【清掃日誌13】 渡り鳥

「ポール坊ちゃん、ごはんですよー。

今日は坊ちゃんの好物の合鴨のオムレツですよー。」



階下から乳母のマーサの声が聞こえる。



『はーい。 (ドタドタドタ)』



食卓には、父・母・妹が揃っている。



「ポール、最近はどうだ?」



『特に何もないよ父さん。』



「ポール、ワタクシのお友達がね?

あの女をここら辺で見かけたと言っているの!?

まさか逢ったりしてないわよね?


もうアレは嫁でもなんでもないのよ。」



『逢ってないよ母さん。』



嘘は言っていない。

本当に顔は合わせていないのだから。



「…。」



『ポーラ。

ちゃんと食べておけ。』



「…ええ。」



『ロベール君は優秀な男だ。

今はただ、信じてやれ。』



「…はい。」



食卓には空いた椅子が1つ。

戦場に行った義弟のロベール君だ。


事実、極めて優秀な男である。

何せ士官学校を次席で卒業して同期の中では最初に佐官に昇進したのだから。

そんな逸材をこの逼迫した情勢で軍部が遊ばせておく筈もなく、ロベール君は駆り出されてしまった。

卓絶した能力はその持ち主を逃がさないのである。



「予備役として招集されました。

軍隊時代の経験を活かして輜重基地にアドバイザーとして駐屯します。」



と食卓では言っていたが、彼が無言で俺だけに見せた辞令には《部隊長として原隊復帰を命ず。》と記載されていた。

義弟の所属は、最前線での活動を義務付けられている特殊機動歩兵部隊。

既に今頃は戦闘区域で活動を開始している事だろう。

部外者の俺に辞令を見せる行為自体が、明確な遺言だ。


「自分が戦死した場合、妻ポーラの再嫁先を探して欲しい」


と。


義弟には悪いが、愚直に生還を信じる。

再婚に関しては父さんがこっそり動いているみたいだしね。


俺は今までよりも熱心にジュースを配り、急ぎの現場に関しては程よく汗を流す事にした。

スキルは肩の傷が治るまでは封印する事に決めてある。


変化と言えば、その程度のことだ。

他の家庭に比べたら、ウチなんてマシな方さ。




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食レポ強化月間でもあるので、今週は俺もジミーもカフェでゴロゴロしているつもりだった。

ただ、偶然にも互いの実家が同じ物件の業務を請け負ってしまったので、面識のある跡取り息子同士が現場に顔を出さざるを得ない雰囲気になり、顔合わせの後はなし崩し的に手伝う羽目になった。



工業区の廃工場。

ジミーの実家であるブラウン商会が今週中に床と天井を補修しなければならない。

(同社は建材メーカーだが、特殊な施工に関してのみは直接請け負っている。)

そして補修作業に着手する為には俺の実家のポールソン清掃が残置物を全撤去しなければならない。

そういう構図である。



「ポールソン専務、西館の作業の進捗状況を教えて下さい。」



『はい。

2時間後に全ての作業が完了する予定です。』



「大型の廃材が多いと伺っておりますが?」



『セドリック運送さんが引取に来て下さっております。

彼らの作業が完了次第、弊社の車両を全車東館に移動させます。』



「ご説明ありがとうございます。

既に伺っていると思いますが、モリソン土木さんが清掃用具の片づけ忘れについて指摘して来られました。

再発防止をお願い致します。」



『はい。

誠に申し訳御座いません。

2度と皆様にご迷惑をお掛けしないよう、再発防止に努めます。』



…そう言えばオマエって普通に喋れるんだったよな。

カフェでしか会わないからたまに忘れるぜ。

俺はブラウン商会・モリソン土木に自社の不手際を詫びて回り、作業に汗を流した。


ふと振り返ると、ジミーが石膏ボードを運びながら社員達に指示を出している。

普段の姿からは想像もつかないが、周囲からのかなりの敬意を勝ち取っているように見えた。


存外、こちらがジミーの本当の顔でカフェでは爪を隠しているだけなのかも知れないな。




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「ふう。

疲れたでゴザル。」



『結構、体力ついたんじゃない?』



「煽てて拙者を働かせようとする魂胆でゴザルな。

その手には乗らないでゴザルよ。」



『バレたかw』



俺達ボンボンコンビの出番はそれまでだったので、昼には現場を去る。

2人で笑い合いながら、目に付いた居酒屋に入り喉を潤した。

早朝から動いたので労働者が好むような塩気の強い肴が欲しかった。

双方、敢えて戦争の話はしない。



《どんな模型を作れば女子の気を引けるか》



での話題で盛り上がる。

猥談というのは人を惹き付けるもので、周囲のオッサンが乗って来る。

俺達は使い捨てスプーンを組み上げて、スズメの即興模型を披露してウケを取った。



「どうでゴザろう?

