炬燵ヤドカリ
落葉して、特区の寒さは一気に厳しくなった。朝、外に出ると水の身体が冷たい風でかき回され、全体がひやりと冷たくなっていく。まだまだ、身体が凍るような寒さではないが、足を動かすとつま先が冷たくてじんじんと痛い。
水の宇宙人にとって、夏と冬とどちらがマシだろう。夏の暑さはマナブの体力を奪って、身体は蒸発する危険がある。冬の寒さは油断すれば凍ってしまう可能性があった。どちらも死に至ることはないが、行動不能になるからして、なんともままならない宇宙人の水の身体だ。
マナブはジャケットの襟を立てながらすっかり日課になってしまった空き地への散歩に向かっていた。到着したものの、待ち合わせた少女の姿はない。さすがに、寒空の下、マナブを待つ気にはならなかったらしい。
少女、もとい破壊の概念である化け物──インテリタスの身体は特区に顕現してから日がたつにつれて人間に近づいていた。概念のくせに足が存在し、体温を獲得し、物をたらふく食べる……。もしかすると、連日の外遊びで風邪でもひいたのかもしれない。
空き地の隣には少女の住む屋敷があり、マナブはそこに赴くことにした。併設されている直し屋の店舗にはCLOSEの札が掛かっていたが、気にせず中へと入る。家主の陣の目かその同居人が誰かしら中にいるだろう。
「こんにちはー」
予想通り、奥の居室からはーい、という家主の返事が聞こえた。
「マナブ君こんにちはー」
「インテリタスいる?」
居室は暖かい。マナブがリビングを覗くと、普段置いてあるダイニングテーブルが端によけられて、代わりに炬燵が置いてあった。その一辺に少女がこじんまりと座っている。頬を真っ赤にしてぼーっとする姿はぬくぬくと温かそうである。
「今日は外に出なかったんだな」
マナブが話しかけると、インテリタスの代わりに陣の目が笑いながら返事をした。
「インテリタスったら、足をしもやけしちゃってねー」
「しもやけぇ?」
しもやけとは寒い時期に末端に起こる皮膚の異常だろう。水の身体を持つマナブには勿論発生したことはないが、血行の悪い親友はよくつま先を真っ赤に腫らしていたものだ。そんな、人間に起こる事象が人で非ざる少女にも発生しているとは……。マナブは内心、舌打ちしたい気持ちを押さえた。
そんなマナブのことをしってか知らずか、マナブ君もどう? と陣の目が炬燵を促す。彼は肘掛椅子に座り隅のダイニングテーブルで作業中。炬燵にはマナブが入る余裕がありそうだ。
ありがたく暖をとらせてもらうことにしよう。
「おじゃましまーす。……あったけー。このまま茹りそう」
しもやけにはならないが、マナブは外気に影響を受けやすい水の宇宙人である。冬の冷たい風で冷えた身体にとっては天国のような温かさだ。空気と身体の境が無くなるような、ぼんやりとした熱が足を包み、下半身から頭に向かって徐々に温かさが昇ってきた。
炬燵の真ん中にはオセロとみかんのかご。どうやら、さっきまでインテリタスと陣の目は二人でオセロに興じていたらしい。結果は思いの外、拮抗していたようだ。
「インテリタス、オセロなんてできるのか?」
マナブの問いに、少女が発言すべき言葉を眉間に皺を寄せて探し始めた。インテリタスの口から出てきた言葉は簡単な表現だったが、用法は合っていなかった。
「おしえた」
「教えてもらった、な。今度は僕と対戦しようぜ」
話すという事は難しい。少なくともこの人外の少女は、人間とは違う話すという行動をしているように見える。付き合いが長くなった今でこそ、インテリタスが何を伝えたいのかをマナブはくみ取ることができるが、初めて会った時はひどかった。それこそ、会話が成り立たなかったのだから。
マナブは自分が言葉を発した時のことを思い出す。生まれたときからテレパシーを使って話していたマナブは、人間の姿に擬態するために人間の言葉を覚えなければならなかった。始めはあーとかいーとか言葉を成さない音しか出すことができなかった。頭の中で言葉があるのに口から同じ意味の言葉が出てこないのだ。今のインテリタスも、言葉を話し始めたマナブと似たような道を辿っているのかもしれなかった。
マナブはオセロの白黒のタイルを同じ数ずつ分けた。さて、言葉数は少ないが頭でっかちな少女はオセロの腕前をどれほどあげたのか。
真ん中に石を置いている間、手持ち無沙汰なためかインテリタスの足がとんとんとマナブの足をたたく。
「ちょっと待てって」
「?」
「足がぶつかってる」
インテリタスが首を振った。
「ちがう」
「お前以外いないだろ、かまってちゃんかよ」
インテリタスが否定する間にも、とんとんとマナブの足にぶつかる何か。とんとん。とんとんとん。ととん。ととん。
マナブの足を叩く何かは次第に激しく動き、ついに炬燵自体ががたがたと揺れ始めた。オセロの盤も揺れる。
──何かいる!?
マナブはインテリタスと顔を見合わせた。が、この揺れる──怪異が中に現れたと思われる──炬燵をそのままにはしておけないだろう。どこか炬燵の中にある異空間に引きずり込まれたら一大事だ。
いつでも逃げられるように構えて、マナブが炬燵の布団をめくった。炬燵の中の空間には大きな蟹がいた。蟹? いや、えび? ザリガニ……?
「ひぃっ!」
背後にひっくり返るようにして、マナブが後ずさる。虫も苦手だが、でかい甲殻類も虫に似ていて苦手だ。
マナブの動きと、炬燵の中ほど暖かかくない部屋の気温に反応して、中にいた蟹がもぞもぞと脚を動かし始めた。まだ、中にいるインテリタスを一緒に引きずりながら、炬燵を背負い家の中をずりずりと回り始めて動く。
「ちょ、何?」
後ろのテーブルにいた陣の目も慌てた様子で動く炬燵を覗きこんだ。
「なんか、炬燵の中になんかいる!」
「あ! 炬燵ヤドカリに借りられてる。マナブ君、追い出して!」
「むり! 怖い!」
炬燵ヤドカリ──勝手に炬燵を借りていく特区のモンスターである──に炬燵を借りられてしまったらしい。
這いずりまわっていた炬燵ヤドカリがインテリタスを炬燵にいれたまま家の壁に突進した。ドン! と鈍い音が響き、追従してオセロの石がそこら中にひっくり返る。
繰り返される突進の衝撃で、中に入ったままごろんと少女が後ろに倒れこむ。このままでは、外に出て行ったヤドカリに引きずられながら誘拐されてしまうに違いない。
「まて!」
マナブはインテリタスの手首を力いっぱい掴んだ。間一髪、家の壁を破壊した炬燵ヤドカリはインテリタスを置いて外に逃げていく。ヤドカリはそのまま、炬燵を背にどこかへ消えていってしまった。
家の壁に穴が開いている。外から中に吹いてくる風が冷たい。
「修理費、マナブ君に払ってもらおうかな」
家主も冷たい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます