7. 熟る柿、成る友情

 ガロンが、公爵家の塀を乗り越えようと思ったのは必然だ。

 仕方がない、うまそうなオレンジの柿がっているのだ。食わねば柿の木に失礼というものである。


「げっ。何やってるんスか」

 呆れたように口を開けて見上げてくるのは、ミラーノ。

 稽古帰りだろうか、汚れた衣服に、剣を背負っている。


「む。子倅こせがれ、なんでこんなところにおるんじゃ」

「門番たちに、遠回しに助けを求められたから来たんですよ。ふつうに侵入者なら捕えればいいのにと思ってたら、まさかガロンじ……ドラコイル卿だったとは」

 若い当番兵だったのか。ミラーノに助けを求めるのは、適切であるとも不適切であるとも判じがたい。

「ふん。爺さんでえぇわい。それより、お前さんも登れ。ええな、これをやるから、共犯になるんだぞ?」

 先に荷物を投げ入れたミラーノは、剣のみ背負って、身軽に塀を乗り越えた。熟した柿を受け取り、木の根元に腰かけて、一緒に食べる。

「口止め料としては、安すぎない?」

 彼が右手を差し出す。

「おぉ、意外とちゃっかりしておるな」

 ガロンは、もうひとつ柿を渡した。


 高い空の下、梢の揺れる音にまじって、羽音が聞こえる。

 ガロンが指摘すると、ミラーノが「あ、忘れてた」と腰に下げた虫かごを持ち上げた。

「よかった、元気そうだ」

 入っているのは、オニヤンマだ。

「捕まえてきたのか?」

「まぁね。うちのお嬢さまが、赤とんぼをオニヤンマに進化させたいって、聞かないもんだから」

 しかしその次は、オニヤンマをキングオニヤンマに進化させたいと言い出すんだろうな、と苦笑いする。


「おい。お前さん、ガールフレンドは何人おるんじゃ?」

「複数いる前提で話を進めないでください」

 という雰囲気から察するに、いないようである。


 ガロンは、手にした杖でミラーノの頭を殴った。

「バカたれ! 騎士とは、愛を守る男のことじゃ。ガールフレンドもひとりもおらんやつは、騎士とは認めんぞ!」

「なんだよ、その偏見。今は、女性の騎士もいるよ」

 そんなことは百も承知。ガロンが問題にしているのは、性差ではない。

「よく聞け。騎士は、愛を守る。そして、人間は愛を育む生き物じゃ。お前さんには家族がおるじゃろう。兄弟のような子どもたちもおるじゃろう。これから、仲間ができて、世界が広がっていくじゃろう。ええか、大事な人に割ける時間は、大人になると減っていくのが常じゃ。限られた時間、お前さんの本当にやりたいことだけをやるがいい」

 若い連中は訓練ばかり、酒を飲んで仲間と騒ぎ、夜には女性と深い愛を育むという、基本中の基本を知らん――ガロンがぶつくさ文句を垂れ流すのを、ミラーノは右から左へ聞き流し、だが最後に言った。


「だれが、やりたくないって言った?

 俺は、ちゃんと自分の道を選んでここにいる。年寄りのお節介はいらないよ」

 青空を背に立つ少年の言葉には、確かな自意識と誇りがあった。


 賄賂をもらったから話の内容は黙っておくよ、そう言い残してミラーノは立ち去った。


 その背を見送ったガロンは、はははは!と大声で笑った。塀の向こう側で兵士らが右往左往しているのを感じるが、素晴らしい爽快感が胸を満たし、声を上げずにはいられないのだ。

「ふん。子どもを『無力なもの』と侮るのは、大人の傲慢かもしれんな」


 その夜。

 ガロンは公爵夫妻と面談し、アルナールの指導役を引き受けた。

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