首狩り兎が首を狩る話

kaname24

一話

 この世界で初めて息を吸ったのはいつだっただろうか?現代日本で生活してたはずの私は、この生きる為に罪悪感に背けて悪を為さなければならない地獄に居た。


「………………ここ、どこ?」


 薄汚れた服を着た幼い少女の姿で、私は路地裏に立っていた。残っている記憶は前世の道徳と知識だけ。前世なんの職業だったか、死の直前なにをしていたとかも覚えてない。

 目の前には沢山の武器が刺された死体がよくあるゴミみたいに放置されてて、死体に耐性が無いころの私は思わず後ずさったな。


 そこからは腹を空かせた本能のままに、私はスラム街を彷徨ったの。戦う力も無い少女が裏路地を彷徨っていても無事だったのは、奇跡に近い事だった。普通なら人攫いにでも出会ってる。

 でも、それを成し遂げたのは……ひとえに私の感が異常な程に鋭かったからだろう。この世界に目覚めてこの方、私に向けれた死の気配に敏感だった。毒が盛られている飲み物は探らなくても直感で分かるし、罠が仕掛けられればそれを逆手にとって攻めることができた。


 拉げた金属パイプや瓦礫が落ちた道を素足で歩いていって、素足で歩いているものだから傷がじくじくと痛んで、でもその場に立ち止まっていたら食べものにありつけない。そんな気持ちだった気がする。もうあまり覚えてないけど。

 でも、私はあの人に出会った時の事を今でも覚えている。まるでその日の出来事のように。


「嬢ちゃん。腹空いているのか?」

「うん…………お腹、空いてる。ご飯、食べさせてくれるの?」

「嗚呼少し、寂しかったんだ。家が一人で住むには広くてな。俺の家に来い。たんまりと食べさせてやる」


 背に両手剣を背負った男は瘦せこけた少女の私を見かけると、私に家へ来ないかと問いかける。そして、グローブの手を差し伸べてくれた。

 見知らぬ場所で食べ物を探して彷徨っていた私に、唐突に垂らされた蜘蛛の糸。あまりにも怪しいけれど、不思議と悪意が無いように感じる彼の言葉に私は……彼の手を取る。だってその救いの手を取らなければ、空腹でどうにかなりそうだったから。


 でも、その選択に私は後悔はしていない。もしあの時手を取らなかったら、私は死んでいただろうから。お義父さんはこの都市では見たことない程に優しい人。ウォルムが私を置いて行ってしまった今も、こうして思い返すぐらいには。


 そうして私は彼、ウォルムに拾われた。数年間彼と一緒にキール区のボロい賃貸で暮らして、育てられて……。私のことを企業が捨てた実験体だと思ったのか、私が外が怖くて眠れない日には子守唄を歌って寝かしつけてくれた。

 便利屋家業から引退して稼ぎも無いのに、わざわざ裏ルートじゃないと入手できない誕生日ケーキを買ってきてくれていたのは一人でケーキを食べた時に知ったな。


 …………どうしてあの人は死ななければならなかったんだろう?

 

「着信メッセージあり。取レ!取レ!」


 安宿のベッドでぼうっとしていた私は、台座型充電器に置いて充電していたパッド型通信端末の声で意識を覚醒させる。通知をよく見逃しちゃうから音声告知機能をオンにしたけど、やっぱり切った方が良いかな。うるさいや。


「ハイハイ、音声オフにして」

「取レ!とッ、…………」


 端末内蔵AIが私の声を認識して、メッセージの確認を急かす音声を停止させる。前世よりも技術が進歩しているこの都市”ロディシア”には、安物の端末にも私目線では優秀なAIが宿っている。声一つで安宿の家電全てを操作できるのだから、技術は進歩したものだ。

 高価なAIチップになると生産工場一つを人の手いらずで丸々制御することもできるらしい。ハッカーによるサイバー攻撃で機械が暴走する危険性があるから、いまだに完全無人化は実現していないようだけど。


「はぁ…………」


 ウォルムが殺されて一人になった私は、安全な家の外で生活しないといけなくなった。彼から教わったことだけれども、この都市には二つの層があるらしい。企業が雇った私兵によって庇護されて、市民権がなければ入ることすら許されない”都心”とそれ以外の”路地裏”。

 都心にも都心の奴らなりの問題があるらしいけど、都心に住む人たちは強盗に襲われる心配も無いし、表立って殺されることは無いぐらいに治安が良いとか。


 私は路地裏出身?ってことで、市民権を持っていない。だからアングラな路地裏の世界で生きている。

 路地裏出身の奴が、都心の市民権を持つには莫大な金と長い長い手続きが必要だとかで、別の都心に移住したいと思ったことは無い。ウォルムの話を聞いていると、都心は都心で生きづらい世界だと思うから。


 さて、心を切り替えないと。今日の依頼人は誰かな?音声通知を出すように設定しているのは全て業務用のアカウントだ。できれば完全新規の依頼じゃないと良いなと思いながら、私は通信端末に送られたメッセージを見る。


 宛先人はいつものお得意先。私が普段活動の拠点としているキール区裏路地を仕切る”有無機物設計会”からの依頼だ。その組織の幹部であるスチューデントが、私の手を借りたいらしい。


