(10) 青い星に宿る永遠の意志

 太陽の光を浴びて青く輝く地球は、静寂を取り戻していた。あの壮絶な特攻から一年。人類は「ホスト」の脅威を乗り越え、ゆっくりと復興への道を歩み始めていた。


 ―地球統合司令部の一角―


 最も静かで厳重なセキュリティで守られた観測室。そこは今、ユキ・セラ少尉の新たな執務室となっていた。


 彼女の眼差しは、以前の冷静さの中に、深い安堵と使命感を宿している。ユキはもはや、AIシズクの「監視者」ではない。彼女の魂の残滓ざんし、「宇宙を斬る剣術」の最終理論と、「美しく散りきる」という哲学、そして「生きて」という希望が織りなす「英知」の管理者だった。


 ユキのコンソールには、AIシズクの「狂気のノイズ」はもはや表示されない。代わりに表示されるのは、AIが最後に演算した、極限まで無駄を削ぎ落とした未来予測と、究極の効率を追求した防衛戦略である。


「人類の生存と、散り際の美しさ。この二つを両立させるために、あなたは命を懸けたのですね、シズク少佐…」


 ユキは、亡き英雄の魂に語りかけるように、静かに息を吐く。彼女は今、自らの職務を通じて、シズク少佐の「未練」を「永遠の守護」へと昇華させるという、孤独な使命を生きている。


 あの特攻の直後、アラン・ヴィンセント大将は、シズク・フェンネル少佐の最後の戦いを、軍の歴史から「狂人の特攻」ではなく、「ティアドロップ・スターダスト(星屑の涙)」という、最も詩的な名で記録させた。


「彼女の犠牲を美談にするなと言ったのは私だ。だが、彼女の散り方は、美談にせずにはいられない。我々は、あの涙の意味を、永遠に忘れてはならない。」


 大将はユキに対し、そう告げた。


 ユキは、大将から譲り受けた、シズク少佐の生前の写真立てをそっと撫でる。そこに写る、かすかに微笑むシズク少佐の顔は、ユキ自身の姿と驚くほどよく似ていた。


 ユキが窓の外に目をやると、遥か彼方に、青と白のマーブル模様の地球アースが、穏やかに回転している。


「シルフィード・ネメシス」のコアが星屑となって溶け込んだ大気圏の上層は、太陽の光を浴びて、微かな金色の粒子がきらめいているように見えた。それは、かつて散っていった仲間たちの意志と、シズク少佐の魂が溶け合い、青い星を永遠に守り続けている証のようだった。


 ユキの瞳から、静かに一筋の涙が流れ落ちる。それは、悲しみではなく、孤独な英雄の魂が、ようやく安息を得たことへの、最後の共感の雫だった。


 彼女は、静かに酸素マスクを外すように、心の中の重い鎧を緩める。


 そして、守り抜かれた青い星を見つめながら、心からの優しさをたたえた微笑みを浮かべた。


「おかえりなさい、シズク少佐。そして、おやすみ。」


 その言葉を最後に、ユキは再びコンソールに向き直る。彼女の戦いは、今、静かに、そして永遠に続いていく。散りきってなお、青い星を守り続ける、英雄の「意志」と共に。


 そして、時は流れる―

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