皆様方。

この手で女子を口説こうと思うのでゴザルが?」



「あー、駄目駄目w

鳥なんて今一番嫌がられてるから。

口説くんなら他の動物にしときなよw」



「嫌がられてるでゴザルか?」



「ほら、富裕区で鳥の糞が問題になってるだろ?

帝国からの渡り鳥が増えて困ってるって話。

ざまあみろだけどなww」



店内で哄笑が湧く。

言われてみれば、最近鳥の群れを多く見かけるな。

糞害の話もちらほら聞く。

俺やジミーがこの問題にやや鈍感だったのは、現場作業系の会社を経営している為、社員達が自邸の修繕清掃を請け負ってくれているからである。


例年はこんなに渡り鳥は飛んでこない。

自由都市に到着するまでに帝国の猟師達が捕獲してしまうからである。

どうやら今年は手が回らなかったらしい。

今の帝国はかなり慌ただしい。

王国との戦争に、山岳民族の蜂起、首長国との緊張関係、挙句の果てには遥か北東では砂漠を挟んで異民族との国境紛争も激化しており、今年は日頃徴兵されない地域の者も駆り出されているとの事だ。

きっと渡り鳥を取る筈の猟師も前線に送り込まれてしまったのだろう。



「糞害…

確かに鳥の群れが最近多いでゴザルな…

子供の頃は殆ど見なかったのに。

ポール殿の会社には依頼は来ないでゴザルか?」



『ウチは施設清掃メインだからね。

話が来ていたとしても、断ってると思う。』



ポールソン清掃会社の主業務は、富豪が入居する高級邸宅の清掃である。

かなり利益率が良いので、糞害対策にリソースは割かないと思う。

昔は道路清掃を請け負っていた時期もあるらしいが、今の父さんは手を出さないだろう。

清掃業で財を成した父さんであるが、その富を使って身分上昇を図る事だけを考えている。

もう清掃業者として後ろ指を指される事に疲れたのだろう。

邸宅は人目に付かない、道路は人目に付く。

そういう事だ。




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帰路。

まだまだ日は高いので、ジミーと肩を組んでほろ酔い気分で、富裕区の糞害の酷いエリアを見物しに行く。


…異臭が強い。

それが第一印象。

少なくとも高級住宅街にあるまじき臭気だった。


人通りは結構多いのだが、誰も気に留める様子はない。

もう、この光景を見慣れてしまったのだろうか?

特に乗り合い馬車のロータリー付近は汚れが酷く、見ているだけで胃酸が込み上げる気分になった。

酔いが醒めてしまった俺達が立ち去ろうとしたのだが、ジミーがうっかりラウンジか何かの立て看板を蹴倒してしまった。


一斉に鳥の羽音・鳴き声が一帯に響き渡る。

あまりの大音量に思わず2人で腰を抜かす。


そして。

驚くと脱糞する習性でもあるのだろうか?

鳥達が大量の糞を付近に落とした。

惨状の上塗りである。



「例のアレ、使って頂けぬか?」



申し訳なさそうな表情のジミーが金貨を何枚か渡してきたので、住民達が糞を避ける為に庇に隠れている間に、【清掃(クリーンアップ)】を発動した。

幸い、スキル自体は上手く作用したのだが…。




==========================




『すまないな。

明日から首長国に出張って時に。』



「いや、オマエからの問題提起は非常にありがたい。

私も糞害については先送りにしていた。

猛省するとするよ。」



『アンタの物件が多いエリアだったからな。

一報入れておこうと思ったんだ。』



「ふーむ。

分かった。

私から区長に申し入れておこう。

もし予算が付いたら請け負いたいか?」



『それって来年度以降の話だろ?

