第14話 絶対服従!

 しばらくして「桜さん」と呼ばれる。

 水着姿の星原奏歌がいた。

 上にはフリルがあしらわれて、下にはパレオも巻かれている。彼女のアイドルとしてのイメージをそこなわないようにセクシーというより可愛らしいタイプのものだった。


 とはいえ水着だ。普段は見えない体のライン、首回りにお腹に太ももが出ている……まあちょっとエッチな感じだ。


 いやいやいや、全然そういうのじゃなくて健全な水着だし! そもそも実際には同性同士だし!


「……えっと」


 本当は同性だからというのもあるし、むしろ同性だけど思っていたよりも可愛らしいなと素直に思って知ったこともあって、言葉がつっかえる。

 今は天雨桜だ。男として感想を言って……ちゃんと褒めないと。


「あの、…………どうですか?」

「いいな。似合ってる。エロいな」

「エロ……っ!? わっ、わたしがっ!?」

「もっとよく見せてみろよ。ほら、回ってみて」

「へっ、回るって……無理ですっ! 立っているだけですごく恥ずかしくて……」


 そんなんじゃ撮影のときに困る。


「いいから、ほら。自分が水着だって考えないで。いつも通りだと思って」

「…………こう、ですか?」


 星原さんはぎこちなく、その場でくるりと体を回転させる。長い髪がふわっとなびいて、……絵になるなぁ。雑誌の売り上げあがっちゃうなぁ。私の時給もだけど!


「綺麗だ。特に背中のラインがいいな。横からのアングルがいいんじゃないか」

「横って……その……こうですか?」


 私の言ったとおりに、星原さんが体を横にしながら顔はこちらを向く。


「ああ、それで腰は尻をもう少しこっち向けて」

「し、尻……」

「いいな、うん。本番の撮影もそのポーズしてみろよ」


 プロのカメラマンが指示も出すけれど、基本的には被写体側が適当にいくつかポーズを取ったり動いたりしながら大量に撮影する。

 だからモデルもポージングはある程度できたほうが撮影は上手くいく。


「……こういうのって、バストアップが多いかと思ってました。その……わたしは、顔は……自信あるっていうか、褒められるので……」


 彼女の言うとおり、水着グラビアの表紙と言えばバストアップ写真――主に上半身だけを写したものが多い。

 水着グラビアに求められている需要、顔と胸元をとにかく大きく写す。

 でも星原さんはアイドルとしてのイメージとサイズの問題で、胸元が大きく出るタイプでも形がしっかり出るタイプでもないフリル多めの水着だ。

 それならバストアップ写真より、素肌が惜しげもなくさらされている背中や脚を見せたほうがいいサービスになるんじゃないか。


「最終的には雑誌の編集が決めることだけど、俺はその背中と細い腰がグッとくる」

「そ、そんなわけ……だって、わたし、体もその……薄いですし……」

「魅力的だよ。ほら、思わず抱きしめたくなる」


 言いながら、私は星原さんの体に触れていた。

 水着姿の彼女を、優しく抱きしめる。


「うにょらっ!? ははははっ、はやぁ――っ!!!!!!」

「はや?」

「……早いですよっ!! こういうのはまだっ!!」

「まだって……」


 まだもなにも……と思いながら、冷静に私はなにをしているんだ?

 どうして担当アイドルを抱きしめているのか。

 同性だし! マネージャーだし! 別にハグくらい全然問題ない行為ですけどね!?

 ダメだ。星原さんの変わりようと天雨桜が俺様系だからということで、つい私も我を忘れて調子に乗ってしまった。

 違うんだよ、これは星原さんに自信を付けてもらおうと……星原さんの水着姿はエロいから男は喜ぶよって教えてあげたくて……私は喜んでないけどねっ!?


「悪い、ついな。奏歌が可愛いから」


 そう言いながら、彼女から離れる。落ち着け、私。本来の目的を忘れるな。

 近づきすぎないって約束までしていたのに! バレたらどうするんだ。


「撮影もがんばれそうか?」

「……はい」

「うん、楽しみにしてるよ」


 星原さんは胸を押さえながら、目を白黒させていた。

 天雨桜に抱きしめられたせいかな。

 抱きしめたって言っても、全然思いっきりじゃない。ポーズだけっていうか、相手も水着だし、肌をあんまり触るのも悪いかなって、軽く包むくらいで!

