第35話 コレクター

 スタッフさんが戻って、また楽屋で二人きりになると星原さんに聞かれた。


「……どうして、自分のだって言ったんですか?」


 星原さんは着替えもせず、私を見ている。


「…………もしかして、そうまでしてこのカードがほしかったんですか?」

「え? いや、そういうわけじゃ!?」

「ふふふっ……そうですよね。わたし、あのあと調べたんです」


 すてに話の流れがわからず私は混乱していたのに、星原さんは嬉しそうに笑い出した。え、なにこの人。


「ミシックとかなんとか言って、一番レアなカードなんですよね? これ、ちゃんとわたしが新品で買って自力で当てましたけど」

「へ、へぇ……すごい……ですね?」

「そうなんです。わたしはすごいんです」

「………………あの、はい。返しますね?」

「いいですよ。そんなにほしいなら」


 カードを受け取ろうとせずに、星原さんが言う。

 どういうことかわからず、反応に困るけれど…………ほしいわけじゃないんですよ?


「なんですか、その顔」

「…………いや、なんでなのかなって。星原さんがなにしたいのかよくわからなくて」

「別に……昨日あげたのがたいしたことないカードってのが……妙に腹立たしくて……」

「えっ!? あの……もしかしてでよ……今日、私の家に突然来たのって……」

「…………あれはただの嫌がらせですけど!? 急に家来て迷惑だったからやり返しただけですから!」


 嘘、だよね?

 じゃあ、本当にこのカードは私にくれるつもりだった?

 昨日あのあと一人でまたカードショップに寄ったの? ……家に来たことも合わせて、本当すごい行動力だ。


「…………えっと、ありがとうございます」

「家宝にしていいですからね」


 そんなことを言われても、やっぱり状況が飲み込めない。

 昨日のカードがハズレだったからリベンジしたかっただけ?


「いいんですか……私が、もらって……」

「はい? なんですか、カード趣味隠しているのは知ってますけど」

「そうじゃなくて……いや、それもなんですが……」


 すっかり失望されていたはずだ。でもカードを用意したのが今日話す前だったから……ということ?


「でも、わかりましたよね……私は、このカードをもらうような人間じゃないって……星原さんが憧れるような人間じゃないんですよ……私は……」

「わたしが憧れているのは早瀬さんじゃなくて桜さんですけど……勘違いしないでください。自意識過剰です」

「だから、天雨桜は私で……っ、天雨桜も同じです……憧れるようなアイドルじゃないって……言っているじゃないですか……地下アイドルで、人気だってたいしてなくて、クビになって……」


 私じゃない誰かとして天雨桜でありたいとは思っていた。

 でもどこまでいっても、天雨桜は私でしかない。


「私は、星原さんが言うように嘘つきです。ファンの人たちにも、グループメンバーにも……天雨桜なんて、いませんよ……ただ私が都合よくつくっただけのアイドルで……」


 自分のままじゃ、好きなものも好きと言えない。

 アイドルにもなれない。

 そんな私がつくった天雨桜に憧れる価値なんて――。


「うるさい。…………早瀬さんごときが、わたしが憧れるものにごちゃごちゃ言わないでください」

「えっ!? いやだって……他ならぬ私自身のことで……」

「早瀬さんが嘘つきで、つまんない女なのはずっと前から知っています」


 それは、まあほぼ初対面のときから言われてきた。

 でもあのころよりも、星原さんだって私のこと知ったはずだ。いくら天雨桜が憧れでも、結局中身がこれで……そんなの幻滅するに決まっているのに。


「わたしは、早瀬さんが嘘つきでつまんない女なの含めて……桜さんに憧れているんです。わかりましたか? わかったら、もう口答えするな」

「…………口答えって、そんな」


 すごい言い草にひるむ。

 別に口答えしているわけじゃ……ないよね?


「憧れているんです……だから、わたしは早瀬さんに――」

「わ、わかりましたっ!」


 反論が封じられて、私はあきらめて受け入れることにした。

 よく考えたら、星原さんに呆れられてないほうが私だってありがたい。なにも好き好んで嫌われたいわけではないからね。


「……また口を挟んで」

「口答えではないじゃないですか……だって、あんまり褒められるのも……」

「もういいです。今日は昼間から早瀬さんといて疲れました」


 そんな勝手に来た癖して……と言うのも口答えになりそうなので黙っておく。


「カードは、あげます。いらないなら、捨ててもいいです」

「…………ありがとうございます」

「服は、洗って今度返します」

「…………あ、別に気を遣ってもらわなくても、そのまま洗わずで大丈夫ですよ」

「絶対洗います。変なことに使われるかもしれません」

「いや、使いませんって! 考えただけで……気の迷いというか……」

「本当に使うつもりだったんですかっ!? 変態っ!!」


 変態って……まあフリマサイトで売ったら、買う人は中々マニアックなファンということになるのかな?

 でも公式が着用済み衣装をオークションで売るってあるよね。


「そんな悪く言わなくても、……一応は、応援する気持ちですよ?」

「どんな応援ですかっ!! 早瀬さんは……っ、おかしいですっ!!」

「えっ、ああ……私に関しては、本当に気の迷いで、間違ったことをしていたとは……すみません、二度とこんなこと考えないので。もう考えもしません」

「…………そこまで言わなくてもいいですけど」


 よかった。私のことは許してくれるみたいだ。

 いつかチャリティーオークションで星原さんの着用衣装を出品してほしいって依頼が来たときも快く許してくれると嬉しい。

 そういえば、私は買い取りとかそういうのはしないんだけれど……。


「あの、星原さん。できたらレアカードはそのままポケットに入れるのは……その……傷がつくので……最低でもスリーブに、本当に高価なレアカードはローダーっていうハードケースに入れるのが必須ですからね?」

「……本当にうるさいっ! いらないなら返せっ!!」


 知識として! 知識として教えておいただけなのに!

 私は怒って出ていく星原さんを追いかけて必死に謝った。

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