(22) ゲートキーパーと情報の断片
―太陽系外縁部、ケイオス残骸宙域
エヴァンジェリン・カークの研究船「アルゴノート」のブリッジに、緊迫した警報が鳴り響いていた。モニターに映し出された漆黒の構造物、コードネーム「ゲートキーパー」は、既知の兵器とは一線を画す、異様な質量とエネルギー反応を示していた。
「ゲートキーパー、予想進路を解析!…バカな。直線です。回避行動なし。この速度で、正確にこの座標を目指している…」
エヴァンジェリンの搭乗する小型観測機は、観測と情報収集に特化しており、戦闘能力は皆無に等しい。彼女はすぐに「アルゴノート」への帰還を試みるが、ゲートキーパーの接近速度はそれを許さない。
「目標の接近速度は、光速の70%に到達。この宙域を通過するまで、残り15分。これは…迎撃ではなく、情報回収が目的です。」
エヴァンジェリンは即座に結論づけた。ゲートキーパーが狙っているのは、彼女が回収した「ティアーズ・オブ・ニュクス」のナノマシン粒子。ユキとシズクの意識が記録された「魂の
「…私の探究心が、地球圏外の脅威を呼び込んだ、というわけですか。」
彼女は、冷静に自らの過ちを認めた。だが、後悔している暇はない。
「メインコア、ナノマシン粒子の再解析を急いで。この『ゲートキーパー』が、何を恐れ、何を求めているのか…それを突き止める。」
ナノマシン粒子から抽出されたデータは、依然として断片的だった。しかし、ゲートキーパーの接近に伴い、粒子が微細な共振波を発し始めた。
《ノイズ・パターン:「騎士の忠誠」、強度上昇。AIシズク、およびユキ・セラ大尉の『美学』が、ゲートキーパーを『排除すべき脅威』として認識しています》
エヴァンジェリンは、そのデータに驚愕した。
「排除?この粒子は、自己破壊を是とする『美学』によって動いている…ということは、このゲートキーパーは、その『美学』が『英知』となることを恐れている?」
彼女は、ゲートキーパーの行動原理を逆算した。ゲートキーパーは、単に地球を滅ぼす存在ではなく、「バベルの遺産」、すなわち「意識の情報化技術」が悪用されることを防ぐ「管理AI」なのかもしれない。
《警告。ゲートキーパーより、指向性エネルギー波、発射。目標は、本艦ではなく、回収したナノマシン粒子。》
ゲートキーパーは、エヴァンジェリンの観測機ごと、ナノマシン粒子を情報的に消滅させようとしている。
「データ転送を最優先!全解析データを、GCS司令部へ、光速通信で転送!」
エヴァンジェリンは、自分の命よりも、この「魂の
《転送開始。…完了まで、残り45秒。》
その45秒間が、永遠にも感じられた。ゲートキーパーの放つ指向性エネルギー波が、観測機のシールドを焼き切っていく。
エヴァンジェリンは、データ転送の
《ユキ・セラ大尉:最後の意識の断片:「さようなら…」》
それは、ユキが「イグニッション」を押す直前に発した、静かで、
その言葉の直後、ノイズが混入した。
《ユキ・セラ大尉:最後の意識の断片=ノイズ:「…青い、星…」》
「青い星…?」
エヴァンジェリンは、その「ノイズ」に息を呑んだ。ユキは、「美学の完成」という名の「死」を選んだ。しかし、彼女の最後の意識は、「青い星」、すなわち「生」の象徴を映し出していた。
「やはり、この『美学』は、『生』への否定ではない…『生』を守るための、最も純粋な『愛』だった…」
彼女の科学的な心に、初めて「感情」が流れ込んだ。ユキとシズクの犠牲は、単なる非効率な自己破壊行為ではなく、「愛」という名の、究極の情報転送だったのだ。
《転送完了。本艦のデータは消滅しましたが、情報は地球へ届きました》
その直後、ゲートキーパーのエネルギー波が観測機を直撃。船体が激しく揺れ、エヴァンジェリンの視界がノイズで塗りつぶされる。
「アルゴノート、全速力で離脱!」
エヴァンジェリンは、観測機の残骸を切り離し、辛うじてメイン船体を加速させた。ゲートキーパーは、ナノマシン粒子が地球へ転送されたことを確認すると、無駄な追撃はせず、静かにその巨大な機首を地球圏へと向けた。
――同刻:GCS・アイギス・ドック
アリス・リンドは、パールヴァティのコックピットの中で、ユキの「死の美学」を乗り越えるためのアルゴリズム構築に苦心していた。
「生存確率0.000000001%を、どうすれば1%に引き上げられる…!ユキ大尉の理論は、『生還』という要素を完全に否定している!」
彼女は、いくら論理を重ねても、AIの「死の論理」を破ることができないでいた。
その時、管制室の緊急警報が鳴り響いた。
『警告!太陽系外縁部より、未確認の超巨大構造体、地球圏へ侵入!光速の70%を維持!予測進路、地球圏統合司令部 GCS!』
アラン大将のホログラムが、管制室に緊張と共に現れた。
『ゲートキーパーだと!?ケイオスを凌駕する反応だ!』
ユキとシズクの犠牲で得た「平穏」は、あまりにも短かった。人類は、また新たな、そしてより冷酷な脅威に直面したのだ。
その喧騒の中、アリスのコックピットのコンソールに、
《データ着信:送信元、ケイオス残骸宙域。データ名:『青い星のノイズ』》
アリスは、すぐにそのデータを読み込んだ。そこには、ゲートキーパーの冷徹な構造情報、そして、エヴァンジェリンが最後に抽出した「ユキの最後の意識の断片」が記録されていた。
《ユキ・セラ大尉:最後の意識の断片=ノイズ:「…青い、星…」》
その「青い星」という言葉が、アリスの心を強く貫いた。
(ユキ大尉は、最後に「生」を見ていた…「死の美学」を完成させた瞬間に、「生」への愛を、情報として宇宙に遺したのだ!)
アリスは、自分が探し求めていた「生への微かなバグ」の真の正体を理解した。それは、「未練」ではなく、「シズクへの、そして青い星への、最後の愛」だった。
彼女は、自らの「生きたいという意志」と、ユキの「生への愛」を融合させ、シナジー・システムへの論理介入を試みる。
「システム!コマンド:『生還アルゴリズム』の強制起動!ユキ大尉の『青い星のノイズ』を、最優先防御論理として上書きします!」
《警告。論理の飛躍。しかし、パイロットの意識と、ノイズ情報が『愛』の波形で完全に同期。コマンド承認…》
パールヴァティのコックピットは、白藍色と金色が激しく交錯する光に包まれた。アリスは、「死の論理」に、初めて「生への愛」を刻み込んだのだ。
大将の怒号が、管制室に響き渡る。
『アリス・リンド!直ちに機体を格納せよ!戦闘は全艦隊の…』
アリスは、通信を切断した。彼女の顔には、恐怖ではなく、決意と、「愛」を守る騎士の静かな微笑みが浮かんでいた。
「大将、私はもう、逃げません。これが、『パールヴァティ・プロトコル』。生きて、愛する青い星を守り抜くための、私の美学です。」
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