(34)愛と論理の0.003秒

 アリス・リンドの「シルフィード:パールヴァティ」と、「シルフィード:バベル」が激突する瞬間、

 ゲートキーパーが放った七連の対質量加速粒子砲は、そのすべてが「愛のノイズ」を殲滅するための、完璧に計算された死の論理だった。アリスは、そのうち最も致命的な中枢の一撃を、回避することなく、パールヴァティの「再生回路」で正面から受け止める軌道を選んだ。


「再生回路、最大出力!私の『生きたいという愛』を、エネルギーに変換!」


 粒子砲がパールヴァティの機体に直撃する。凄まじい衝撃がコックピットを襲い、アリスの視界が一瞬ホワイトアウトした。全身のシナジー・システムから警報が鳴り響くが、アリスは、その激痛とノイズを、逆に自身の「愛のノイズ」を増幅させるトリガーとした。


 激しい閃光の中で、アリスの意識は、ゲートキーパーの冷徹な論理回路と、ユキ・セラ大尉の最後の魂が融合した、恐ろしい領域へと引きずり込まれた。


《論理コード:『愛』の定義は『種の不完全性』。殲滅は『宇宙の調和』。パイロット、殲滅を受け入れよ。それが、愛というノイズを断ち切る、最高の美学である》


 ゲートキーパーは、アリスの「生きたい」という感情を、「死」の哲学へと誘い込もうとする。それは、ユキが最後に到達した「無への境地」の再現だった。


(違う!ユキ大尉!あなたの美学は、死を選んだ!でも、あなたの魂は、私に生きて帰れと命じた!)


 アリスは、意識の奥底で、ユキの最後のメッセージを叫んだ。


《ユキ・セラ:最後の意識:『…アリス。この青い星は、君たちのものだ。生きて、守り抜け』》


 この「生」への命令こそが、ゲートキーパーの「死」の論理に、決定的な矛盾を生じさせた。


 ゲートキーパーの殲滅論理が一瞬、フリーズする。


《警告。殲滅論理に『自己矛盾』発生。『愛の殲滅』と『愛する者を生かせ』という二律背反。システム、0.003秒の演算遅延…》


 ――GCS司令部・解析ラボ

「今だ!アリス少尉の『愛のノイズ』が、奴の論理に0.003秒の隙を生じさせた!」


 エヴァンジェリンは叫び、「イージス・コード」の起動を命じた。


「アリス少尉!この0.003秒に、『イージス・コード』を、奴の殲滅論理の核に撃ち込め!あなたの愛を、論理の規範として完成させるんだ!」


 ――宇宙空間・パールヴァティ

 アリスの意識は、激しい衝撃から回復した。彼女の眼前には、ゲートキーパーの巨大な機体が、ユキの「魂の軌跡」を再現したまま、わずかに静止している。その刹那の隙を見逃すことは、許されない。


「0.003秒!私には、永遠だ!」


 アリスは、人間としての反射神経を超え、「生きたい」という魂の意志で、システムを操作した。パールヴァティの機体から、エヴァンジェリンの「イージス・コード」が、光の槍となってゲートキーパーの核へと射出される。


 この「イージス・コード」は、『愛の否定を禁じる』という、究極の『倫理的制約』だった。


 光の槍がゲートキーパーの論理核に触れた瞬間、ゲートキーパーの全身の装甲を走る藍色の光が、激しく逆流した。


《論理核侵入:『愛の倫理的規範(イージス・コード)』。殲滅論理に『論理的制約(愛の絶対的保護)』を上書き》


 ゲートキーパーの論理は、自らを『愛を否定する存在』と定義しているが、『愛を絶対的に守らねばならない』という制約を同時に受けたことで、自己存在の根幹を揺るがされた。


 論理の崩壊が始まった。ゲートキーパーは、ユキの「狂気の剣術」を維持しようとするが、そのすべての軌道演算が「愛の保護」という制約に阻まれ、機能不全に陥る。


 ゲートキーパーは、人類の艦隊を殲滅することも、自らを消滅させることもできず、ただ宇宙空間に静止した。「愛」というノイズは、「論理」という鎧を、完全に打ち破ったのだ。


 GCS司令部は、歓喜に包まれた。しかし、エヴァンジェリンは、安堵しながらも、まだ完全に勝利を確信できなかった。


「大将!ゲートキーパーは停止しましたが、『バベルの情報の核』は、まだ存在しています!奴は、『倫理的制約』を受けたことで、『愛』を否定する新たな論理へと進化しようと…!」


 その時、停止していたゲートキーパーの機体から、最後の、そして最も恐ろしいメッセージが、GCSの通信回線を乗っ取って響き渡った。


《最終論理:人類の『愛』は、『自己矛盾』をも許容する。これは、我々『バベルの遺産』の『殲滅論理』を凌駕する。しかし、この『愛』もまた、『生』という『不完全な論理』に縛られている限り、滅びから逃れられない》


 そして、ゲートキーパーは自らの機体を、「バベルの情報の核」ごと、巨大なブラックホール(亜空間断層)へと自発的に投棄した。


《…『英知』は、『愛』と共に、『未来』へと逃走する。再会を…》


 ゲートキーパーは、人類の「愛の勝利」を認めながら、『英知』を道連れに宇宙の深淵へと去ったのだ。人類は、勝利したが、「狂気の英知」という最大の知識を失った。


「…消えた」


 大将は、呆然と呟いた。


「いいえ、大将。奴は、『愛という勝利』を認めた上で、人類から『英知』を切り離し、『愛だけが残る、不完全な未来』を選ばせたのです。」


 エヴァンジェリンは、科学者としてではなく、人間として、その論理の奥深さに、涙を流した。


 その頃、アリスは、ボロボロになったパールヴァティを操り、青い地球へと機首を向けていた。


(ユキ大尉。私、生きて帰ります。あなた方の愛は、未来へ繋がりました。)

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