俺が気になってるのは、今この瞬間の話だよ。』



そう、あの後。

スキルを使って周辺を【清掃(クリーンアップ)】した後が気になったのでキーン邸に立ち寄ったのだ。


やはりこのスキルは異常だ。

それまで糞が分厚く積もっていたロータリー前がいきなり綺麗になったのだから。

少なくとも加減を間違えた俺は相当焦ったし、ジミーに至っては冷や汗を流しながら呻いていた。

まあ、それはいい。

俺はこの光景を見慣れているのだから。


問題は住民の反応である。

見事に誰も反応しない。

住民達の目には美化されたロータリーが見えている筈であったが、一瞥して次の瞬間にはもう興味を無くしていた。



《自分が清掃の恩恵を享受するのは当然の権利であり

作業着手の遅れを叱責する事はあっても、作業に感謝する謂れはない。》



彼らの冷淡な目がそう言っていた。

きっとインフラ維持のプロセスそのものに関心がないのだろう。

1人の貴婦人が俺とジミーの作業着を一瞥して、咎めるように足早に去ってしまった。



『ただそれだけの話だよ。

言っておくがオチはないぞ?』



「そこを危惧してくれた、と。」



『アンタが自社の物件をどういう位置付けで捉えてるかは分からないんだがな?

今の富裕区って、かなり住みにくい場所になってないか?

上手く言えないんだが…

俺がガキの頃は、もっと明るい区域だった気がするぞ?』



「オマエの言いたい事は理解出来るよ。

今の富裕区は外国からの移住者が多い。


…いや、この言い方はフェアではないな。

街に無関心なのは私が誘致した住民だよ。


それも王国や帝国から亡命して来た高級官僚や大商人が多い。

彼らはキャッシュを持っているがこの街に地盤が無い。

だから、大抵の者が消費者に徹しているんだ。

少なくとも街にコミットする意識がない。」



『そう、それは感じたな。

あの地区の人達の無関心さを。』



「…。」



『一応忠告しておくけど。

何とかした方がいいと思うぞ?

アンタの不動産、売れなくなるかもな。

今は外国の人間を騙して売りつけてるみたいだけど。

もし客が下見可能なら、あの風景を見てキャンセルするかもな。』



「騙してはいないよ。

甘言を弄しているだけだ。」



『アンタはまるで悪魔だな。』



「否定はしない。

ただ、悪魔であるからには契約に誠実でありたいとは考えている。」



『上手いね。』



ドナルド・キーンの尊敬すべき点は、この会話をしながらも現地に向かい馬車から降りて検分を開始した点だ。

(俺が報告に訪れてから1時間も掛からずロータリーに到着している。)



『ドニーよ。

あまり俺と並んで立たない方がいいぞ?

この辺、アンタの顧客多いんだろ?』



「ああ、多い。

あちらの通りに至ってはキーン不動産が区画ごと開発しているからな。」



『作業着姿の俺と親し気に話すのはやめた方がいい。

上手くは言えないが、貴族区よりも階級意識が高い気がする。

職業蔑視も顕著だ。』



「だろうな。」



言いながらドナルドは小走りで辺りを駆け回り糞害の現状を調査する。

彼は10秒で結論を出す。



「私の判断ミスだな。

この地区にカスタマーばかりを詰め込み過ぎた。

大いに改善するべきだな。」



信じられないかも知れないが、世の中には3秒で上着を脱ぎ、3秒で腕まくりをして、3秒で塀に駆け上がって周囲を睥睨し、1秒で判断を下す経営者も実在する。

自社の発注元でさえなければ素晴らしいと思う。



『何をやってるんだ! 降りてこい!

今の自分の立場を考えろ!』



「男はみんな生涯一兵卒さ。」



何が嬉しいのか塀の縁に立ったままドナルドが気持ち良さげに笑う。

ほぼ2階の高さだが…

まあ、この男の身体能力を鑑みれば危険のうちには入らないだろう。

但し社会的地位を鑑みれば極めて危険である。


今やドナルド・キーンは産団連の青年部長なのだ。

数年前とは立場が違う。

(いや、それ以前に歳を考えろよ。)



『アンタはもっと大人だと思ったんだがな。』



「褒め言葉と解釈しておくよ。」



『降りてこい。

少しは世間体を考えろ!』



「はははw

オマエに説教されてしまうとはな。

歳は取ってみるもんだ。」



ドナルドは俺の忠言を聞き流しながら、塀伝いに四方を確認し、手元の手帳に何かを書き込んでいる。

遠目に見ていた紳士がかなり訝しんだ様子だったので、俺は小走りで彼に駆け寄り「お騒がせして申し訳御座いません。」と頭を下げる。



「キミ、何かの作業員?」



『はい。

清掃会社です。』



「ああ、掃除屋さんね。」



言い捨てると紳士は何事も無かったかのように立ち去った。

入れ違いにドナルドがひらり、と音も立てずに着地する。

小癪な男だ。



『…気でも触れたか?』



「自分を一番に信頼してしまう性質でね。

悪い癖だとは自覚しているよ。」



ドナルドは俺の眼前で手帳を開く。

ご丁寧にも鳥の巣の密集地帯の位置がメモされていた。

大したものだ。

地上からでは絶対に確認出来ない。



「これ、オマエに依頼していいか?

