③月

第27話 引力

 星の大きさを比較する動画かなにかを見たとき、どんどん地球よりも大きい星がでてきてあまりのスケールに怖くなったことがある。

 底知れない世界、自分の小ささ。理解できないことへの恐怖だ。


「うーん……でも、やっぱり……」


 通帳に並んだ数字は、時給アップのおかげで予定よりもだいぶ増えている。

 当初の借金返済スケジュールを早めることも出来るが、ただお金を返すだけでは私の生活はしばらくこのままである。


 もしかすると、ここで未来に投資できる人間だけが、この労働という歯車からいち早く脱却できるんじゃないの?

 パチンコ、パチスロは詳しくない人間には勘違いされがちではあるが、ギャンブルではない。電子遊戯だ。だから十八歳の大学生であれば合法的に楽しむことが出来る。

 そしてなぜか、お金が増える可能性がある。

 この元手を増やせば、早期返済どころか一括返済も見えてくる。


 いやいやいや、冷静になれ私! そんな上手くいくわけがないよ…………。

 日曜日、今日も午後から仕事の予定ではあるけれど、午前中は暇だ。

 私は部屋で一人で過ごしていた。

 普段ならサブスクで適当にドラマとか映画とか観ていて……あとは、まだ手をつけていない大学の課題もいくつかあったような……。


 そういえば、と思い出して私はテレビの電源を入れた。たしか星原さんが出るバラエティ番組が放送されるはずだった。

 この時間帯にやるのはファミリー向けの番組が多く、星原さんのメインのファン層とはズレるからキャスティングされることは少ない。

 それでもオファーが来るのはそれだけ人気があるということだ。

 幅広い層から好感度の高い芸能人がMCを努めるバラエティ。他の出演者も売れている新人や名の知れた人間ばかり。

 そのひな壇の一角に、星原さんがいつもの無表情で座っている。

 一応、マネージャーの私も撮影現場には同席することがほとんどだけれど、今回は関係者が多くて場所もなかったから外で待っていた。別に私がいなくても――というよりは、彼女からしたら私なぞいないほうがいいくらいだろう。

 こういう誰もが知っている有名人たちと星原さんが同じ画面に映っていると、改めて住む世界が違うな……と思い知らされた。


 そんな星原さんと昨日、数週間ぶりに丸々休みだった土曜日、二人で出かけた。

 もらったカードがテーブルの上に置かれている。

 特段、なんの変哲もないトレーディングカードだ。高額な値がつくわけでもなく、使い道も特にない。

 彼女は、どうしてこのカードを私にくれたのか。

 もう集めるのを辞めてしまったトレーディングカード。男装と一緒に封印したのに……こんな新段のカード一パック分だけもらったら……もっと買いたくなるでしょっ!!


 もしかして、罠なの!?

 これでまた私にカードを大量に買わせて――……これがなかったら私だって楽して儲けようなんて考えないんだよっ!! 私をどうしたいんだ、星原さんっ!!

 マネージャーになって数週間。

 仕事内容には多少慣れてきたと言えなくもないけれど(事務仕事とか、現場でスタッフさんとのやり取りとか)、肝心の担当アイドルをどう扱えばいいのかは、どんどんわからなくなっている。


 星原さんには交換条件として、男を紹介するって天雨桜を紹介してしまった。

 超ワガママで仕事をしない星原さんをマネージャーに都合良く働いてもらおうって、天雨桜の力を借りて、調子に乗って直接会ったら正体がバレた。

 いや、バレていた。

 星原さんは私が天雨桜だって知った上で、それでもまだ天雨桜に憧れているらしい。

 それからも仕事を人質に何度も天雨桜に会わせろと言われ、私はもう男装しないって、水着撮影の日が最後って、決めていたのに逆らうことができず……。

 しかもいざなると、(半端にやったら星原さんに怒られるからってのも理由ですよ!?)ついアイドルだったころのノリ全開で天雨桜になってしまう。

 我に返る度、あれ私、星原さんにとんでもないことをしていたのでは? と頭を抱えているわけで……。


 でも、クビにはなっていない。今日までマネージャーを続けられている。

 星原さんにクビじゃ許さないと言われた。マネージャーになったことを後悔させるとも。

 …………うん、星原さんが、なにを考えているのかさっぱりわからない。


 社長にそれとなく相談もしたのだけれど「若い子の考えることはわかんないから、早瀬がうまいことやってくれー」と丸投げされてしまった。

 若い子か……社長よりは、私の方が星原さんと歳は近いけれど、それでも大学生になった私はまだ高校生の星原さんが自分とは別種の生き物に見える。

 思い返すと思春期とか反抗期とかってのは、私も自分でよくわからないことをしていた気がする。

 その結果で天雨桜が生まれたと言っても過言ではない。

 つまり、星原さんもそういう……?


