第14話 審判の神
草原を抜けると――
世界が、変わった。
足元が、雲になった。
いや、雲の上を歩いているのだ。
エピテウスとエイル、そしてノヴァは、雲海の上を進んでいた。
二人を乗せるノクスファールもソルディアスも歩き難そうにしている。
「……すごい」
エピテウスは、呟いた。
眼下には、無限に広がる白い雲。
その向こうに、遥か下に――
人間の世界が、見えた。
「ここまで、来たんだな」
エイルも、遠くを見た。
「ええ」
そして――
前方に、それは現れた。
神殿。
雲海を突き抜ける、巨大な神殿。
柱の一本一本が、山のように高い。
金と白で飾られ、その荘厳さは言葉を失うほどだった。
「……あれが」
「神々の、神殿」
三人は、神殿へと近づいていった。
やがて――
入口に、辿り着いた。
巨大な扉。
それは、自動的に開いた。
まるで、招かれているかのように。
「……行くぞ」
エピテウスは、剣を握りしめた。
三人は、神殿の中へと足を踏み入れた。
内部は――
圧倒的だった。
天井が、見えないほど高い。
無数の柱が、整然と並んでいる。
そして――
天の使いたちが、いた。
白い翼を持つ、人型の存在。
彼らは整然と並び、身動き一つしない。
ただ――
三人が通るたびに、低い声が響いた。
祈りのような。
呪いのような。
重なり合う、声。
「……なんだ、これ」
エピテウスは、周囲を警戒した。
「会堂……」
エイルは、呟いた。
「罪ある者が裁かれる、場所」
三人は、進み続けた。
神殿の最奥へ。
やがて――
それが、見えた。
石の玉座。
そこに――
一人の神が、座していた。
老人の姿。
灰色の髪。
深い皺を刻んだ顔。
だが――
その瞳には、どんな神よりも鋭い光が宿っていた。
手には、王笏。
それは、古びているが――
強大な力を秘めているのが、わかった。
「何用だ?」
老人は、低い声で言った。
「神と人の子か、穢れた血め」
王笏が、ゆっくりと持ち上げられた。
「ここは、神の国だぞ」
その声が、響いた瞬間――
世界が、砕けた。
床が、割れた。
光が、弾けた。
「うわっ!」
エピテウスとエイルの身体は、吹き飛ばされた。
落ちていく。
無限の、光と闇の中へ。
次に目を開けた時――
そこは、違う場所だった。
円形の、闘技場。
周囲には、段々になった観客席。
そこに――
無数の天の使いたちが、並んでいた。
幾千、いや、幾万。
すべてが、無表情のまま二人を見下ろしていた。
「……ここは」
エイルは、立ち上がった。
ノヴァも、傍らにいた。
エピテウスも、剣を構えた。
中央に――
あの老人が、立っていた。
王笏を持ったまま。
「我が名はクルヴァレオン」
老人は、宣言した。
「審判の神」
王笏が、地面を叩いた。
ゴン、という重い音が響く。
「ここは――」
クルヴァレオンの声が、闘技場全体に響き渡った。
「審理の
「我が真の力の領域」
彼の瞳が、鋭く光った。
「これより――」
「審判を、始める」
その瞬間――
空気が、裂けた。
斬撃。
衝撃。
光。
音。
すべてが、重なり合った。
もはや戦いではなかった。
裁きの、儀式の様だった。
「くそっ!」
エピテウスは、剣を振るった。
光の剣が、クルヴァレオンへと向かう。
エイルも、矢を放った。
闇を纏った矢が、神を狙う。
だが――
どちらも、届かなかった。
いや、届いているのに――
傷が、つかない。
クルヴァレオンは、微動だにしなかった。
ただ、そこに立っている。
「……何?」
エイルは、困惑した。
「攻撃が、効いてない……?」
「いや――」
エピテウスは、違和感を感じていた。
「何かが、おかしい」
焦燥。
恐怖。
そして――
違和感。
クルヴァレオンの口角が、僅かに上がった。
「まだ気付かぬのか……」
彼は、王笏を掲げた。
「"審判は、すでに始まっている"のだぞ」
その瞬間――
痛みが、走った。
「ぐぅ……!」
エピテウスの身体に、傷が現れた。
斬られた、ような傷。
「きゃっ!」
エイルも、悲鳴を上げた。
彼女の腕にも、矢で射られたような傷が。
まるで――
見えない刃で、切り刻まれるように。
