵にまわしてはいけないと。
今のリリーがミーランに向けてる顔は俺や村の人達に向ける笑顔が可愛らしい少女の顔ではなく、本気で憤り、相手を敵視してる顔だった。
「ふん」
そう吐き捨ててリリーは剣を腰の鞘に戻す。それからリリーは『あぁ、それと……』と付け加えて喋り始める。
「気が変わったわ。王立学園、通うことにする。よく考えれば多少のメリットもあるからね」
「え?」「え?」
俺とミーランのそんなマヌケな声が重なる。周りの村の人達も驚いていた。
「ほんとですか?」
ミーランがそう言ったあと、リリーは『ただし、』と付け加えて喋り始める。
「条件が三つあります。まず、今すぐ村のみんなにさきほどの侮辱の言葉に対して謝罪をしてください」
リリーがそう言うとミーランは渋々謝罪した。
王都の人間のくせに貴族でもない相手に頭を下げるその滑稽な姿に俺は吹き出しそうになる。
「それから二つ目。私と一緒に学園に連れて行きたい人物がいます。その人も同行させてもらいます」
「ほぉ、あなた様自らのご指名するほどの方ですか。気になります」
そう言ってほんとに興味深そうにするミーラン。 俺はとりあえずタバコを取り出して吸い始める。
「私の兄さん、エスカ・グラードも同行させていただきます。もちろん兄さんも生徒としてです」
「ぶふぅ!」
妹がハッキリとそう口にした瞬間、俺は勢いよく吹き出すのだった。
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