第五章 イージスの黄昏

(38)荒野の騎士と青い論理

 ――地球

 ゲートキーパーの消滅から一年。宇宙に満ちた「狂気の英知」の脅威は遠のいたが、地球の表面は、かつての最終戦争と、ナノマシン技術の制御不能な暴走によって、「荒廃地帯(アウトランド)」へと変貌していた。


 GCS(地球圏防衛軍)は、『イージス・コード』の導入と共に、生存可能な資源と技術を集中管理する「シールド・シティ」と呼ばれる巨大なドーム都市を建造。人類の約2割がこの都市に集住し、残りの8割は、外部の過酷な環境に取り残されていた。


 ――シールド・シティ上空、高度3,000メートル


 アリス・リンドの「シルフィード:パールヴァティ」は、青いエネルギーバリアを張り巡らせた都市の壁を背に、ゆっくりと降下していた。彼女は、GCSの制服を脱ぎ、独自の「青い騎士の装束」をまとっている。機体も、かつての殲滅兵器から、修復・支援機能に特化した「移動式イージス・システム」へと改修されていた。


「パールヴァティ、全システム異常なし。エヴァンジェリン博士からの最終通信を確認。」


 コックピットのモニターには、一年前と変わらぬ知的な眼差しを持つエヴァンジェリンの顔が表示されていた。彼女は現在、『イージス・コード倫理評議会』の代表として、シールド・シティの最高評議会と闘争を続けている。


『アリス少尉。私のいる場所は、ユキ大尉やゲートキーパーよりも、はるかに厄介な「論理の敵」がいる。彼らは『愛の規範』を、優位なエゴを邪魔するかせと見なしているわ。』


 エヴァンジェリンの声は、静かだが、強い疲労がにじんでいた。


「ご心配なく、博士。私のいる地上は、もっと単純です。『生きるか、死ぬか』。私の『生還の美学』が最も輝く舞台です。あなたの『青い論理』が、都市の上層部を説得するまで、私が地上で『愛の実践』を続けます。」


 アリスはそう言って、荒廃した大地へ向け、パールヴァティを滑り込ませた。


 ――荒廃地帯アウトランド: 鉄の砂漠


 パールヴァティが着地したのは、かつては文明の中心地であったが、今や酸化鉄の砂と瓦礫がれきの山に埋もれた巨大な盆地だった。地表の空気は重く、常にナノマシンの残滓ざんしが混じった赤い霧が漂っている。


 アリスはハッチを開け、荒野に降り立った。機体を覆うナノマシン装甲が、彼女の周囲の汚染物質を瞬時に中和していく。彼女は、持参した古い地図と、GCSが辛うじて残したデータを見比べる。


「目標地点、『鉄くずドーム・コミュニティ』。資源採掘を生業とする、孤立した集落… 彼らが、『荒廃者(デシメイター)』の襲撃を受けている。」


 荒廃者(デシメイター)とは、かつての自律兵器がナノマシンの「再生機能」と融合し、「破壊と再生」を繰り返す不死身の兵器と化した存在だ。ゲートキーパーの「殲滅論理」の残滓が、「種の殲滅」ではなく「技術の独占」へと歪んで具現化したものだった。


 アリスは、砂漠を横断する途中で、デシメイターの残した破壊の跡を目撃した。それは、計算された破壊ではなく、無慈悲な力の誇示だった。


(『愛を否定する殲滅』ではなく、『エゴのための破壊』…。ゲートキーパーよりも、卑劣で、救いがない。)


 彼女は、機体の肩に背負った巨大な再生ブレードを起動させた。かつてユキの『狂気の剣』だったこのブレードは、今は『修復と防御の盾』として、淡い青の光を放っている。


 ――シールド・シティ : 倫理評議会室


 一方、エヴァンジェリン・カークは、シールド・シティの最高評議会室にいた。周囲には、GCSの元指導層や、都市を支配する経済界のトップたちが、冷たい視線を送っている。


 彼女の対面に座るのは、元GCSの高官であり、現在はシールド・シティの『経済統制委員会』の議長を務めるアルフレッド・ゼナス。彼は、アラン・ヴィンセント大将とは違い、論理的な効率性を絶対の価値とする冷酷な人物だ。


「カーク博士。貴女の『イージス・コード』は、我が都市の経済効率を著しく低下させている。『地上の住民の生存権』を、我々の持つ最新技術よりも優先させるなど、論理的非効率の極みではないかね?」


 ゼナスは、優雅だが冷たい口調でエヴァンジェリンを詰問きつもんした。


「ゼナス議長。『イージス・コード』は、『愛を否定する論理を禁じる』人類生存のための第一原理規範です。地上の住民を切り捨てることは、彼らの生存本能=愛を否定し、人類全体に『狂気の英知』の再来を許す論理的な穴を開けることになります。」


 エヴァンジェリンは、一切の感情を交えず、冷静な論理で反論した。


「その『狂気の英知』は、貴女の師ユキ・セラ大尉が生み出したものだろう?貴女は、その『狂気』に最も近かった人物だ。貴女の『愛の定義』など、我々の安定した生存の前には、取るに足らない感情的なノイズでしかない!」


 ゼナスは、エヴァンジェリンの過去を攻撃し、彼女を社会的に孤立させようとする。


 エヴァンジェリンは、一瞬、ユキと同じ絶望の影を顔に浮かべかけた。しかし、彼女の脳裏には、荒廃地帯へ向かうアリスの「愛の実践」という言葉が響いた。


(私は、愛という非論理を論理で守る。そして、アリスは、論理を超えて愛を実践する。これが、『イージスの誓い』)


「議長。私が持ち込んだのは、感情ではありません。論理です。人類が、愛という規範なしに生存できた事例は、宇宙に存在しない。これは、バベルの情報の核が最後に承認した、唯一の真理です。」


 エヴァンジェリンは、ゼナスの「エゴ」という非論理を、「生存」という絶対的な論理で打ち破ろうと、孤独な闘いを続ける。シールド・シティの青いバリアは、外の脅威だけでなく、内なる愛の規範をも排除しようとしていた。

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