ざっくりとで構わないから見積もりを出して欲しい。」



『正規のルートで頼めよ。

これってまずは民生局に被害実態を報告する場面だろ?』



「おいおい。

オマエだってわかってるだろ?

役所なんかに申請してどうなる?

糞害なんかで動く連中か?


まずは住民の自助努力を促して来るだろう。

仮に住民がゴネた所で審議に入るまで5年は掛かる。

実際、予算が付く頃にはこの地区は糞に押し潰されてるぞ?」



『本質の話をしているんだ。

俺がスキルで場を解決した所でだ。

住民がこうも無関心だと、結局トラブルが無限に発生するぞ。


アンタは俺を買ってくれているようだが…

社会って誰か1人の異能で維持されていいものじゃないだろう?』



ドナルドは俺の言葉を背で聞きながら、スキルで発生させた水を糞に掛けて性質を観察している。

「ああ、これは雨で固まる部類だな…」などと言いながら、忙しなく眼球を左右に動かし各戸の軒先をチェックしている。



「ポール。

社会を無能に任せれば、維持できるものも維持できなくなるぞ。

逆だよ。

より良い社会を築く為にも、常に優秀で高潔な人材を求め続け遇し続けなければならない。

異能、大いに結構じゃないか。

仮に最強の異能者が存在し、その心根が正しいのであれば、私は喜んで世界を捧げるね。」



平行線だな。

所詮この男は単なる強者に過ぎないのだ。

他に何も知らないから、この先も強者の論理の押し通すのだろう。

そして恐ろしい事に、勝利の女神はこの手の増上慢に必ず微笑む事を歴史は証明している。

何せ女は強くて傲岸な男が大好きだからね。



「大体。

無能を何人揃えても時間の無駄だと思わんか?

現にこの地区の連中は頭上の鳥1匹追い払えていない訳だ。」



…そいつらを連れて来たのはアンタなんだけどな。



『そういう台詞。

俺以外に言うなよ。

若い連中はアンタを慕ってるんだ。

幻滅させないでやってくれ。』



昔からコイツは外面だけはいいからな。

気さくな兄貴分を演じて、年下を篭絡するのが上手いんだ。



「なあ、ポール。

今は戦時体制下だぞ?」



『現在、我が国は如何なる国家とも交戦状態にない。』



「違うよ。

我が国は交戦中であるという事実を軽々に認めるほど愚かではないんだ。」



ああ言えばこう言いやがる。



『わかったわかった。

我が国は戦争で忙しい。

忙しいから糞害なんかに時間を割く暇はない。

時間が無いから鳥に関してはスタンドプレーで解決するってことだな。』



「御名答。

まあ、糞害はオマエに任せるが。

王国と帝国に関しては、私が解決しておく。

結果としてスタンドプレーになるかもな。」



『…やれと言われればやるよ。』



「逆でも構わないぞ?

私が糞害を何とかしている間に

オマエが帝国や王国を【清掃(クリーンアップ)】してくれてもいい。」



『さっきのメモ、ちぎってくれ。

後は俺が何とかしておく。』



「見積もり、頼むよ。

オマエのスキルが発動し易い場所も目星は付けた。」



『見積もりって、俺個人にか?』



「別に領収書の宛名は御実家でも構わないぞ。

どのみち、オマエのスキルなら一週間掛からずに富裕区全体でも何とか出来るだろう?」



『…糞害は何とかするよ。

ただ、やり方は俺に任せてくれ。

スキルではなく、正攻法で解決するべきだと思う。』



「…まさか、大量に作業員を入れて普通に清掃するつもりか?」



『清掃って本来はそうするものなんだよ。』



「相当出費がかさむが?」



『俺だって、多少の蓄えはある。

全額アンタに出させる気はない。』



「…おいおい。

語るに落ちているぞ?

自腹を切るなんて、それこそオマエが非難するスタンドプレーそのものじゃないか。」



『…ッ!?』



「まあ、私はオマエのそういう所を評価しているのだがな。」



ドナルドと俺は並んで歩きながら、メモの地点に赴き作業費用を算出する。

この男は専門家の俺が舌を巻くほどに、正確に見積もりを弾き出す。

どう考えても俺がスキルを使った方が安い。

作業員をまっとうに入れてしまうと、人件費だけでも2千万ウェンは越えるだろう。

俺ならこの100分の1も掛からない。

ドナルドが発動推奨地点を完全に割り出したからだ。



「別に私は予算を惜しんでいる訳ではないのだ。

オマエ個人が2千万ウェンを提示するなら、喜んで支払うよ。

でも、受け取ってくれないのだろう?」



『…それを続ければ、社員が路頭に迷う。』



「あそこの街路樹。

鳥の巣が密集しているが、あそこもお願い出来るのか?

やや高さがあるぞ?」



『街路樹を担当する者には高所手当を支給する規則がある。

やや苦しいが、ちゃんと支給するよ。』



「…急いでるのだろう?

その…

確か専門の機材を運搬する必要があったように記憶しているのだが…」



『わかった。

街路樹は俺が担当する。』



高所作業馬車は滅多に使わないのでいつもはリースしている。

他の業者も同じことを考えるので、早めに予約しないと中々順番が回ってこない。

俺はドナルドに教えて貰った高台に移動して、塀を伝って街路樹の真上を視界に捉えた。



『セット!』



俺の担当はここまでだ。

後は正規の手段で清掃させた場合の見積もりを算出するだけだ。

大急ぎで父さんに報告しなければ。



「ポール。」



『何だよ?

俺の独断じゃ見積もりは出せないぞ?

父さんに許可を取って来るから事務所で待っていてくれ。』



「いや、鳥の巣が密集している建物な。

アレ、コンラッド卿の保有物件だぞ?」



『え!?

前にパーティーで会った気難しそうな男か?』



「打ち解けてみると気のいい奴なんだがな。

ただ彼は身分主義者だから、清掃会社に協力なんかしないと思うぞ?

この時間なら向かいの本邸に在宅していると思うから、私から声を掛けようか?」



そんな話の流れがあったので、コンラッド卿邸を訪問。

幸いにも向こうはこちらを覚えていてくれたらしく

「おお、ポール君か!」

と握手を求めてくれた。

ドナルドとはポロやスカッシュを楽しむ仲らしく、肩を叩き合いながら快諾してくれる。



『セット!』



巣を失った鳥は慌ててどこかへ去って行った。



よし。

思ったよりスキルを使ってしまったが、後は作業計画書に…



「ポール。」



『今度は何だよ。』



「さっき、私が確認した鳥の密集地だがな…

デナリオン銀行の屋根からしか見えないし行けないぞ。」



『だから、高所作業馬車をリースすると言ってるだろう!』



「いや、それは無理なんだよ。」



『どうして!?』



「銀行法の授業覚えてないか?

政府が指定する銀行施設の清掃は治安局から指定された業者と作業員にしか請け負えない。」



『…あったなそんな法律。

昔、清掃業者がゴロツキの巣窟だった頃の名残か。』



「まあ実際。

作業員に盗賊が混じって銀行の間取りを調べたりする事件は今でもあるからな。

ほら、数年前も冒険者崩れの清掃業者が逮捕されてただろう?

未遂だったけど。」



『…あったな。』



「金貨は何枚必要だ?」



『この角度からなら、銀貨2枚で一掃出来るよ。』



「…。」



『いらん。

丁度、小銭が余ってるんだ。

セット。』



「…。」



こんな経緯だ。

すっかり綺麗になった。


そう。

鳥の巣は殆ど俺が消してしまった。

移動に邪魔だったので糞もついでに消去した。

小一時間ほどで富裕区の糞害は解決。

費やしたのは金貨1枚(1万ウェン)と銀貨7枚(7000ウェン)だけ。



『…何だよ。

何が言いたい。』



「いや、別に。」



『今回は特例だ。

たまたまスキルを使わなければ解決しない場面だったから使った。

放置していれば伝染病が発生する可能性もあったからな。』



「…後日で構わないので弊社に請求書を回しておいてくれ。」



『じゃあ、一旦父さんに。』



「いやいや、解決したのはオマエ個人だろう。

私としてもポール・ポールソン以外に対しては支払いようがないぞ?」



『…今回の件。

内密にしてくれないか?』



「まあ、ポールソン社長が今回の件を知ったら

大喜びするだろうな。」



そう、あの頃の父さんも大喜びした。

大喜びで従業員達をリストラし始めたのだ。

涙ながらに抗議する俺を不思議そうな表情で見ていた父さんの姿を思い出す。



「ではさっきの打ち合わせ通りの2000万でいいか?」



『おいおい!

