図書館にて

 特区のど真ん中を突っ切るメインストリート、そのどん突きに特区自治会図書館がある。特区内外で発行されている本の他、特区記録などの資料や死んだ人間の魂も保管されていたりする、文書や記憶においては随一の施設だ。


 マナブとインテリタスは二人で図書館に来ていた。冬になり、空き地で日中過ごすのは厳しい。インテリタスと過ごす時間を持て余し、直し屋の中でだらつくマナブを見かねて、陣の目がマナブに図書館は暖かいと教えたのだった。その話を聞いて、インテリタスに付き添ってマナブは図書館まで赴いている。


 陣の目が話す通り、確かに、図書館は暖かかった。そして、静かだった。歩くどころか、息をすることさえ憚られる静寂。しん、と静まり返る空間に足を踏み入れたマナブはその存在に怯んだ。自分の正体がばれて恐怖の視線を向けられた時のように、隔たりを感じることはあまり良い気分ではない。


 自分が場違いな所にいるんじゃないか、と落ち着かないマナブをよそに、インテリタスは司書に本を返却していた。顔見知りらしい眼鏡の司書は少女に笑顔を向け、それからその連れらしい男──つまり、マナブ──を見て固まる。無理もない。この世に二人といない美しい顔が目の前に現れたのだから。


 マナブは自分の顔を隠すものを付けてこなかったことを後悔した。ただでさえ、自分が歓迎されていない場所かもしれないのに、さらにこの顔で騒ぎが起これば図書館は出禁になるかもしれない。そう、身構えたマナブだったが、司書は幻妄を振り払うようにして頭を振り、ただ、マナブに会釈した。──どうも、特区自治会図書館に勤める職員は自治会の職員であるからに、特殊な訓練でも受けているらしい。


 図書館にいる他の人間も、マナブのことは気にしていなかった。たまに、マナブの顔を見て惚けている人間もいたが、ほとんどの人間は他人の顔をじろじろ眺めはせずに、皆一様に本か本棚を眺めている。マナブにとってそれは居心地が悪い状態ではなかった。


 インテリタスが本を選んでいる間、マナブは一人で館内を当てもなく散策する。本が詰まった壁を眺めながらほっつき歩くものの、いたたまれない気持ちになってきた。自分のことを知識人だとは全く思ってはいないが、タイトルを読むことすらできない本があるのには自分自身に呆れてしまう。


 次の本棚に差し掛かると、マナブは先ほどの司書と鉢合わせした。態度が変わることなく、職員がマナブに問いかける。


「気に入った本、ありました?」

「えっ、いや」


 どうやら、インテリタスはマナブが図書館初心者であることをこの司書にばらしたらしい。インテリタスにあった社交性に驚きつつ、マナブは内心悪態をつく。しかし、どの本を読めばいいのかわからない、と正直に言えるくらい、眼鏡の司書には親しみやすさがあった。


 東地区出身で学校に通っていないから難しい本を読めない。あまり本を読んだこともない。マナブがそう注文を付けると、司書はいくつか新刊を紹介した後に、インテリタスと一緒に選ぶといい、と提案をした。


「インテリタスなら、図書館にどんな本があるか知っているし、あなたの好みをわかっていると思うから」


 別行動をしていたインテリタスを探して、館内を周る。既に本を借り終えていた少女は、椅子に座って別の本を読んでいた。その邪魔をしていいものかと迷いつつ、インテリタスがこちらに気が付いたので、マナブは声をかけた。


「僕向きの本、知らない?」


 あまり自分の弱みを言葉で表現したくない。マナブは今まで学校に通ったことがないことをそこまでコンプレックスだとは思っていなかったが、どうもこの本だらけの空間は落ち着かない。マナブのそれを知ってか知らずか、インテリタスが少し悩んだ後、マナブを促してとことこと歩き始めた。その先には、音声媒体が置いてある棚があった。


「へー、図書館って本以外も置いてるのか」

「おんがくと、おはなし」


 インテリタスが手渡してきたのは読み聞かせのCDである。なるほど。これなら難しい字は読めなくてもいいし、小難しい話にはならなさそうだ。音楽があるものをインテリタスが選んだのも、マナブが音楽に親しんでいることを知っているからだろう。自分でも手にとれそうなものがこの図書館の中にあって、マナブは肩の力を抜いた。味方ができた気分である。


「これにする」


 マナブはそのうちの一つ、クリスマスと冬のCDを手に取った。そのパッケージをじろじろと眺めるインテリタスはその内容を知らないのだろう。今度一緒に聞こう、とマナブは約束をする。


「せっかくだから、字が書いてある本も何か探してくれよ。……あんまり、難しくない、漢字のやつ」


 インテリタスが勝手知ったる図書館内を横断し、次に着いたのは児童書のコーナーである。


「よんだやつ」


 ぶ厚いわりにはひらがなが多いもの、薄くて漢字が多いが絵が描いてあるもの。不思議と馬鹿にされている気分はない。インテリタスもこの特区に来た時には、ひらがなや絵が多い小説なんかを読んでいたのだろうか。そう思うと、今からでも本を読むのも遅くはないとマナブは思った。


「はは、宿題いっぱいだな」

「しゅくだい……?」


 マナブよりもたくさんの本を読むインテリタスは、宿題という言葉を知らないらしい。


 インテリタスよりも知っていることがある、とちょっと嬉しくなるマナブであった。

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