 よし、十分冷静になった。正体がバレないためにも天雨桜を全うするのは大事だけど、マネージャーとしての私のことも忘れるな……。


「あー……あとそうだ、今度ソロで曲出すんだよな? 楽しみだ。グループの曲でも奏歌のソロは耳に残ろるからな」


 急に何言っているんだって内容だけど、星原さんは真面目な顔でうなずいた。


「それで、もっと歌いたいように歌ってもいいんじゃないか?」

「歌いたいように……」

「奏歌の魅力、どんどん出してけよ。顔だけじゃないだろ。ラジオもさ、しゃべりが苦手って言ってたけど、悪くないつーかさ。上手いしゃべりじゃなくて、奏歌が一生懸命しゃべるのがいいんじゃねーの」


 クビになった地下アイドルが、人気アイドルの星原さんになにアドバイスしているんだって話だ。

 でも今日は天雨桜として星原さんになにか言える最後だ。たぶん、私の言うとおり働くって言っても、私から星原さんにアドバイスなんてのは無理だし……。

 そうは思いつつ、ダメ押ししておく。


「あと、マネージャーとは仲良くな。連絡も来たらちゃんと返してやれよ」


 さすがに嫌な顔をされるかと思ったが、星原さんが素直にうなずく。

 しかしそう思った矢先だった。


「……わたし、やっぱりこれからも桜さんに会いたいです」


 さっきまでおとなしかった星原さんが急にとんでもないことを言う。

 約束が違うと言い返そうとした。

 でも先に星原さんの手が私の――天雨桜の髪をつかんだ。

 つまり、ウィッグだ。

 男装用に被っている短髪のウィッグが、つかまれたまま、引っ張られる。


「えっ、ちょっと!? なにして――」


 当然、そんな勢いよく引っ張られると、ウィッグは取れる。あまりの乱暴さに髪をまとめていたヘアネットも飛んでしまって、私の長い髪が散らばってしまう。


「早瀬さんこそ、なにしているんですか? ずっと担当アイドルを騙して……」

「え、あ……これは……その……っ」

「マネージャーがこんなことして……いいんですか?」

「奏っ……星原……さん?」


 どうしていいかわからず、私は……天雨桜ではなく、マネージャーの私として彼女を呼んでしまう。

 彼女の瞳は暗く、しかし口は楽しそうに歪んでいた。

 さっきまでの姿とはまるで違う。


「星原さん――……気づいてたんですか!?」

「……当たり前じゃないですか」

「い、いつからっ!?」


 いつ天雨桜が私だって気づいて――え、毎晩のメッセージは? さっきまでの反応だって……なにを考えて……。


「ずっと、わたしのこと騙してたんですね」


 星原さんが薄く笑う。いつぞやと違って何世紀も生きている吸血鬼みたいな笑みだ。


「…………いや、そのっ、これには深い事情が……」

「言い訳は聞きたくありません」


 終わった。

 星原さんの顔色に、手心は一切期待できなかった。


「…………ど、どうかクビだけは……」

「クビ?」


 星原さんが不思議そうに聞き返す。あ、無理だ。


「……せめて、今日の撮影だけはお願いします。この通りですっ」


 泣きたくなるが、敗者の姿だ。惨めに命乞いするしかない。

 大見得切って社長にも「水着大丈夫でした。これからも星原さんの説得は私に任せてもらっていいですよ? ま、今後の時給については相談ですね」って言っちゃったのに!!

 いや、これくらい勝つ前提なメンタルで勝負しないとなんだよっ!? ギャンブラーってそういう精神面で戦うところあるからね!? 負けた場合なんて考えないで前借りして前祝いするくらいの勢いが大事で…………。先に勝った気持ちになることであとから勝ちもついてくるって言うのに……。


 負けちゃった…………私……終わった。

 どうしよう、新しいアルバイト……水着ダメだったら、社長に怒られて……撮影がキャンセルになった分の損失とかって……。

 今月の家賃、払えるかな。五反田で職探ししないとかも…………。


「安心してください。わたし、約束は守りますよ」

「え、星原さん……?」

「それに、クビなんかで、許すわけないじゃないですか」


 一瞬希望を錯覚した。でもこの先に救いなんてないと突きつけられる。

 ギャンブルで負けて、勝負しなきゃ良かったなんて後悔するやつは三流以下だ。

 でもこれからは従順美少女アイドル言いなりにして、悠々自適にアルバイトマネージャーで高時給を満喫する予定だったのに……。


「楽しみにしていてください」

「な、なにを……?」

「担当アイドルのわたしが直々に、マネージャーの早瀬さんを後悔させてあげます」


 不覚にも、星原さんの笑顔が今まで一番アイドルらしく輝いて見えた。

 彼女がこんな風に笑えるなら、もっとアイドルとして人気になるだろうに。


「これからはわたしの言うことに絶対服従ですからね」


 超ワガママな彼女に……絶対服従!?

 私のマネージャーとしての命運、いったいどうなるわけっ!?



 ―――――――――――――――

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 次回から星原視点の話です!


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