【清掃日誌30】 マシュマロ

ここ最近、朝から晩までカフェのハンモックで寝そべっている。

夜もハンモックで寝るので、この数日で平衡感覚が失われてきた。


まあ、それはいいんだ。

問題はカネ。

しばらく実家に帰ってないので手持ちが尽き掛けている。


財布を引っ繰り返すも…

アレ?

あっ、そうか

金貨は昨日の昼飯で使い果たしたか…


ポケットに銀貨が5枚…

あっ、違う。

2枚は銅貨だ。


やばいなあ。

所持金3200ウェンか…


これ、ひょっとして社会人としてアウトなんじゃないだろうか?



「ひょっとしないでゴザルよおお!!!」



『うおっ!

いきなりデカい声を出すなって

あ、落ち…

おっとっと。』



「ポール殿!

板挟みになっている拙者の身にもなって欲しいでゴザル!」



『あ、はい。

それはもう誠にごめんなさい。』



「今、関係各所を回っておりますが…

上流社会への門戸は実質上閉ざされたと考えるのが妥当かも知れないでゴザル。

何より評議員出馬の際に推薦が得られなくなる可能性が出て参りました。」



『え、いや。

評議員?

え、何で? 出馬?』



「…幸い。

一部の財界人の間でポール殿に一定の評価を求める動きがあります。

また社交界ではディーン伯爵とヴァリントン侯爵が擁護の論陣を張って下さってますが…

両名共に王国人ですからな。

あまりに王国色が付いてしまうと、今後の動きが制限される可能性があるでゴザル。」



『あ、はい。』



事情は分からんのだが…

ジミーが俺の為に血眼になって奔走してくれている事は皆から聞かされている。

ドナルド・キーンも地方州出張から帰還次第その動きに合流するそうだ。


あのね?

何かもう、誠にごめんなさい。


でも、たかが下水管掃除で大袈裟だよね

っていうのが本音。

俺も知ってるよ?

下水管やら厩舎やらを掃除する奴は貴族仲間に入れて貰えないんだろ?


でもねでもね?

最初から言ってるじゃん。

オマエラなんか いらねーよ、ってさ。


っていうかさぁ。

ジミー君、マジで俺を評議員にするつもりだったの?

そりゃあガキの頃はリップサービスと思って聞き流してたけどさ。

今のオマエの年齢と社会的地位でそれを言われると洒落にならないんだって。



「兎に角!

しばらくはおとなしくしていること!

わかったでゴザルな!?」



『あ、はい。』



コイツ、怒るとマジで怖いんだよ。

最近ますます貫禄出て来たしなぁ…




==========================




「おう、派手に怒られてたじゃねーかw」



『あ、ドランさん。

チーッス。』



「下水の件。

オマエが動いてくれたんだって?」



『あ、まあ

軽く手伝っただけですけど。』



「ありがとな。

あの辺に住んでる従業員とか取引先とか多いんだよ。

今回、マジでヤバかったからさ。

助かったよ。」



『いえいえ。

掃除屋ですから。』



「掃除屋も何も。

代金取って無いんだろ?」



『まあ、俺の一存でやった事ですしね

会社としても請求書の出しようがないんじゃないでしょうか。』



「ふっw

それでカネが無いのか?」



『はははw

お恥ずかしながら残金3200ウェンです。

どっかで日雇い仕事ないッスかね?

腹が減ってきました。』



「おら、売りモンだけどやるよ。

喰え。」



『おっ、ホーンラビットのスパイス漬けじゃないッスか。

今、食べていいッスか?

昨日の昼から何も食べてなくて。』



「好きにしろ。」



丁度、おなかすいてたんだよね。

ハンモックに寝転がったまま

貰い物の肉を貪る…

俺、贅沢ってこういう事を言うんだと思うんだ。



『ドランさーん。』



「んーー?」



『何か割のいいバイト無いッスか?

今、ホントにカネが無くて。

どこにも遊びに行けないんです。』



「あーーー。

オマエはその辺がアホだなぁ。」



『え!?』



「そのセリフはアレンジして女にぶつけろ。

カネが無い時って女を口説く最大のチャンスなんだぜ?」



『えーーー!?

うっそーー!?

いやいや、女子というものは男の財力を気にするって聞きましたよ?

カネが無い今なんて、一番駄目な時期じゃないですか!?』



「あーー、スマン。

オマエやジミーには模型やらシーシャやらじゃなくて。

そういう大切な物事を早めに教えてやるべきだったなあ。」



『あ、いえ。』



「じゃあ、実演だ。

ロットガールズ行くぞ!」



『え?』



「女、欲しくねえのか?」



『ほ、欲しいです!』



「よしっ!  下水の褒美は俺がくれてやる!

来い!」



『はいっしゅ!!』




==========================




カフェ・ロットガールズは女オタクの溜まり場である。

出戻りやら行き遅れやらが、朝から晩までモンスターのイラストを描いて暇潰しをしている光景は一種凄惨で、当然親御さんは泣いているらしい。



「表の張り紙見なかった?

アンタら出禁なんだけど。」



ジト目でそう言ったのはロッドガールズのリーダーであるクレア・モロー嬢。

高過ぎる学歴と意識が災いして行き遅れたという薄幸の美女である。



「おう、カネが無くて腹減ってるんだ。

何か食わせろよ。」



ドランは陽気な声でそう言いながら勝手に席に着く。

ハンモック暮らしで筋力が落ちてる俺も空いてる席にお邪魔した。



「ハア?

男の癖に情けないわね。

甲斐性の無い人ってサイテー。」



「わははは!

男には色々あるんだよ

女には一生理解出来ない大仕事って奴がさ。

なあ、ポールソン!」



『おなかすいたー。』



クレア嬢は溜息を軽く吐いて、筆を置いた。



「ここカフェだから大したものは作れないよ?

あー、スクランブルエッグに…

いやホウレンソウもあるわね。

簡単な炒め物でいい?

それとパンスープくらいしか出来ないわよ?」



「ああ、恩に着るー!!

どうだポールソン。

クレアはいい女だろ?

俺が惚れる気持ちも理解してくれるよな?

ああ、横取り禁止な?

業界の先輩を立てろよ?」



「…バカ。」



奥でクレア嬢が何事かを呟いたが、そこまでは聞き取れない。

ドランは偉そうにふんぞり返ったまま大声で話している。

傍若無人な態度だが、女子達は嫌がってるように見えない。

それどころか、俺達にクッキーを分けてくれた。



「おい、ポールソン。

オマエ、残金幾らだっけ?」



『3200ウェン。』



打ち合わせ通り、堂々と答える。

てっきり軽蔑されると思ったのだが、女子達が興味を持ってくれたのか筆を置いて俺のテーブルに集まってくれた。



「えー、なになにw ポールさんいよいよ勘当ですかぁw」

「いつまでもそんな事してるから彼女出来ないんだよぉw」

「3200ウェンとかヤバすぎーーww」

「ポール君のお母さん泣いてたよーーww」

「5000ウェンくらいだったらあげるよーw?」

「ウチのパパがここに居たら、激怒しそうww」



何でそんなに嬉しそうなんだ?



「コイツさー。

ホント、バカな奴でさー。

自腹で地方州まで行って

ダンジョン潜ったんだぜ!?」



女子達が一斉に目を輝かせて口々にダンジョン話を聞きたがる。



「おいおい!

オフレコ! オフレコだぞ!

そこは弁えろよ!」



弁えろよ、等と言った口でドランは俺にダンジョンの冒険譚を話させるように誘導して来る。

相変わらず凄い話術だな。

まるで俺が英雄か何かになったような場の回し方だ。



「なんか面白いモンスターは見つけた?」



ホウレンソウ炒めを運んでくれたクレア嬢に尋ねられる。

火加減が絶妙で香ばしい。

イラストのみならず料理まで得意なんだよな…

こんないい子が院進したくらいで行き遅れるんだから、世の中って難しいよなあ。



『色々見掛けたけど

遭遇率が高かったのは、大モグラ…

ああ、一番はフレイムリザードかな。

模型で作った事はあるけど、実物はまさしく化け物だったよ。

だって本当に火を吹くんだぜ?』



「キャー」という悲鳴混じりの歓声があがる。

女って意外にこういう話好きだよな。



『あ、スタンドキャタピラーにも遭遇した。』



俺がそう言うとクレア嬢が目を丸くする。



「よく無事だったわね。

毎年何人も被害者が出てるのに。」



『うん、噂通り好戦的なモンスターだった。

前にロットガールズでキャタピラー系の話題で盛り上がったじゃない?

あの時、特徴を教えて貰ってて助かったよ。

腹が空洞なんて初見殺しだよなww

えっと、確かソーニャちゃんが教えてくれたんだよね。

ありがとう。

助かったよ。』



「///。」



ソーニャ嬢というのは帝国からの亡命貴族だ。

本国においては、エルデフリダとは対立派閥(そんな生易しいものではないが)に属する子なので、極力距離を取っている。

帝国の中でアチェコフだリコヴァだと殺し合いをするのは勝手だけと、文明国家である自由都市にまで持ち込ませる訳にはいかないからな。



「あの子、落ち込んでるから。

それとなく構ってあげて。」



『?』



「前の帝国の樹海越え侵攻。

彼らは前線部隊の暴走なんて発表してるけど…」



『どう考えても国ぐるみだよな。

命令もなしに樹海渡る軍隊とか、もし存在したら精神科医に迎撃させる案件だよ。』



「それがトハチェフスキー公爵の差し金なのよ。

ソーニャのお父様から見れば大叔父ね。


わかるでしょ?

あの子の置かれた立場。」



公爵ミハイル・トハチェフスキー。

高地ウラジオ121万石を領する帝国屈指の大諸侯。

三帝会戦では先鋒を務め、陣頭で血槍を振るって奮戦した猛将である。

現在継続中の対王国戦争でも難攻不落で知られたモーガン要塞を陥落させ更に武名を上げた。

そして恐るべきことに対自由都市の最強硬派として知られる。



『…そっか。』



「公爵は本気よ。

今年になってから2度も対自由都市戦争法案を上奏してる。

公爵に賛同する勢力は僅かではあるけど徐々に増えてるから。」



『嫌な風向きだね。』



幾ら帝国では反自由都市派が主流とは言え。

開戦まで望んでいる者は少ない筈なのだが…

ただ、彼らの常識は俺達とかけ離れ過ぎている。

帝国は、王国と全面戦争を遂行しているにも関わらず、首長国に侵攻した。

山岳民族の蜂起も収まらないし、砂漠を挟んだ東方民族とも年中戦闘を繰り返している。

その好戦性と無計画性を鑑みれば、ノリで我が国に侵攻しても何ら不思議はないのである。



「これはオフレコだけど。

公爵は我が国に侵攻停止の見返りとしてレジエフ家の引き渡しを要求しているわ。

ソーニャのお父様が出国の際、かなりの国費を持ち出しているから…

まあ、公爵が家督を相続する時にレジエフ家とは色々あったからみたいなんだけどね。」



『…我が国は何と?』



「表向きは拒否してるんだけど。

政治局や評議会の一部がね…

帝国がこちらに本気で矛先を向けたら…」



『今度こそ長城は持たないだろうな。』



「ソーニャの邸宅にも治安局の監視が付いたみたいなの…

それで彼女のお母様も参ってしまっていて。

かなりやつれてた。」



『酷い話だな。』



「ねえ。

アナタ、社交界には戻れないんでしょ?

聞いたわよ、下水管の話。」



『戻るも何も、最初から興味が無いよ。』



「あの子を娶ってやってくれない?」



『な、何でいきなり!?』



「自由都市籍の配偶者が居れば、レジエフ家が強制送還される確率は激減する。」



『そりゃあ、男の俺にとってはありがたいけどさ。

あんな美人で若い子なんて、街でもそうそう見掛けないからな。』



「ちなみに私は?」



『悪いけど、一番いい女は先輩に譲らなきゃなんだよ。』



「あはははw

お世辞でも嬉しいわ。

ソーニャの件。

本気で考えておいて。

時間はあまりないかも知れない。」



『うん、いいよ。

ただ俺なんかが相手だと可哀想だから

結婚は最終手段な。』



「ソーニャは貴方のこと、かなり気に入ってるわよ?」



『まさか。

俺、あの子と接点ないし。』



「アチェコフ流を刺激しない為の配慮でしょ?

