第18話 教え子がアイドルになっていくオッサン

 セイラの聞きわけが、恐ろしいほど良くなった。


「クローリー先生! ごめんなさい!」


 飛び出していってしまった次の授業の初めで、セイラは俺に深く頭を下げた。


「先生、あたしのことちゃんと考えて授業作ってくれてたのに。あたし、勝手なことばかり言ってた。だから、……ごめんなさい」


 俺はそれにキョトンとして、それから微笑みと共に首を振った。


「いいや、俺の方こそ、セイラのことを考え切れてなかった。ああいうちょっと恥ずかしい訓練が嫌なら、また別に―――」


「アレでいい。だって、アレが今のところ、あたしに一番合ってる訓練なんでしょ?」


 毅然と言うセイラに、俺は驚きながら「それは、そうだけど……」と頷く。


「なら、あのままでいいわ。ううん、アレが良い。あたし、これからはもっとまじめにやるから。だから、……あたしがちゃんと魔法を制御できるよう、手伝ってください」


 再び頭を下げるセイラに、俺は面映ゆい思いになる。


「子供っていうのは、見てない内に成長するよね」


「え?」


「分かった。なら、これからはもっと頑張ろう。なぁに、アイドル訓練だって、真剣に取り組んでればすぐに恥ずかしくなくなるよ」


 俺はニッと笑って、問いかける。


「じゃあ、早速始めよう。準備はいい?」


「―――はい! あたし、立派なアイドルになって見せるわ!」


 セイラは、輝かんばかりの眼で宣言する。


「アイドル、いまだによく分かってないけど!」


「……」


 難しいよね、実物知らない人向けのアイドルの説明。






 そうして、セイラと俺の本気のアイドル訓練は始まった。


「まず、ボイストレーニングからやっていこう。歌の練習は前にも少しだけやったけど、今日からは本格的に取り組んでいくよ」


「うんっ。えっと、まずは何をすればいい? 前みたいに色々歌う感じ?」


「そうだね。俺の方で、セイラに合ったオリジナルソングを作ってきたから、これを暗記して歌えるようになろうか。それで普段使いの魔法には、苦労しなくなるはずだよ」


「オリジナルソング出てきた」


 動揺の目で見られる。俺は「ごめん、話すの忘れてたね」と苦笑する。


「せ、先生、作ったの……? あ、あたしのために……?」


「え、うん。サクッと。だから、適宜セイラの都合に合わせて変えてもらっていいんだけど」


「サクッと……」


 呆然とするセイラに、俺は語り掛ける。


「今回は明るい曲調で、歌ってる間は基礎的な戦闘ができるように組んであるから、いつどんな時も歌えるようにしておくといいよ。信仰周りは気持ちを込めて歌ってね」


「あ、ありがとう……。うわ、歌詞の内容がちゃんとあたしのことになってる……」


 セイラは引きながらも受け取った。しかし態度に反して、手つきはとても丁重で、セイラはそのまま胸元に楽譜を抱きしめている。


「ひとまず、これをどんな状況でも歌えるようになるのが、今回の訓練の大きな目標かな。今回はボイトレだから、シンプルにこの曲を頭に入れて、歌えるようになろう」


「―――はい! 先生!」


 元気に返事するセイラに満足しつつ、俺は「じゃあ俺が伴奏するから、まずはそれを聞いてね」と始めた。「先生楽器もできるの?」とセイラはポカンとしていた。






 ボイトレの次は、ダンストレーニングだ。


「セイラはフィジカルがとても、とても弱いので、ダンスが踊れるような訓練をしていくよ」


「二回も『とても』って言われた……」


 弱いけどぉ……、とセイラが頬を膨らませている。俺は指を立てて、訓練内容を伝える。


「最初は簡単な筋トレからやっていこうかなと思ったんだけど、それだと来週のクラス対抗戦に間に合わないからね。ダンス練習に絞ってやっていこう」


「分かったわ! でも、あたしその、先生の言う通り体力ないから、踊り切れるか不安なんだけど……」


 心配そうに言うセイラに、「うん。だから今回も、少し考えてきたんだ」と俺は笑いかける。


「ダンス練習と言っても、本番はダンスと歌、そして敵の攻撃の回避も同時にこなすことになる。ダンスだけで満足するわけにはいかない」


「う、じゃ、じゃあ、どうするの……?」


 俺は、満を持して答える。


「にゃんにゃん早口言葉を唱えながら、踊る」


「なんて?」


「にゃんにゃん早口言葉を」


「あ、もういいわ。続けて」


 セイラが頭を抱えながら、先を促す。


「語尾に『にゃん』を付けることで、動物系の神の寵愛を受けて体が丈夫になる、って話は前にしたね? これはその応用になる」


「……『にゃん』って言って、丈夫になった体で踊るってこと?」


「プラスして、ダンス中でも滑舌を保つ訓練だね」


「だから早口言葉なワケね……」


 セイラは俯く。そして頭を抱えながら叫んだ。



「聞けば聞くほど合理的なの、ムカつく!!!」



 渾身の叫びだった。


「……セイラ、その、嫌なら」


「いや、やるわ。吐き出さなきゃやってられなかっただけ。納得したし、やるわ」


「いや、無理はしなくても」


「やるったらやるの!」


 赤面しつつも、頑としてやると決めたセイラは、にゃんにゃん早口言葉を唱えながら、教えた振り付けを踊っていた。傍から見てると結構可愛かった。






 最後は、表情訓練とワンアクション訓練だ。


「ドルイドはコミュニケーションだ。コミュニケーションってことは、言葉以外も意味を持つ。例えば表情や仕草。だから、最後はこれを訓練するよ」