たった小一時間の話だぞ!』



「もう私の脳内で予算枠を作っていたからな。

事務所に大白金貨のストックがある。

支払うから取りに来いよ。

アレも喜ぶだろう。」



『いやいや!

おかしいだろ!

アンタ頭湧いてるんじゃないか!?

今回、俺は殆ど労力を使ってない!』



「?

わからん事をいう奴だな。

オマエは結果を出した。

故に私は対価を支払う。

楽に感じたのなら、それだけオマエが優れていたということだ。

能力と労力は反比例する。

ただそれだけの事じゃないか?」



結局、押し問答の末に1000万ウェンを受け取った。

最初は難色を示していた癖に

『位置を特定したのはアンタなんだから山分けだ。』

と言うと大笑して半分を引っ込めた。



「取っておけよ。

前の奥方から無心されているのだろう?」



『アンタにゃ関係ないことだ。』



カネがあるに越した事はない。

入手経緯に納得感があれば、更に好ましいのだがな。



==========================



夜。

ドナルド・キーンはレストランに俺とジミーを呼び出し、糞害の再発防止を相談した。

ジミーの実家のブラウン商会が鳥害対策用の資材を取り扱っているので、次の富裕区会議でプレゼンする段取りとなる。

富裕区は新規に幾らかの出費をするが、彼らの豊富な区予算表を眺めていると、何となく新規予算案の可決風景が目に見えて来た。


少なくとも、あの地域に無関心そうな住民達は気にも留めないだろう。

俺だって自分の区予算がどう使われてるかなんて一々気にしてない。


ジミーはゴザルの「ゴ」の字も発っすることなく、如才なくキーン不動産の要望に応じ、餞別代りに軍用エクスポーションを贈った。



「キーン社長。

道中どうかお気を付け下さい。

糞害の件に関しては私とポールソン専務で善後策を練っておきます。」



直訳すれば、《ポールには作業員ではなくスキルを使わせます》と言う意味である。




==========================




翌朝。

キーン邸の厩に俺も向かう。

一同に爽やかに出発の挨拶をすると、ドナルドは馬首を首長国に向けた。

出張と言うからてっきり馬車で向かうのだと思ったが、どうやら騎走するつもりらしい。

本来、大企業の経営者がまるで伝令将校の様に疾走する事は好ましくない。

と言うより正気の沙汰ではないのだが…

この男に限っては、誰かが操る馬車に乗らせるよりも安全で確実な到着を見込める。



「行ってしまいましたなぁ。」



『すぐに帰ってくるさ。』



「来年は王国でゴザったか?」



『みんな反対してるんだけどな。

でもまあ、結果を出せるのはアイツだけだ。』



「…仕方ないでゴザルな。

わー国の外交局よりも、あの御仁単独の方が成果を出して来たのでゴザルから。

さて。

日もまだ高いですが、これからどうするでゴザルか?

カフェ? 居酒屋? それとも女子の居る店にでも行きますか?」



『うーーん。

あぶく銭が出来たし現場に差し入れに行くわ。』



「ああ、ジュース係ww」



『結構喜ばれるんだぞ?』



「じゃあ、拙者も一緒に差し入れするでゴザル♪」



『わかった。

ジュース代は折半な。

人数多いから高い店で買うのは禁止で。』



「そう言われてみれば、モリソン土木さん。

まだ少し怒っていたでゴザルなあ。」



『…ちょっと張り込んで金苺菓子店でミックスジュースを注文するか。

特別料金払って看板娘に配らせてもいいな。』



「ふふふ、ポール殿は世界一のジュース係でゴザル。」



俺の名前はポール・ポールソン。

39歳バツ1。

決まった仕事には就いていない。

ポールソン清掃会社の御曹司と言えば聞こえはいいが。

要は掃除屋の子供部屋おじさんである。


居ても大して役に立たないので、仕事は現場で職人にジュースを奢ることだけだ。

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