 いやいやいや、そもそも年齢とか以前に、彼女は人気アイドルだ。

 私なんかとは完全に違う。

 私のことは顔を見れば「女的早瀬、殺す」くらいの勢いで嫌っている癖に、なにかとかけて天雨桜には会いたがる。

 憧れているのは本当なんだろうけど、憧れっていったい。

 星原さんが天雨桜に――私になにを求めているのか、全然わからない。


 だけど不思議なことにというか……私は、時給だけが理由でマネージャーになった最初のころよりも、彼女の力になりたいって思っていた。

 これが、マネージャーとしての目覚めなんだろうか。

 憧れというなら、私はアイドルに憧れがあった。

 自分では無理だったけれど、アイドル業界での仕事――マネージャーという立ち位置は向いているのかもしれない。

 向いているって…………でも別に、私がマネージャーとしてなにかできていることなんてないんだよなぁ……。

 担当アイドルの言いなり(脅されるまま)になっているだけで、マネージャーより下僕が近い。あれ、私が目覚めたのってなんだったの?

 考えても仕方がない。


 担当アイドルの仕事ぶりをマネージャーとしてちゃんとチェックしようとテレビに意識を戻す。

 テレビに出ている星原さんは自然体で、ただ座っているだけなのについ目が行ってしまう。巷で話題になっていた海外発祥の顔パックの特集が終わって、スタジオにカメラが戻って来ていたところだ。

 ゲストの女性俳優が『奏歌ちゃんも女子高生だから使ったことあったんじゃない?』と振る。

 若い女の子に流行っているんだから、別におかしくないフリだったけれど、その人そういうの興味ないからやめてあげて……。

 録画なのに、担当アイドルの仕事ぶりにマネージャーとしてハラハラしていると、彼女は予想に反してあっけらかんと言う。


『まだ使ったことはないんですが…………興味はあります。是非使ってみたいです』


 いつからそんな気の利いたこと言えるようになったの!?

 驚く私をよそに(テレビなので当然だけど)他のゲストたちが『使わんでも十分可愛いでしょー』とか『奏歌ちゃんなら必要ないってー』などとはやし立てていた。


『わたしも、もっと可愛くなれたらって思います』


 可愛さの上限値みたいな顔のくせに、星原さんは頬を緩ませて言う。

 あれか。やっぱり思春期なのかな? そういうのに興味が出てくる年頃か。

 男を紹介してほしいという願いから始まって、そういうことだったんじゃないの?

 だから天雨桜に特別ななにかがあるわけじゃない。


 ……んだよね? それでいいだよね?

 そう納得していたのにゲストの男性芸人が『奏歌ちゃんももしかして気になる相手がいたりするんの?』なんて余計なことを言う。

 待って待って、その子思春期なんで変なこと聞かないでくれますか!

 だいたい売り出し中の人気アイドルにそんな質問しないでよ! 答えによっては大問題になるよね!? お宅の事務所に抗議いれますよ(弊社の社長から)!?

 大丈夫、星原さんだって昨日今日アイドルになったわけじゃない。本人だって恋愛がダメなことは認識していた。…………大丈夫、だよね?


『気になる人は……そうですね、今はアイドルとしてもっとがんばりたいって気持ちなので……』


 おおっ!! こんな百点の回答を星原さんがっ!?


『あっ……でも最近、マネージャーさんが――』


 ん? マネージャーさん?

 それって、私のこと? テレビの中の星原さんに今すぐ確認したい。なにを話すつもりなんだ。……変なこと言うつもりじゃないよね?


 そのとき――突然、インターフォンが鳴った。


 星原さんがしゃべる言葉の続きに集中していたせいで、ドキリと心臓が跳ねるくらい驚いた。なっ、なに、いきなり。

 配達の類いを頼んだ覚えがない。

 約束もなくたずねてくるような相手も思い当たらず……アイドルになるとき東京にでてきて、そのまま進学先も都内だからと一人暮らしを続けている私。

 女性の一人暮らし、普段から多少の用心はしている。

 一旦様子見しようか。宅配物なら玄関前に置いていってもらえるかもしれない。

 続きが気になるので、テレビの音量だけを消して居留守の体勢になった。しかしインターフォンがまた鳴る。


 そのうち、ドアまで叩かれて――。

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