「相変わらず、依頼の詳細は事務所でか……行こう」


 依頼が入ったのなら、この安宿からチェックアウトして仕事に向かう時間だ。ウォルムが私に残してくれたモノは、ロディシアの裏路地で生き残るための知恵と数年は持つだろうお金が入った私名義の口座。


 でも、そのお金はウォルムの形見であるツヴァイヘンダーを奪い返した時の代償として消えてしまった。食い扶持を保つ為には、仕事をしなきゃいけない。

 今の仕事についているのもそれが原因だけど、後悔はしていない。あの機会を逃したら、あの両手剣はどこかの闇市に流れてしまうから。

 

 会員制の工房に特注で造ってもらったと彼から聞いた両手剣をバイクに固定させて、鍵を刺してエンジンを駆動させる。今時は電子ロックが主流だけど、アナログな方が案外取られにくい。


 だから私は上流層から闇市に流れて来たこの安物型落ちバイクを愛用している。それに乗り物は時に使い捨てることも覚悟しないといけないから、妙に高性能な奴を愛車にすると後で深く後悔することになるんだよね。

 空飛ぶバイクに憧れて買ったけど数日で廃車にした時は相当ヘコんだ。まぁでも、ツヴァイヘンダーを収納してる時にバイクを盗まれたことは無い。私の悪名は有名だから。


「ン~ンン、ンン~♪」


 鼻歌交じりに街路を深紅のバイクで疾走する。車の方が買い物時に便利だと思ったことはあるけれど、九龍城砦みたく無計画な増築で道が狭くなったキール区裏路地に住んでるならバイクの方が便利だ。


 バイクで移動できるだけ移動すれば、適当な所にバイクを路駐させる。固定具をバイクに着けて、ここからは徒歩。車両で移動することのできない設計会のテリトリーだ。

 見回せば、そこらかしこに有無機物設計会のシノギである義体施術を受けた奴らが歩いている。お抱えの私兵か、義体施術を行う職人たちのどちらかだろう。でも害意は感じない。むしろ、私を腫れ物扱いするように避けていた。


 そんな彼らのことを、私は彼らと同じように無視する。だって今日は、設計会に喧嘩を吹っ掛ける為に来たわけじゃないし。背中に背負ったツヴァイヘンダーと共に私は依頼人が待つ事務所へ足を踏み入れた。


「ッご、要件は……なんでしょうか?首狩り兎様」

「…………スチューデントから招待を受けた」

「はい、確認がとれました。現在、スチューデント様はご自身の執務室におられますので……こちら通行証です」


 私を見た途端、全身義体の男は声を上澄らせながらも応対する。事務所の顔とも言える受付事務員の男にしては失格と言える対応だが、仕方がない。なんて思いながらカウンターに置かれた通行証を受け取った。

 前来た時に見た顔と違うし前任が死んだのだろう。来たのが私でよかったね。運が悪ければ、礼儀がなってないって判定されるよ?。


「何階に、移動しますか?」

「最上階」


 スチューデントの事務所は何故か分からないが襲撃に合いやすい。その事務所の受付事務員をやっていれば、高確率で襲撃に巻き込まれるわけで……まぁその為に全身義体の奴やサイボーグ化施術を受けた奴を置いているのだろうけど。


 そんな事を考えながらも、エレベーターは依頼人が待つ最上階へ登っていく。到着を知らせるベルが鳴った。彼の執務室は直ぐそこだ。ドアをノックする回数は2回、開ける前に声がけも忘れずに。忘れたら、ドア越しに撃たれてしまうから注意だ。依頼人と会う時は礼儀の一つ一つを欠かさないようにするのが大事。機嫌を損ねたら殺されてしまうから。


「スチューデント。私、バニー。入っていい?」

「嗚呼、入ると良い。偽装ならば、即刻撃つ」


 扉が開けば、豪勢なチェアーに腰かけた白髪の男の姿があった。スラムでは貴重な質の良い香油で手入れしてるのだろうアンティークテーブルには彼の愛銃が二丁。セミオートマチックとリボルバーが一丁ずつだ。


 サイボーグ技術で造られた義眼の左目が私を見る。彼こそが今回の依頼人、禁忌を犯した者を狩る処刑人スチューデント。私がこの仕事をやるきっかけになった人物で、もう5年以上の付き合いとなる優良顧客だ。


「本物のようだな。ようこそバニー。手厚い歓迎を出来なくてすまないね」

「……手厚い歓迎はいい。スチューデントの歓迎は鉛玉だから」

「最近、部下に変装して私の所まで来た根性のある奴が居てね。もちろん他人の顔を使う人間に敬意を払わない輩は処したが?こうしてしばらく警戒を強める必要ができてしまった」


 ああ可哀想に。もちろんスチューデントにはそんな感情を持つことはないが、毎回執務室へ入るのに命を賭けなきゃならない部下が可哀想だ。彼はルールを守らない人間は部下だって容赦なく撃つから。

 

 それはともかく、本題に入るか。柔らかくも無いちょうど良い固さのソファーに座って、私は彼と対面する。スチューデントは部屋のカーテンを下ろした。

 路地裏に日が差し込むことは無いから、明かりは変わらない。でも、音や私達の姿など情報が外に漏れ出ることは無くなる。こういう場所のカーテンは防音とか兼ねてるし。


「事情は分かった。後は何も聞かない。それで…………依頼の件について話したい。私は誰の首を持ってくることになるの?」

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