第46話 疑われ始めた日
金曜の朝、
さっき、いつものバス停を降り、今は通学路を歩いている。
隣には妹の
校門へ向かう道中、千恵里が弾むような声で言った。
「お兄さん、今日は私が夕飯作るね! 金曜スペシャルだよ」
「ありがと。楽しみにしてるよ。何を作ってくれるんだ?」
征人の頰が自然と緩む。
「何がいい? お兄さんの方からリクエストがあれば」
妹はテンションを上げ、征人の顔を見つめる。
「もう何でもいけるようになったのか?」
「うーん、完璧じゃないけど……肉じゃがとかハンバーグ、前に焼いたグラタンならいけるかな。この一週間、料理部でめちゃくちゃ練習したんだから!」
「すごいじゃん。じゃあ、ハンバーグでお願い」
「ハンバーグね! トッピングはどう? チーズイン? それともパイナップル乗せ? デミグラスソースかけにする?」
「そこは千恵里のイチオシでいいよ」
「りょーかい!」
千恵里は満面の笑顔で親指を立て、征人と一緒に校門を潜った。
二人は昇降口で上履きに履き替え、それぞれの教室へ別れたのだ。
征人は軽やかな足取りで廊下を進んだ。しかし、教室に足を踏み入れた瞬間から空気が一変した。
先ほどまで騒がしかった教室内のざわめきがぴたりと止まり、数十の視線が針のように刺さる。
征人は戸惑いながら自分の席へ向かう。
窓際のいつもの席に座ると、クラスメイトの
「……征人さ、これ……本当なのか?」
「おはよう、高橋さん……それは?」
一紀が差し出したスマホ画面には、学校の匿名掲示板が映っていた。
『佐藤征人、コンビニで万引き疑惑』
添付写真には、この前の水曜の夜にコンビニの棚前に立つ自分が写っている。
手に持った商品をリュックに滑り込ませるような動きが、動画でもばっちり捉えられていたのだ。
「え……な、何これ⁉ 違うよ……俺、そんなことしてないし」
征人は短い動画を凝視し、声が震える。
征人は全力で否定した。
水曜日は、一紀の両親が経営するお店で過ごした日だ。
一紀の店で夕食を食べた後、ゲームセンターに立ち寄り、夜の八時過ぎくらいに
それは事実だ。
征人はコンビニで板チョコとジュースを買おうとしただけで、ゲームセンターで散財した事もあり、リュックの中にある財布を確認する動きはあったと思う。
だが、写真も動画も、まるで万引きを決め込むように巧妙に編集されてあったのだ。
一紀と話している間も、教室の空気が氷のように冷えていく。
昨日まで普通に会話していたクラスメイトたちが、ひそひそと囁き合う。
「マジかよ? 佐藤が?」
「でも写真あるし……」
「信じらんねー、レクの時は普通だったのに」
「やっぱああいうタイプだったのね……残念」
征人は唇を噛みしめた。
誰が、いつ、こんなものを――?
心臓が早鐘のように鳴る。
「僕、これからちょっと用事あるから。一旦失礼するよ」
一紀はそう言い残し、教室を出て行く。
気まずい沈黙の中、時間が過ぎ、それから朝のHRが始まった。
担任の女性教師はいつも通り出席を取るが、征人の名前を呼ぶ声が微妙に硬い。
授業中も、周囲の視線が痛かった。
征人は黒板を睨み、ノートを取る手がわずかに震える。
二時間目終わりのチャイムが鳴り、教室がざわつく中、征人が立ち上がろうとした。その瞬間――
「佐藤さん、少し話があるの。こっちに来てくれない?」
教室の入り口に立つ女性の担任教師の姿を前に、征人は無言で頷き、廊下へ出た。
その背中を、
ようやく出来た心から信頼できる友達からも疑われるとなると辛いものだ。
征人が向かった先は、三階の生徒指導室。
室内では、ジャージを着た生徒指導の先生が腕を組み、渋い顔で待っていた。
「そこに座れ」
征人は生徒指導の威圧的な口調に少し動揺しつつも、向き合うようにソファに腰を沈め、膝の上で拳を握る。
女性の担任教師に見守れながらも、征人と生徒指導の先生とのやり取りが始まった。
「これを見ろ」
差し出されたのは、学校公式の匿名掲示板に掲載されてあった写真がプリントアウトされた用紙。
そこには万引き犯として晒された征人自身の顔が、大きく拡大されていた。
「水曜日、このコンビニに行ったな?」
「……はい」
征人はゆっくりと頷いた。
「商品を盗んだのか?」
「違います! 寄ったのは本当ですけど、取っていません……財布を確認しただけで、リュックの中に商品なんて」
「ふむ……そうか……」
征人の必死な訴えに、生徒指導の先生は眉を寄せる。
「すでに写真と動画がある。君の話を聞いてから、コンビニと警察に連絡するつもりだったんだ。まずは本人から事情を聞こうと思ってな」
「そう、ですか……」
征人の喉がゴクリと鳴る。
指導室に重い空気が漂う。
このまま本当の万引きだと認定されれば、学校生活は終わりだ。
停学や、もっと酷い処罰となれば退学も普通にあり得る。
そうなってしまうと、妹の千恵里にまで迷惑がかかるだろう。
千恵里が悲しむ姿なんて見たくない。だから、何が何でもこの状況をひっくり返す必要があった。
絶対に盗んでない。
それだけは確かな事だ。
「私たちの学校の評判もある。警察に連絡するかは、もう少し調べるが……」
「先生、信じてください。俺、本当に――」
「落ち着いて、佐藤さん」
背後で立っていた女性の担任教師が、征人の肩を軽く叩き、静かに口を挟む。
「三時限目の授業は一応出席扱いにしておくから、お昼頃まではここで過ごしなさい。もう少し詳しく聞くから」
生徒指導の先生が難し気な顔で言う。
征人の心はどん底に落ちた。
昨日まで普通に話していたクラスメイト、新しく仲良くなった人からも冷たい視線を浴び、心が締め付けられる思いだった。
朝、千恵里のハンバーグを想像してワクワクしていたものの、今はただ理不尽な怒りと悔しさで涙が頰を伝う。
これは誰かが仕掛けた罠だ。
写真を撮った奴、掲示板に上げた奴――正体がわからない。
が、何が何でも、謎を明かすしかないと思った。
金曜の陽光は、窓から冷たく差し込んでいたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます