グレイと恋する未体験ゾーンラブ ~こっちからしたら、お前らが宇宙人だ~

星森 永羽





 大学二年の奈美(ナミ)は、サークルの飲み会帰りに夜道をふらついていた。


 友人たちは二次会に流れたが「明日のレポート、やばい」と泣きながら帰路についたのだ。


「せめて課題プリントだけでも読み直さなきゃ……」

と、つぶやいたその瞬間。


 頭上に、ビカーッと強烈な光が降り注いだ。


「──って、うわあああ!? 何このテンプレ!」


 ドラマやアニメでよく見る、あの「UFOに吸い込まれる」シチュエーションそのまま。


 しかも身体がふわっと浮き上がる。


 ナミは悲鳴をあげた。


「いやいやいや! 私まだ20歳! 寿命半分以上、残ってるんですけど!!」


 叫びも虚しく、ナミは夜空へと連れ去られていった。





 気がつくと、そこは無重力のようにふわふわした空間。


 目の前に──“あれ”がいた。


 頭が大きく、目が黒くてつり上がっている。つるりとした灰色の肌。


「……え、待って。これ教科書で見たまんまじゃん。正真正銘のグレイ?」


 現実感のなさに口が勝手に動く。


 グレイは真顔で口を開いた。


「地球人。お前に依頼がある」


「……はい?」


「我らの星では恋愛という概念が失われて久しい」


「はあ」


「しかし地球の書物『ロミオとジュリエット』に触れた我らは、疑問を抱いた」


「まさか」


「人間は本当に愛のために命を賭けるのか? それを検証したい」


「だあああああーー!! なんで私を選んだのよ!」


 ナミが頭を抱えると、グレイは冷静に答えた。


「その……この表紙の娘に似ていたからだ」


 差し出されたのは"ロミオとジュリエット"の文庫本。


 表紙には、金髪の美少女が描かれていた。


「どこが!? 私、黒髪ショートだし! ジュリエット要素ゼロだし!」


「大差ない」


「いやあるわ!」


 必死に否定しても、グレイは微動だにしない。


「地球人。お前は今から、我の恋人だ」


「ちょっ……何その宣言!? あのね、私恋愛経験ほぼゼロなの。練習台にすらならないから!」


「それでいい。ゼロから育むのが正しい実験だ」


「実験って言うなーー!!」


 宇宙船の白い壁に響き渡るナミのツッコミ。


 こうして、彼女の“宇宙的恋愛ごっこ”の日々が始まったのだった。






 翌日。


 目を覚ますと、ナミはすでに「彼氏の部屋」っぽい内装になった1室に寝かされていた。


「……いやいや、どう見てもさっきまで無機質な宇宙船の1室だったでしょ。何この速攻リフォーム」


 壁にはハートマークのホログラム、ベッドはダブルサイズ。


 さらにクローゼットを開ければ、ぴっちりサイズのカップル用パジャマまで用意されている。


「どこで情報仕入れたのよ」


 呆れ顔でつぶやくと、背後から声がした。


「地球の“少女漫画”を参照した」


 振り向けば、グレイが立っていた。


 相変わらず表情は無だが、手には分厚い漫画雑誌。


「……それ、どこから持ってきたの?」


「書店に立ち寄った」


「立ち寄った!? UFOで!? え、あんた万引きとかしてないよね!?」


「きちんと支払いをした。だが店員に叫ばれた」


「そりゃそうでしょ!! 灰色の宇宙人がレジ通すなって想定外だから!」


 ナミは頭を抱えた。





 その後も、グレイの“恋人実験”は続いた。


「地球人は恋人にプレゼントを贈ると学んだ」


 そう言って渡されたのは──スライムのようにぬるぬるした謎の塊。


「……これ、何?」


「我々の星では最高級の栄養食だ」


「……動いてない?」


「生きているうちに食べるのが、新鮮なのだ」


「寿司の話じゃないんだから!!」


 そんなボケとツッコミ。


 ナミはだんだん疲弊しながらも、「このノリ、嫌いじゃないかも」と妙に慣れていくのだった。





 さらに“デートごっこ”も始まった。


 宇宙船の内部に観覧車やらカフェやらをホログラムで再現し、二人で回る。


「さあ、ナミ。これがデートだ」


「どこからどう見てもVR体験なのよ!」


「恋人とは共に時間を過ごすことに意味がある、と少女漫画に」


「その解釈でいいの!? 私もうツッコミ役の寿命縮んでるから!」





 だが、事件は“テレビ”を見ているときに起こった。


 宇宙船に設置されたモニターに、地上波の電波が映し出される。


 ちょうどやっていたのは──人気の恋愛バラエティー番組。


「……何だこれは」


 グレイの大きな黒目が、モニターを凝視する。


「えっとね、知らない男女が一緒に生活して、誰と誰がカップルになるか観察する番組」


「観察……つまりこれも実験か」


「まあ……そうだけど、バラエティだから!」


 数分後。


「……我もこれに出たい」


「はあああ!? 絶対無理だから! 宇宙人が出演したら大炎上どころの騒ぎじゃないでしょ!」


 グレイは真剣な声で言った。


「『こっちからしたらお前らが宇宙人だ』

我は地球社会を観察し、真の恋を実証する」


「名言っぽく言ったけど全然説得力ないからね!?」


「ふむ。これぞ愛の実地検証だ!」






 翌週。


 気づけばナミとグレイは、番組の収録スタジオに紛れ込んでいた。


 スタッフは「新企画か?」と勘違いし、そのまま出演決定。


 こうして2人は、人気恋愛バラエティ番組『恋するテラス☆NEO』の新シーズンに出演することが決まってしまった。








 収録初日。

 他の男女が次々と登場する。


 イケメン大学生、モデル系美女、元バンドマン、カリスマショップ店員……みんな自信満々に自己紹介する中──。


「グレイ田レイです。職業は……観察者」


「え、観察者?」


「人間の恋を研究しに来ました」


 場が一瞬凍った。


「えっと……研究者、ってこと?」


 司会者が慌ててフォローする。


「そうです」


 グレイは涼しい顔で答えた。


(見た目には言及しないの!?)

 彼女は冷や汗をかきつつ、次に続いた。

「ナミです! 大学生やってます!」





 だが、ドタバタは収録早々に起きる。


 共同生活のハウスに入ってすぐ、他の出演者がくつろぐリビングで──。


「グレイ田君、料理できる?」


 女性出演者が尋ねると、彼は真顔で答えた。


「できる。我々の惑星食ならば」


 そう言ってキッチンに立つと、どこからともなく銀色のゲル状物体を取り出してフライパンに投入した。


「ぎゃああああ! 何それ!? 動いてる!?」


「大丈夫だ。高温で殺菌済みだ」


 リビングがパニックになる中、ナミは頭を抱えた。

(皆、グレイを着ぐるみだと思い込んでたーー!!)



 こうして“宇宙人と人間が出演する恋愛バラエティ”という、前代未聞の展開が幕を開けた。






 番組専用の豪華シェアハウスは、プール付き三階建て。


 男女が1つ屋根の下で暮らすことで、恋が芽生える──という建前だが。


(こいつがいる時点で芽生えるわけないでしょ……!)


 ナミはソファでため息をついていた。


「ねえ、自己紹介の時に“惑星食”って言ってたけど、実際どうなの?」


 モデル系美女がグレイに話を振った。


「こうだ」


 グレイは真顔でポケットから、銀色のゼリー状の物体を取り出す。


「ぎゃあああ! また出た!」


「安心せよ。これは栄養効率200%だ」


「……いや、効率の問題じゃなくて、見た目が完全にスライムなのよ!」


 元バンドマンがツッコむ。


 だが、グレイは悪びれない。


「この星の食事は不合理だ。まず“火を使う”ところから意味不明だ」


「火を使うから美味しいんでしょ!?」


「栄養を摂るために味覚を優先するとは非効率極まりない」


 出演者たちが口々にツッコむ中、美奈は冷や汗をかいていた。

(お願いだから! もう少し人間に合わせてよー!)







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