貴方、キーン社長の奥様とも懇意なみたいだから。

色々そういう話もしてるんでしょ?」



『しないよ。

エルデフリダと政治の話をしたのは、法学のレポートを代筆してやった時だけ。

アイツにそこまでの知能はないと思うけどなあ。』



「女は怖いよー。

腹の底じゃ色々企んでるし、実は政治も把握してるんだから。

そうやって馬鹿扱いしてると、貴方もキーン社長もいつかしっぺ返しを喰らうから。」



『そりゃあ、キミの様な才女ならドナルドや俺も計算には入れるけど。』



エルデフリダが政治ねえ…

そもそもアイツ、地図の上下も読めないんだぜ?

アチェコフ流の本領がどこにあるかもわかってないんじゃないか?



「兎に角。

ソーニャは四面楚歌なの。

守ってあげて。」



『ああ、いいよ。』



「いいの?

信じるわよ?

帝国を何とかしない限り、あの子の一家は確実に破滅するんだからね!」



『だから、いいって。

帝国を何とかするわ。』



さて今からキーン不動産に顔を出して、あの男の片棒を担いでくるか。



「じゃなくて!!!」



『ん?』



「どうしてアナタは斜め上なの!?」



『え? え? え?』



「女の文脈では、娶れってことなのよ!!」



『…男の文脈なら、帝国打倒なんだけどな。』



「本当に時間がないから…

デートしてあげて。」



『?

時間が無いなら、国内の親帝国世論を潰す方が早くないか?』



「そーゆーのは女子的にロマンがないの!!」



…やれやれ、わからん。

まあ政治的な時間が残っていないという見立てには賛同するが。



「デートコースは私が考えてあげるから。

あの子を連れて行ってあげて。」



『大先輩が居なければ、キミを誘いたいんだけどな?』



「はいアウトーーーー!!!

女子的にはサイテーの言動したからね、今!」



やばい。

ドランが年甲斐もなく惚れる気持ち分かるわ。

クレア・モローって最高の女じゃないか。



==========================



『ドランさん。

今からデートさせられる事になりました。』



「ほらな。

言ったろ?

男はカネ無い位が丁度いいんだよ。」



ドラン・ドライン翁の持論なのだが、カネの無さを前面に出す事で逆に生存力がアピール出来るらしい。

生存力の低いオスは貯蓄傾向が強い為、その逆の振舞をする事で女にバイタリティを感じさせる戦略だそうだ。

後、カネや地位目当ての女を振り落として、純粋に自分の魅力・能力を評価している女を絞れるそうだ。

その持論があながち的外れでもない証拠に、クレア嬢との仲が結構進展してるみたいだしな。

いやー先輩マジリスペクトッス。

伊達に還暦過ぎてないッスねー。



『でも思ってたのと違います。

例によって政治が絡んで来たというか…』



「ブツブツ言うな!

年中、小難しい事を言っとるオマエが悪い!

人生ノリだよ、ノリ!

男ならパコーンとハメて来い!」



『あ、はい。』



やれやれ。

なーんで、オッサン連中ってあんなに下世話なんだろうね。



==========================



『じゃあ、ソーニャちゃん。

気分転換にどっか行こうぜ。

まあ、カネがないんだけどなww』



冗談と取ったのかソーニャ嬢は上品にクスクス笑った。

…いや、冗談じゃないんだけどな。

クレア女史からは最低5時間のデートを義務付けられてるが

きょうび3200ウェンで何をすればいいんだ?

相手が職業婦人なら「今日は奢ってよ。」くらいは言えるんだが。

ソーニャ嬢ってどう見ても10代だよな…

流石にオッサンの俺がタカるのはルール違反だよな。



『ソーニャちゃんは何か見たいものあるかい?

