第6話

 夜明け前、城は燃えていた。

 遠くで鐘が鳴り、兵士たちの怒号が響き渡る。

 炎の赤が、王都の空を血のように染め上げていた。


 リアは廊下を走っていた。

 煙と熱気の中、必死にひとりの名を呼ぶ。

 「アレクシス陛下!」


 息を切らして階段を駆け上がると、執務室の扉が開け放たれていた。

 そこには、剣を手にしたアレクシスがいた。

 背中越しに見える姿は、いつもよりずっと小さく見えた。


 「リア……来るな!」

 「どうして!? 城が包囲されているんです!」

 「わかっている。もう時間はない」


 アレクシスの声は静かだった。

 まるでこの混乱を、ずっと前から知っていたかのように。



 「……これは、私の罪の結果だ」

 「罪……?」

 「お前を側に置いた。それだけで、彼らにとって私は“王”ではなくなった」


 リアは首を振る。

 「違う、僕のせいです! 僕なんかのせいで――」

 「やめろ」


 アレクシスが近づき、リアの頬を掴んだ。

 燃える外光が二人の影を重ねる。


 「誰がなんと言おうと、お前は私の光だった」

 「……陛下」

 「いや、もう王ではない」


 その言葉とともに、アレクシスは胸の鎧を外した。

 金の紋章が、床に落ちて鈍い音を立てた。


 「アレクとして……お前を守る」



 外の扉が激しく叩かれた。

 「陛下! 門が破られました!」

 近衛兵の叫びが響く。


 アレクシスは剣を抜き、リアを見た。

 「行け。裏門から逃げろ」

 「嫌です! 一緒に――!」

 「リア。これは命令ではない。……願いだ。」


 王の瞳に、炎が映っていた。

 その瞳は、これまで見たどんな光よりも穏やかだった。


 リアは唇を噛みしめ、涙をこらえながら頷いた。

 「必ず……生きてください。」


 「約束だ。」


 リアが背を向けた瞬間、剣戟の音が響いた。

 廊下の先で、王の影が炎に包まれていく。



 夜が明ける頃、城は崩れ落ちた。

 煙の向こうで、王都の鐘が鳴り止まない。


 リアは、雪に覆われた丘の上で振り返った。

 燃え落ちる城の中に、アレクシスの姿を探し続けた。

 けれど、もう見えなかった。


 風が吹く。

 雪と灰が、静かに舞い落ちる。


 ――あの夜の温もりだけが、まだ胸の奥で生きていた。

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