『清楚で控え目なお嬢様は俺の前では積極的すぎる』

リッキー

第1話 お嬢様、涼宮楓

「...らさん、佐々原ささはらさん。起きてください。」


心地よい春の陽気に負け、授業の最中だというのに眠りに落ちてしまった俺は隣の席の涼宮楓すずみやかえでの声で目を覚ました。


「悪いね、いつも起こしてもらって」


高校2年になってからというものしょっちゅう授業で寝ては、こうして涼宮に起こされているので若干の慣れを感じつつも、申し訳なさから謝罪の言葉を返す。


「起こすのは別にかまいませんが、あまり夜更かしをされてはお体に障りますよ」

「そうだな、気を付ける」


自信のない返事をしながらも、自分なんかに優しさを向けてくれる彼女の気遣いに、改めてその人柄の良さを感じる。

光を受けてきらめく金の髪が肩から背に流れ、そのたびに空色の瞳が柔らかく輝く。姿勢は凛としていながら、ふとした仕草には年相応の可愛らしさが残っている。清楚という言葉がぴたりと合うような少女だ。彼女――涼宮楓はいわゆるお嬢様というやつである。実家は大企業だかそのまとめ役だかで、まあ俗な言い方をすれば超絶金持ちということだ。勉学に優れ、運動もでき、容姿も抜群。おまけに大企業の令嬢ときたもんだから、うちの学校ではそれはもう男子から絶大な人気を誇り、女子からも羨望のまなざしを受けている。


黒板に文字が増えていくのを横目に、涼宮はノートを取りながら、ちらりと俺に視線を寄せ、小さな声で囁いた。


「.....本当に、気をつけてくださいね」


その柔らかな微笑みに、思わず胸が高鳴る。 だが次の瞬間、自分を戒める。――これは決して特別なものじゃなく、誰にでも向ける優しさだ、と。

俺――佐々原誠ささはらまことは、今日もまた彼女に振り回されている。


午前の授業が終わり、俺はいつも昼休みを共にしている友人――新島健にいじまけんと、今日も同じように昼休みを過ごそうとしていた。

茶髪にセンターパートといかにも陽って感じのやつで、誰とでもすぐに打ち解ける。

俺とは真逆のタイプだが、不思議と気が合って一緒にいることが多い。


「午後の古文嫌だわー、飯の後に古文とか寝ろって言ってるようなもんだよな。」


健が他愛もない話題を振ってくる。


「俺は体育の方が嫌だな。」


「えー、ありえねぇ。絶対古文の方がしんどいだろ。ていうかそんなこと言いつつお前しょっちゅう寝てるだろ!」

「まあな、寝てればすぐ終わる。」

「でもお前最近よく涼宮に起こされてるやん。」

「ああ、まあ終わり際な、号令で寝てると怒られるかもしれないからって」

「随分とお優しいことで。」

「....さあな。たまたま隣だから気にかけてくれてるだけだろ」

そんなふうに健と話していると、突如後ろから声を掛けられる。


「佐々原さん、新島さん、少しよろしいですか?」


振り向けば、そこに立っていたのは涼宮だった。


「うん、どうした?」

「私もお二人とお昼をご一緒したさせていただけないでしょうか?」


随分と唐突な提案だった。確かに、最近は隣の席だし、委員会も去年から同じだから話す機会はそれなりに多い。

勘違いでなければ、それなりに仲がいい方だと思う。とはいえ一緒に食事をとるような間柄ではなかった。

それに、健とも特別関わりがあるというわけでもなかったはずだ。まあでも、声をかけてくれたのは素直にうれしいし、お嬢様だろうとクラスメイトであること変わりはない。断る理由なんて、どこにもないだろう。



「俺は大丈夫だよ、健は?」

「俺も別に構わな....」


新島はふいに言葉を止め、涼宮を一瞥する。


「ああ、そういうこと....」


「ん?今なんて――」


思わず聞き返そうとしたが、健は咳払いして言い直した。


「いや、そういえば今日ちょっと用事あったわ。急がなきゃいけないから、二人で食べてくれ」


「用事?」

眉をひそめる俺を、新島は手を振って遮る。


「おう、それじゃ――ごゆっくり」


妙に含みを持たせた言葉を残し、健はそそくさと教室を出ていった。





そして俺は涼宮と二人で昼食をとることとなる。

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