「な、何が……!」
エピテウスは、自分の身体を見た。
血が、流れている。
だが――
誰も、攻撃していない。
「貴様らの攻撃は――」
クルヴァレオンは、淡々と宣告した。
「神への不敬として、判決を下す」
王笏が、地面を叩く。
「判決――」
「有罪」
瞬間――
さらに傷が増えた。
エピテウスの背に。
エイルの足に。
血が舞い、闘技場の床を赤く染める。
「ぐ……あああ!」
エイルが、呻き声を上げた。
膝をつき、弓を支えに身体を支える。
そして――
気づいた。
「……攻撃した瞬間」
彼女は、震える声で言った。
「傷が……返ってきてる……!」
「まさか……」
エピテウスも、理解した。
「自分の攻撃が、自分に……」
「その通り」
クルヴァレオンは、静かに頷いた。
「全ての攻撃行為は――」
「"審判の対象"として」
「全て、自身に還る」
彼の瞳が、冷たく光った。
「それが、神の法だ」
「人が神に刃を向けるなど――」
王笏が、再び地面を叩く。
「ありえぬことだ」
絶望的な、状況。
攻撃すれば、自身を傷つける。
守れば、何も変わらない。
「……どうする」
エイルは、エピテウスを見た。
「攻撃できない……」
「いや――」
エピテウスは、剣を見た。
考える。
『審判』とは何か。
『行為』に対する、裁き。
ならば――
「……そうか」
エピテウスは、剣を――
地面に、置いた。
「エピテウス……?」
「わかった」
彼は、拳を握った。
「審判は、行為を裁く」
「ならば――」
エピテウスは、クルヴァレオンを見た。
「"意志"は、裁けない」
彼は、叫んだ。
「俺は戦うために神を斬ってるんじゃない!」
拳を、握りしめる。
「自由になるために――」
「神とか人間とかじゃない。俺自身を証明するために――」
エピテウスは、駆け出した。
武器を持たず。
ただ、拳だけで。
「戦ってるんだッ!」
その瞬間――
何かが、変わった。
空気が、揺らいだ。
クルヴァレオンの手に持つ王笏が――
ひび割れた。
「……何……!」
神が、初めて動揺した。
「"法"に……」
彼は、王笏を見た。
「人間風情が……神の法に干渉した……だと……?」
「そうよ」
エイルも、立ち上がった。
弓を、構える。
だが――
今度は、違った。
彼女の瞳には、迷いがなかった。
「私たちを裁けるのは――」
矢を、番える。
「もう神じゃない」
二人は、同時に動いた。
エピテウスの拳。
エイルの矢。
それらが、同時にクルヴァレオンへと向かった。
神は――
王笏を掲げた。
だが――
王笏は、すでにひびだらけだった。
「くっ……!」
拳が、王笏に当たった。
矢が、王笏を貫いた。
そして――
砕けた。
王笏が、光の破片となって散った。
「……ああ」
クルヴァレオンは、その破片を見た。
そして――
膝をついた。
身体が、光に包まれていく。
「神々は……」
彼は、呟いた。
「己の作った法に……」
「縛られている……」
光が、強くなっていく。
「それが……」
クルヴァレオンは、最後に微笑んだ。
「真の……審判か……」
そして――
完全に、消えた。
光となって。
「……勝った……?」
審判の神が消え去ると――
闘技場は、崩れ落ちはじめた。
石が砕け、柱が倒れ、すべてが光の中に溶けていく。
「急げ!」
エピテウスが叫んだ。
三人は、崩壊する闘技場を駆け抜けた。
だが――
その時。
変化が、起きた。
天界を満たしていた光が――
一転して、深い黒に染まった。
「……何?」
エイルは、立ち止まった。
空が、暗くなっていく。
いや、暗いというより――
虚無。
色すらない、黒。
そして――
轟音。
雷鳴が、響いた。
それは、ただの雷ではなかった。
世界の果てまで、響き渡る轟音。
大地が震え、空が裂ける。
ノヴァが空を睨みつけ唸り声を上げている。
「……来る」
エピテウスは、剣を構えた。
「何かが……来る……!」
その時――
雷光が、走った。
闇を切り裂く、眩い光。
その光の中から――
二つの影が、現れた。
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