ソドムタウンに来てから、まだ数か月だろう?』



「…ソーニャでいいよ。」



『あ、はい。

そ、ソーニャ。』



やばい、照れる。

俺、女慣れしてないんだって。



「ポールのいつも行ってる所を見てみたい。」



『お、俺の!?』



…参ったな。

俺、女の子が喜びそうな場所なんて知らないぞ。

いや、でもまあ。

数少ない引き出しを振り絞るしかないだろう。



==========================



「あらぁ、ポールちゃん。

柄にもなく女の子なんて連れてwww

色気付いて来たの?」



行きつけの駄菓子屋。

ゴメン、他に思いつかなかった。



『やあオバチャン。

久しぶり。

この子はソーニャ。

仲良くしてあげて。』



「この子がマーサさん以外を連れて来るのは珍しいねぇw」



「マーサ…  さん… ですか?」



ソーニャ嬢のトーンが一瞬下がる。



『ポールちゃんの乳母さんだよ。

この子は昔から泣き虫でねえwww

小さい頃はずーっとマーサさんの背中に隠れてたんだよww』



オバチャン、やめて。

女子の前でカッコ悪い俺を暴かないで。

ソーニャ嬢も嬉しそうに掘り下げないで。



==========================



『それでねえww

ポールちゃんだけが木登りが出来なくてww

皆から笑いものにされてww

マーサさんが秘密特訓してくれてww

ようやく皆の半分くらいは登れるようになったんだよww』



…勘弁してくれ。

え?

何コレ?

なあ前世の俺。

オマエ、何をやらかしたんだ?


信じ難いことだがデートノルマの5時間。

オバチャンのポール君トラウマ劇場で消化してしまった。

何故か目を輝かせて俺を見つめているソーニャ嬢。

サムズアップでウインクしてくるオバチャン。

心が完全に折れてしまった俺。


流石に5時間で1ウェンも使わないのは申し訳ないので、近所の子供に2000ウェン分の駄菓子を振舞ってやった。

ソーニャ嬢にこういう下品な菓子を喰わせていいのか分からなかったが、ドロドロマシュマロビスケを喰わせてやる。



『…これ絶対に身体に悪いよな。 

俺は好きだけどさ。』



「うふふ。

美味しい♪

ねえ、ポールはどの駄菓子が一番好きなの?」



『あ、いや。

俺は駄菓子評論家だから。

迂闊にどれが一番とか言えないんだよ。

俺の一言でメーカーさんの売上が左右されちゃうからな。』



ソーニャ嬢が目を丸くする。



「ああ、その話は本当だよ。

ポール君は駄菓子ソムリエとして有名だから。

ちなみにペンネームは《子供部屋おじさん》だからw」



『ちょ!

オバチャン!

ペンネームの話はしない約束だろ!!』



ソーニャ嬢がケラケラ笑う。


なーんだ、年齢相応の顔が出来るじゃないか。

少し安心した。

そうだよな。

この子はまだ子供なんだ。

それをいきなり知らない街にやって来て…

戦争だの強制送還だの…

酷いよな。

俺ももっと気を遣ってやるべきだったな。



==========================



駄菓子屋の縁側はもう暗くなっている。

閉店時間なんてとっくに過ぎて…

ソーニャ嬢はうたたねを始めた。

仕方ないさ。

ここ最近は特に精神的に疲弊していたみたいだからな。



『オバチャン。

こんな時間までゴメンね。』



「昔みたいに駄々をこねてくれてもいいんだよ。

ポールちゃんは帰る時間になるとビービー泣いてたでしょ。」



『今もしょっちゅう泣いてるよ。

泣く場面が変わっただけさ。』



「…危ない橋は渡らないようにね。」



ソーニャ嬢の帝国貴族丸出しの風貌と喋り方。

そりゃあ、見る人が見れば状況のヤバさは理解出来るよな。

しかもこの子、リコヴァの襟紋を堂々と晒してるからな。

(帝国典範上は完全に正しいドレスコードである。)

そんな馬鹿は、30年前に連れて来た子とキミの2人だけだ。



『ゴメン、オバチャン。

俺、これからも危ない橋を渡ると思う。』



「そっか。」



『オバチャンも知ってると思うけどさ。

俺、臆病で弱虫で…

でも、そんな俺だからこそ

護ってやりたい連中が居るんだ。』



「ポールちゃんは、根っこの部分が変わらないね。」



『ゴメン。

今度、もっとカネを持ってる時に来るよ。

それで街中の子供に駄菓子を振舞ってやる。』



「ははは

…本当に変らないね。

これからどうするんだい?」



『この子を家まで送らなきゃ。

親御さんに怒られてくるよ。』



「ふふふ、懐かしいねえ。

30年くらい前も全く同じことを言っていたんだよ?」



『…かもね。』



エルデフリダ。

やっぱり君の見込み違いだ

残念ながら俺は全く進歩がない男だよ。



「ポールちゃん。

販売促進グッズをやろう。

今、丁度キャンペーン中でね。」



オバチャンは30年前と全く同じセリフで、馬車チケットを手渡してくる。



『…貴方にはこれまで何度。』



「さあ、帰りな。

閉店だよ。」



改めて痛感する。

…俺は。

無力な男だから。

ただ周囲に生かされているのだ。

感謝。

感謝をしなければならない。

そしてその感謝をこれからは還元していく番なのだ。



==========================



「う、う~ん。  馬車?」



『やあ、目が覚めたかい?

もうすぐ、御屋敷に到着するからね。』



「え?  …やだ。  もっとポールと居たい。」



『駄目だよ。

御両親が心配する。

俺もソーニャと一緒に居たいけどね。』



「…嘘。」



『嘘じゃないさ。

娘の帰りが遅れて心配しない親なんて居ない。』



「ワタクシと一緒に居たいって言ったのが嘘。」



『…嘘じゃないさ。

男はみんな、ソーニャみたいに可愛い女の子とずっと一緒に居たいって思ってる。』



「ポールはみんなと違う。

1人で反対を向いてる人。


だから嘘つき。」



『俺は真っすぐだよ。

世界が勝手にあっちを向いてるんだ。』



少しだけソーニャが微笑む。

思っていた以上に賢い子だ。

愚かなオッサンとしては眩しい限り。



『あ。

ソーニャ、動かないで。』



「?」



『目を瞑って。』



「///はい。」



『今から魔法を使うけど…

安心してね。

大丈夫、怖くないから。』



「// (コクン)」



俺とした事が迂闊だった。

ソーニャの袖口にマシュマロが付いたままである。



『セット!』



ふう。

会心の【清掃(クリーンアップ)】が決まった。

どう?

みんな?

我ながら良い魔法使いを演じてしまったと思わない?



「駄目、0点。

駄目駄目魔法使い。」



最高のスキル発動だと思ったのだが。

触媒をケチり過ぎたかな?



==========================



ソーニャ嬢の御父上であるレジエフ侯爵は38歳。

恐るべきことに俺より年下だった。

何か色々政治の話をされるが…

【年齢相応】という単語が脳内をグルグル回っており、話が全く入って来ない。



「…ポールソン専務はアチェコフ流支持だとホースト局次長からも伺っていたのですが。

中立のスタンスを取って頂けるということでしょうか?」



『あ、いえ。』



レジエフ侯爵は、コイツ俺より年下の癖に

さっきまで評議会で参考人答弁をしていたらしい。

しかも明日は産団連の国際情勢セミナーで特別講師として登壇するそうだ。


え?

お、俺さっきまで駄菓子屋でドロドロマシュマロビスケを貪ってたんだけど。

あ、ヤバ。

口の周りにマシュマロ付いてたらどうしよう。

仕方ないだろ!

カネが無くて自分にスキル使えななかったんだよ!



「先週の討論会でブルームス課長と話し合ったのですが…

どうもニクソン評議員が撤退論に傾きつつあるそうなんです。

ギャロ会長やサミュエルソン前議長も注意はして下さっているのですが…

次の予算編成までにもう一波乱あるやも知れません…」



あ、ヤバい

ヤメロ、政治家の名前をバンバン出すな。

マジでヤバい。

これメンタル…  ヤバい。

ちょ、オマエ、オマエ。

俺の方が年上なんだぞ!

