騎士道は、三つの命の中に

路地猫みのる

1. 偏屈じいさん「老騎士ガロン」

 ガロン・ドラコイル。

 ウラヴォルペ騎士団の中年以上の騎士に訊けば、十中八九「あの偏屈じいさん」と答えるであろう、元副騎士団長を務めた老人である。

 王国の武の象徴、その騎士団の副団長ともなれば相応の敬意を払われて当然の人物であるが、騎士らが一様に苦笑いするのは、その強烈な個性に振り回された記憶が蘇るからだ。

 先代、当代ともに剣の達人として遇した折り紙付きの実力者であるが、

「おい、そこの小僧。つまみが足りん、熊を狩ってこい……なに、できないだと? 熊ごときに負ける騎士があってたまるか!」

「剣は斬るもの? バカたれい! 殴ってよし、突いてよし、体の一部になったかのように振るい、敵をぶちのめすのじゃ!」

「居残り訓練じゃと? 訓練なんぞに現を抜かすとは、嘆かわしい。よいか、真に大切なのは、何人の女と愛を育んだかということじゃ」

一部の教えをとってもこのようなもので、いわば「理想の騎士像」からは程遠い人物であった。

 しかし、彼なりに引き際というものを悟っていたようだ。

 当代の騎士団長、ゴウシュ・フォン・ウラヴォルペの就任後、ひとりの騎士に副騎士団長の座を譲って引退した。

 その後は傭兵として各地を転々とし、行く先々でトラブルを起こす、そんな余生を送っていた。


 そのガロンが再びウラヴォルペ公爵領の首都に舞い戻ったのは、公爵の娘が、武人として頭角を現し始めたと聞いたからだ。

 ゴウシュからも「頼む」というごくごく短い手紙が届き(二通目に、補佐官から事情の説明書きが添えられていた)、その娘がどんなものか見てみようと、ふらりと現れた。

 ほとんど浮浪者に近い風体であったので、公爵家の若い門番は、厳しく誰何した。

 さてどうからかってやろうかと思っていると、見張り台の上からすっ飛んで来たらしい中年の兵士が、見事な勢いで頭を下げた。

「これはドラコイル卿、よくぞお戻りになりました。さぁ、奥へどうぞ。酒とつまみは、追って用意させますゆえ」

「ふん、歓待する気持ちを、無下にしてはいかんの」

 ガロンは、悠々とウラヴォルペの正門を通った。


 非常によい教育をしている、と思った。

 門番というのは、下っ端のように見えて、教養が必要とされる部署である。今日のように、尋ねてきた客人を一番に出迎えるのが門番なのだ。主だった貴族の顔を覚え礼を尽くし、出入りの業者に不審な点がないか目を光らせるなど、職務内容は幅広い。

 そして、先ほどの中年兵士には、右手の指が二本欠けていた。

 身のこなしから考えて、傷痍しょうい騎士であろう。それを、邸宅を守る兵士として再雇用したのだ。長年の鍛錬を無駄にしない、よい人員配置である。

 決して、酒とつまみに釣られたからの感想ではない。


(その娘、期待してよいかもしれんな)

 そして、公爵邸のだだっ広い渡り廊下が、運命の出会いの舞台となる。

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