第24話 嶽間沢

 図書室を後にした私は、ミス研の活動場所である1年F組の教室へと赴いていた。


「ねぇ、嶽間沢って男子知ってる? 」


 私はミス研のメンバーに対して質問をした。


 私達はいつものように四つの机を繋ぎ合わせて、向かい合って座っている。


 私は窓際の一番後ろの席に腰掛けている。そして、その左隣には夜輝が、前には桐谷君が、左斜め前には藤木が座っている。


「嶽間沢? ……ああ、知ってるよ。F組の不良少年でしょ? 」


 藤木が両手を頭の後ろに当てながら答える。


「うん……。たぶん、その人で合ってる。嶽間沢ってどういう人なの? 」


 私が質問を重ねると、藤木は困った表情を浮かべた。


「うーん……。話したことないから、どういう人かはあんまりわかんないな。でも、噂なら聞いたことあるよ」


「噂? 」


「うん。中学の時、上級生を喧嘩でボコボコにしたとか、百人くらいの不良仲間を引き連れてたとか、人生で一回も喧嘩に負けたことがないとか」


「……」


 藤木から明らかに嘘っぽいけど、ワンチャンありそうな噂話を聞いた私は、苦い顔で絶句した。


「Oh! そのミスター嶽間沢とかいうヤンチャボーイは凄いデスネ! でも、ワターシの実力には遠く及ばないデース! ワターシのパンチでイチコロデスヨ! 」


 夜輝が胸を張り、腰に手を当てて、自慢げに言う。なぜ嶽間沢と張り合おうとしているのかはわからない。


「へー、凄いね。夜輝さんはパンチ力に自信があるの? 」


 桐谷君が夜輝を褒めると、調子に乗った彼女は軽く腕を捲りながら言った。


「あったりまえデスヨ! ミスター桐谷もワターシのパンチを喰らってみるデースカ? 」


「そうだね、ぜひ」


 そう答えた桐谷君は、ニッコリと笑いながら右手の手のひらを突き出す。


 それを見た夜輝は、無邪気な表情で右腕を振り上げた。


 そして、桐谷君の手のひら目掛けて、夜輝は勢いよく拳を振り抜いた。


 ペチンという間の抜けた音が、私の目の前で鳴る。


 私は何事もなかったかのように話を続けた。


「絶対嘘でしょ、その噂。……嘘だよね? 」


 私が不安げに言うと、藤木は軽く横に首を振りながら答えた。


「さぁ、どうかな? ワンチャンありそうだけどね。んで、嶽間沢がどうかしたの? 」


「えっ?……い、いや。なんでもない」


 私は藤木から目を逸らしながら言った。


「……ん? 」


 藤木から目を逸らし、教室の扉の方へとさりげなく視線を移した。その際、私は扉の曇り硝子に写っている人影を発見した。

 

 その人影は、教室に入るか否か悩んでいるように見えた。扉の前でぐるぐると歩き回っては立ち止まり、また歩き回って立ち止まってを繰り返していた。


「……ねぇ、教室の前に誰かいない? 」


 私が扉の方を見ながら聞くと、他の三人も私と同じところへと視線をやった。


「ほんとだ。誰か教室の前で彷徨いてるね」


 藤木が言う。


「何者デースカ? ……まさか、ミス研の機密情報を盗み聞きしようとしてる他部活のスパイデースカ!? 」


「いや、うちみたいな弱小部をスパイする意味ないでしょ……」


 夜輝があられもないことを言ったので、私は呆れ顔で反論する。


「教室に入っていいか迷ってるんじゃないかな? ミス研の邪魔しちゃうかもって」


 桐谷君が真面な意見を出すと、他三人はそれに納得した。


「私、言ってくるよ。入ってもいいって」


 私はそう言いながら立ち上がり、教室の後方の扉へと向かった。


 曇り硝子に写る影は今だに右往左往を繰り返している。


 扉の前に歩み寄った私は、ドアノブに手を掛け、そのまま扉を右にスライドさせた。


「……!!? 」


 扉の奥にいる人物を見た瞬間、私は驚いて腰を抜かしそうになった。


「た、嶽間沢!!? 」


 教室前でうろうろしていた人物、それは先程話題に上がった不良少年、嶽間沢その人であった。


 扉が突然開いたからか、彼も私と同じように驚いていた。


「と、突然扉開けてんじゃねぇよ……!ビビるだろうが! 」


 嶽間沢が口調を荒げて言う。怒った表情を浮かべる彼を見て、私は先程の噂話を思い出してしまった。その為、若干ビビりながら彼に反論する。


「なっ……ど、どうやったって突然になるでしょうがっ!? な、何の用……? 」


 私は嶽間沢を睨みつけ、ファイティングポーズをとりながら問いかける。すると、彼は少し間を置いた後、小さな声で言った。


「……教室に鞄取りに来たんだよ」


 その返答を聞いた瞬間、私はそれが嘘だと気づいた。


「嘘つけ! あんた、右肩に鞄掛けてるじゃない! 」


 私は彼の右肩に視線を落とす。嶽間沢の右肩には、ちゃんと鞄が掛けられていた。


 嶽間沢も自身の右肩に目をやる。鞄が目に映った後、彼は尚のこと焦り出した。自分がどれだけ間抜けな嘘をついたか気づいたらしい。


「べ、別に用なんかねぇよ! 」


 彼はそう言うと身体を翻し、階段の方へと歩いていった。


「ちょ、ちょっと……! 」


 離れていく彼の背中に向かって声をかける。だが、彼は立ち止まらなかった。


「なにがあったデースカ、綾? 」


 扉から夜輝が顔を覗かせて、私に尋ねる。


「嶽間沢って聞こえたけど……」


 同じく藤木も苦い顔をしながら廊下を覗き込む。


「うん、扉の前を彷徨いてたのは嶽間沢だった」


 私は二人の疑問に答えた。


「何の用だったの? 」


 続いて桐谷君が質問する。


「……何の用があったのかはわかんない。鞄を取りに来たって言ってたけど、あいつ鞄持ってたし……」


「もしかして、ミス研に興味があって来たんじゃない? 」


「えっ? 」


 桐谷君の言葉に私は戸惑ってしまった。慌てて彼の意見を否定しようとする。


「そ、それはないでしょ! 嶽間沢がミス研に興味があるわけ……」


 そう言いかけて、私は先程の出来事を思い出した。


 図書室で朱西さんは言っていた。嶽間沢にお勧めのミステリーを聞かれたって。


「……」


 私は黙りこくった。


 嶽間沢がミス研に……。正直、あまり良い知らせだとは思えなかった。


「不良仲間を引き連れて、ミス研に殴り込みに来たらどうしよう……」


 私が不安を呟くと、桐谷君が苦笑いを浮かべながら言った。


「流石にそんなことはしないと思うよ? 」


 確かに、大袈裟かもしれない。だが、不良少年である彼がミス研に入れば、どう引っ掻き回されるかわからない。


 何より、私は今のミス研の雰囲気が壊れるのが嫌だった。この四人で上手くいっているのだから、このままでいいと。このままがいいと思っていた。

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