勝手に社会人するな!

俺が1歳の頃にオマエなんか生まれても居なかったんだぞ

年下の癖に生意気なんだよ!

俺以外が大人過ぎて辛い!



「専務。

非公式とのことですが。

北部地方州での活躍は耳にしております。

大変申し上げにくい事なのですが…

専務やキーン社長は割拠派に近い国防スタンスをお持ちなのでしょうか?

その点をハンズマン中将が非常に気にされておられまして。

はっ! もしかするとコッズ中将の朝食会に!?


いや!

今のは忘れて下さい!

失言でした!

今のは私の失言です!


…ただ。

ただですね。

詮索するつもりはないのですが…」



俺さぁ。

最近気づいたんだけどさ。

いや、前から薄々思ってたんだけどさ。

…ひょっとして俺の歳で駄菓子屋に行くのって恥ずかしい事なのか?



『…あ、あのぉ。』



「はい?

ああ、失礼しました。

幾らこの情勢とは言え、一方的に捲し立ててしまい。


特上のワインを用意しております。

まずは、お近づきの印に一杯。


ここだけの話ですが…

専務とお近づきになれるタイミングを伺っておりました。

いやあ、よもやよもや娘を気に入って下るなんて!

まさしく僥倖です。」



『あ、いえ。

その…

娘さんを送り届けに来た…  と言うか。

これから帰ると言うか…』



「おお!

娘が何か粗相をしましたか!?」



『ああ、いえいえ。

素敵な娘さんだと思います。』



「おお、気に入って下さったようで何よりです!

では一杯だけ! 一杯だけ御馳走させて下さい。

娘に酌をさせましょう。

ソーニャ!

早く膳を用意して来なさい!

…いやあ専務。

申し訳ありません。

アレは昔から愚鈍で。

全く誰に似たのだか…」



『…じゃあ、きっと俺に似たんですよ。』



「は?」



==========================



ギークカフェ。

禿頭の老人が気の抜けたエールをチビチビと啜っている。



「いよう、モテモテ男。

デートは楽しめたか?」



『あ、いや。

あの子は喜んでくれてたみたいなんですけど。』



「良かったじゃねえか。」



『最後にあの子のお父様と…』



「ん?

ブン殴られた?」



『いや、向こうはこっちを知ってたみたいで。

割と好意的なスタンスではあったんですけど。』



「ふむ。」



『アイツ、歳下の癖に所帯持ってやがるんですよ。』



「理不尽な怒り方する奴ーーーーwwwww」



『いや、笑い事じゃないですよ。

俺が無精髭なのに、アイツ年下の癖にカイゼル髭なんか生やしてやがるんです!』



「だははははwww

でたー、弱者中年の見苦しい嫉妬wwww」



『笑い事じゃないですよ!

歳のことが気になって、頭痛してきましたもん!』



「…あのなあ。

オマエの親父さんはその100倍くらいの頭痛と40年戦ってるんだ。

いいお灸になったじゃねーか。」



『…そうッスね。』



「なあポールソン。

少しは親孝行しろよな。

俺はしねーけどぉwww」



ったく、このオッサン。

最高だな。

俺、ギークカフェのメンバーで本当に良かった。



「へえ?

侯爵秘蔵のワインか。

飲んで来れば良かったのに。

きっとビンテージ物だぜ?」



『ドランさん。』



「アン?」



『そのエール、俺にも飲ませて下さいよ。』



「はっw

相変わらず馬鹿なガキだぜww」



『ざーんねん、レベルアップして馬鹿なオッサンになりましたからーーwww』



「むしろ下がっとるーーーwwwww」



居場所があるって最高だよな。

皆は現実逃避って笑うけどさ。

俺達にとっては大切な場所なんだよ。


ソーニャ。

ようこそ自由の街へ。


この許しを堕落と蔑む者も居るけれど。

どちらが真実なのかは君自身が判断して欲しい。


手に負えない物事からは俺が護るよ。

これまで俺が周囲から護られてきたようにね。

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