「分かったにゃ。……分かったわ」


 言い直したセイラに、俺は無言で優しく微笑む。


 セイラは顔を赤くして、左手をグーにして押し付けてきた。


「せめて! せめてイジって! 優しくスルーしないで!」


「セイラは世界有数のドルイドになるよ。俺が保証する」


「それどういう意味で言ってる!? ねぇどういう意味なのそれ!?」


 神に好かれる『愛嬌ある人』になってきてるなぁ、と思いながら、俺は続ける。


「歌に合わせて表情を作れると、その分魔法の威力が上がる。いや、セイラの場合は、より制御下における、という表現が正しいかな」


「そうなのね。簡単なボイトレは、実家でもやったことあるけど、表情も」


「逆に仕草は、歌の最中における魔法発動の制御要素になってくれる。歌は毎回同じだけど、サビにならないと魔法が発動しないようでは、戦えないでしょ?」


「確かに……。でも、神が喜ぶような仕草になるのよね? どんなの?」


「ウィンクとか」


「……」


「あと投げキッスとかもいいかもね」


「……そうよね。ドルイドってそうよね」


「アイドルモチーフでドルイド組んでるからね、セイラは」


 何をするにもアイドルっぽくなるのは、仕方のないことなのだ。ちなみにモチーフが変われば、がらりと雰囲気も変わるのがドルイドである。


 そこで、何かが引っかかった様子で、セイラが言う。


「ん~……でも、何かしら。理屈は分かるんだけど、話がアイドル側に偏りすぎてる気がするわ。身振りで魔法制御するの、普通の詠唱魔法ではやったことないし」


「え? 詠唱魔法使いなら全員やってるよ?」


「ホント? 詠唱魔法ってみんな長々と詠唱するだけじゃない」


「いやいや、よく思い出して」


 俺はセイラに言う。


「詠唱魔法使いだって、杖は持ってるし、詠唱と一緒に振るでしょ? セイラはそれを義手でやるだけだよ」


「……あっ! えっ!? ウィンクとか投げキッス、木義手でやったら杖を振るのと同じ判定になるの!?」


「ああ、そこが説明不足だったか。そうだよ。だから必ずそういう所作をするときは、義手を起点にしてね」


 ドルイドにおいて、詠唱はかなり幅広い。実力次第ではすべての言葉が魔法となりうる。


 その制御弁として、木製品の所持と身振りが存在するのだ。木は天と地をつなぐ、聖性を持つがゆえに。


「……じゃあ、ウィンクとか投げキッスは」


「ウィンクしながら、攻撃目標に指を向けるとかだね。投げキッスなら必ず義手で」


「そうすれば、杖を振るのと同じ扱いになるのね……。はー、魔法、奥が深すぎるわ……」


「そうなんだよ。魔法はね、奥が深いんだ」


 俺がにっこりと微笑むと、セイラはキョトンと目を丸くしてから、目を伏せて少し顔を赤くした。何で?


 セイラは冷静さを取り戻すべく深呼吸して、言う。


「先生、あたし、やるわ。にゃんにゃん早口言葉ダンスに比べたら、ウィンクと投げキッスの何が恥ずかしいのよ。恥ずかしがるから恥ずかしいのよ」


「セイラが真理に辿り着いている……」


 恥に狼狽える姿も愛らしかったが、恥を乗り越える姿も尊いものだ。


 見守る神もそう思っていることだろう。俺は静かに拍手を添えた。






 そんな風にして、まったく反抗せず、むしろ前のめりで俺の施す訓練を、セイラはこなしていった。


「『「弱いから」って俯いてた~、言い訳ばかりのイェスタディ~』……。ねぇ、イェスタディって何」


「英語の『昨日』」


「えい……?」


「変身魔法の呪文の奴だよ」


「あー。ウェーブのアレね」


 歌詞の意味を意識しながら歌ったり。


「はい、テンポ落とさず! イチ、ニー! イチ、ニー!」


汝、納屋の長縄何の縄にゃんじ、にゃにゃのにゃがにゃわにゃにのにゃわ七度縄跳び並みの縄じゃないにゃにゃどにゃわとびにゃみのにゃわじゃにゃい!」


「いいよー! 滑舌良い感じだよー! はいっ、そこでくるっとターン!」


老練な尼僧、鈍いナイフで謎の塗り薬を練るろうれんにゃにそう、にぶいにゃいふで にゃぞのにゅりぐすりをにぇる!」


「体力、確実についてきてるよ! はい! 最後の決めポーズ!」


年代記の謎、何度も何度も悩むにぇんだいきのにゃぞ、にゃんどもにゃんどもにゃやむ何の名も無き農夫の悩みにゃんのにゃもにゃきにょうふのにゃやみ!」


 にゃんにゃん早口言葉を必死に唱えながら、ダンス練習に没頭したり。


「ウィンク難しくない? ダンスと歌の合間で自然にできないわこれ」


「顔の筋肉を意識してみて。あと、ただウィンクするんじゃなくて、アピールとしてウィンクするってイメージね。だから、笑みもないとダメだよ」


「あー、ただ片目をつむるんじゃなく、あくまでもウィンクしなきゃなのね。可愛いって難しいわ……」


「そういえば昨日、倉庫から古い姿見引っ張り出してきたんだ。表情とかポーズの確認に使えるかなって」


「ホント!? クローリー先生ナイス! 分かってるぅ!」


 真剣な面持ちで、ウィンク一つのために悩んだり。


 そうして一生懸命にアイドル訓練に勤しんで、一週間が経った。


「……ついに、だね」


「ええ。ついに、この時が来たわ」


 特待生クラス、教師と生徒全員で五名。


 クラス対抗戦に参加すべく、俺たちは本校舎に集まっていた。





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